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6.結婚式in密林

 夜明け前の涼しい空気が、カサついた肌を撫でる。

 こんな朝は一服したい気分だが――明け方の空気を堪能する余裕は、今の俺にはない。


「おい、ハナ……どうなってんだこれ!」


 目が覚めたら、なぜか全身を蔦のロープでぐるぐる巻きにされていた。目の前には、小さな手で頬杖をつく仮面の小人――南米旅行のネタ土産になりそうな、色鮮やかな仮面だ。


「そちら男性とお見受けしたので、とりあえず縛らせていただきました」


 親指サイズの小人が、澄ました顔で告げる。

 その周りには、同じく小さな仮面の連中が数十人。


「……なに、こいつら?」


 まったく状況が読めない。そんな中、ハナがキョトンとした顔でこちらを見下ろした。


「コロボックル」

「……は?」

「さっき教えてくれた。こびと族。砂漠のげんじゅーみん」


 なるほど。ここがファンタジー生物の跋扈(ばっこ)する異世界だということは、この25年でよく分かっている。しかしこのサイズの人間を見るのは初めてだった。


「で? ()()()()()()()の方々は、なぜ俺をお縛りに?」

 

 皮肉めいた笑いとともに問いかけると。先頭に立つ、羽のついた仮面の小人が蔦のロープを掲げた。


「『軍の男性は魔獣より野蛮』とうかがっておりまして」

「はぁ……? どこ情報だよそれ」

「砂漠を旅する行商人が申しておりました。『軍人の男はすぐ乱暴する』と」


 コロボックルの真剣な調子に、ため息を吐くしかなかった。確かに軍は、人をスキルの優劣でしか判断しない連中の集まりだ。中にはそういうヤツがいてもおかしくないが――どう弁解したものか。悩むうちに、ハナがコロボックルたちに向かって仁王立ちする。


「グライル、やばんじゃない。妻とキスできない『小心者』」

「お前どこでそんな言葉……またあの小説か?」


 こくりと頷くハナに、頭を抱えたくなる。

 ふだんは片言のくせに、本で覚えた言葉だけはスラスラ出るのだからタチが悪い――。


 しかし俺たちのやり取りを見ていたコロボックルたちは、顔を見合わせ、こそこそと相談を始めた。


「妻?」

「夫婦なの?」

「新婚?」


 こちらを振り返った奇妙な仮面たちを見て、ハナの口角がわずかに上がった。


「うん、新婚旅行中」


 するとコロボックルたちは、一斉に「おぉ~」と歓声を上げる。


「それはおめでたいですね!」


 どうやら、俺が野蛮な男でないことは理解したらしい。コロボックルたちは、俺に絡みついた蔦のロープを取ってくれた。


「でも、『結婚の儀式』まだしてない」

「……は?」


 どこでそんなことを――と、聞くまでもない。どうせ雑誌か小説だろう。


「良ければ、我々の村へ来ませんか?」

「いや、俺たち急いでて……」

「砂漠は暇なことが多くて。お祝い事は逃さないのですよ」


 俺の反論には聞く耳持たず、コロボックルたちは「飾り」や「料理」がどうのと話を進めている。

 フットワーク軽すぎやしないか――それも見知らぬ俺たちに対して、だ。


「我々の時間は希少なのです。さっそく村へ向かいましょう」


 先頭に立っていた、口調の丁寧なやつが祠の隅に歩いていくと。その先には、小さな扉が開いていた。昼間はまったく気づかなかったが、這ってやっとくぐれそうな扉は青白い光を帯びている。

 扉をくぐって出た先は、明け方の砂漠――ではなく鬱蒼(うっそう)と茂るジャングルだった。


「……密林?」


 今までの乾いた砂漠とはまるで違う、緑が生い茂るジメジメした世界。どうやらあの扉は転移装置のようなものらしい。

 コロボックルたちに導かれ、腰ほどの高さの柵を越えると。まるでごっこ遊び用の大きさの家が、数十軒、円を描くように立ち並んでいた。その中心には、手のひらサイズの焚き火が燃えている。


「グライル、みて! もう式の準備、できてる」

「あ? そんなわけ……」


 ハナが興奮気味に指す方には、色鮮やかな花々が飾られ、果物や焼きたてのパンが並ぶテーブルが置かれていた。


「コビト族の人生における時間は限られています。ですから、我々の村は毎日がお祭りなのです」


 口調の丁寧なコロボックルは、村の長ハポルと名乗った。

 

