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3.兵器と兵士のなれそめ

 言葉足らずなのは、前世からの悪癖だと自覚していたはずなのに――レストランを飛び出したハナは、こちらの制止も聞かずに氷の道を滑っていく。


「おい……ハナ!」


 こちらを完全無視のハナは、港の凍った桟橋を渡っていった。あっちは行き止まりだが、氷の上を滑る船に興味を引かれたらしい。


「ハナ……」

「……グライル、ウソついたの?」


 胸が苦しくなった。そう正直に訴えるハナに対し、甲斐もなく頭を抱える。いったいどう説明したものか――彼女は、処分命令が下された事実を知らない。


「それは……お、俺たちが勝手に兵舎を出たから、国軍の連中が探しにくるだろ?」


 他人の印象に残るようなことを、あまり言いたくない――白い長髪をマフラーのように巻き付けたハナから視線を逸らし、そう呟くと。


「……グライル、どうしてハナと結婚した?」


 ハナは「結婚は好き同士がするらしい」、と視線を氷の海に落とした。それも本から得た知識だろう。


「どうしてって……その通りだ。お前が、好き……だから」


 最低なことを口走った。脇腹に敵の銃弾がめり込んだ時よりも、ずっと胸が痛い。コイツを好きかどうかなんて、考えたこともなかった――ただ「最終兵器が処分される」と耳にして、居てもたってもいられなくて、今ここにいるだけ――それを口にする勇気は、今の俺にはない。


「ハナ、『ひとごろし』しかしてなかったのに?」

「『しか』、じゃないだろ。お前は俺を必要としてくれた。それだけで、俺は……」


 この「外れ世界」の中で、コイツの笑顔が唯一の救いだった。それは間違いない。

 どこか期待したような顔で頬を赤らめるハナを見ていると、世話係に任命された日のことが思い起こされた――。




 脇腹に敵の弾をくらった俺を、「役立たず」と病院送りにしてくれるほど、戦時中の国軍は甘くなかった。


『アレの面倒を見ろ』


 連れてこられたのは、厳重な魔法が張り巡らされた檻の前。それがハナ――王国の有する『魔道兵器』との出会いだった。

 戦地から帰り、身体が汚れたハナを、檻越しに世話する毎日。敵を何千と蹴散らした強大な力に手を震わせつつも、タオルを差し入れていた。


『ほら、これ……拭けよ』


 声をかけても、長い髪で顔を覆った少女からの反応はない。いつの日か意思の疎通を諦めて、ラジオを聴きながら見張をしていた。今思えば舐め腐った行動だったが、それだけ暇だったのだ。

『世界のモフモフアニマル発見』を聴くために、その前の番組『乙女の恋愛運コーナー』を聴き流していると。


『……「こい」って、楽しいの?』


 初めて声を聞いた。世話係になってから10日ほど経った頃だ。ふつうの少女の顔で、「『こい』ってなに?」と問いかけてきたのだ。

 ラジオの少女が明るく語る、「恋愛」に興味をもったらしい。俺にとっては、この後の番組を聴くまでの耐久時間だったのだが。


『……興味あんなら、待ってろ』


 後日、恥を忍んで買った少女雑誌をこっそり差し入れると。字は読めないと彼女は言った。だが文字を指しながら読み聞かせてやり、2ヶ月が経つ頃には、ハナは少女雑誌を1人で読めるようになっていた。

 真剣に本を読み込む少女に、名前を尋ねようと思ったのはその頃だった。


「……名前。『ファルヴァリア王国まどう兵器』」


 難