「改めて、おめでとう新婚さん!」


 次に現れたのは、ハポルの妹だという仮面の少女。他の何人かと一緒に、色鮮やかな花冠を抱えている。


「さぁ、婚姻の儀式をはじめましょう。新郎はこの冠を、新婦の頭へかぶせてあげてね」

「おい、俺らはそんなつもりで……」


 チラッとハナを見やると。焚き火の炎を映した瞳は、こちらを静かに見据えていた。


「グライル、『儀式も女の子の特別』……それも書いてあった」


 儀式は心が伴ってこそ意味があると思うのだが――コイツの場合は、単なる興味で「やりたい」と言っている気がしてならない。が、ここで「やらない」と言ったところでコイツは納得しないだろう。


「まぁまぁ、せっかくだから楽しみましょう。人生は一度きりですよ」


 赤、黄、緑――鮮やかな熱帯雨林の花で編まれた冠を、ためらいつつもハナの銀髪頭に添えると。


「ハナ、『花』をかぶった」

「こんな時にシャレとかいいんだよ……まったくお前は」

「グライル、他にいうことは?」

「他? 別に……」


 何かを期待する目に見つめられた瞬間、頭の中に声が響いた。


『××ってさ。私が新しい服着てても、髪型変えても、何も言わなくなったよね。私にもう関心ないのかなって……寂しかった』


 あの妙な遺跡で、前世の元妻――衣里(えり)の声を聞いたせいだろうか。アイツが離婚届を差し出すついでに放った、「最後の言葉その1」だ。

「別に関心がなかったわけじゃない」、と言えば大嘘になる。あの頃の俺は、アイツが当たり前のように隣にいるものだと、慢心していた。


「……グライル?」

「ハナ……その……綺麗、だ」


 たった一言でも、心臓が口から出そうになるほど緊張する。静かになったハナをおそるおそる見遣ると。


「……うん!」

 

 ハナは久しぶりに、目を奪われるような笑顔を咲かせた。

 連れ出してよかった――こんな顔が見られるならば、心の底からそう思える。


「さぁ、主役のおふたりが1番食べてくださいね!」

 

 ハポルに促され、久々のまともな食事にありつくことにした。身体の大きな俺たちに気を遣っているのか、奇妙な仮面たちは、次々と石の皿に焼き料理を運んできてくれる。


「ところで、ハナさんはグライルさんのどこが気に入ったのです?」


 いつの間にか、ハポルが俺の肩に乗っていた。

 最初は「野蛮人」と警戒したくせに、いつの間にか良い気なものだ。


「それ、ぜひお聞きしたいです! 将来の参考に」


 ハナの肩には、妹の方が乗っている。


「気に入った……好きの、理由?」


 ハナが小首を傾げる。


「まぁ、そういうことだな」


 そういえば。凍氷町(アイシクル)でコイツは、「俺がハナのどこが好きなのか」を尋ねてきたが、コイツの気持ちは聞いたことがなかった。


「お前は当たり前みたいに俺についてきたけど……良かったのか?」


 檻から出られるならば、俺じゃなくてもコイツはついて行っただろうが――問いかけると、ハナは言い淀んだ。長い銀髪で顔を覆い、こちらから視線を外している。


「なんで……なんでだろう」


 目が熱っぽい。こんな顔は初めて見る。

 言いづらいなら言わなくて良い――そう口にしかけた途端。肩のハポルが俺の腕を滑り降り、ハナの前に近寄った。


「あなたたちは良いですね。我々と違って、時間が無限に与えられているのですから」

「ちょっと兄さん!」

「誤魔化す時間は無駄ですよ。そんな時間があるなら、さっさと(むつ)み合えばよろしい」

「兄さんってば!」


 ハポルは遠回しに、「素直になるなら早くしろ」と言っているのか。

 ハナは答えない。俺も、妹から裏拳を入れられるハポルにかける言葉が見つからず、何となく目を逸らした。




 祭りの喧騒が落ち着いた後。

 ハポルたちが用意してくれた、巨大な葉っぱで覆われた半屋外のテントに横たわると。背中に小さな温もりが触れた。


「……お前、くっつきすぎ」

「だって寒い」


 ここは砂漠の夜とは違う。年中ジメジメした熱帯雨林だ。寒いことがあるはずない。

 しがみつく腕を、「暑い」と引き離そうとした瞬間。


「……ハナ、グライルを守りたい」


 ぽつりと出た呟きに、俺は驚いて振り返った。


「……何でだよ?」

「わからない。でも、そう思う」


 ハナの赤い瞳が、月明かりを反射して(きら)めいていた。

 それが好きってことなんじゃないのか――そう言いかけた瞬間。


「んー? ここらにいるはずなんだけどなぁ、グライルさんよぉ」


 聞き覚えのある声に、葉のテントの隙間から外を見ると。鎧を纏った影が数体、コビト族の村を囲むフェンスを超えてきている。


「……なんでアイツらが?」


 おかしい。なぜこんな僻地に、国軍の追っ手が突然沸いたのか。


「グライル……?」


 ハナの不安げな声が、蒸し暑い夜気に溶けた。

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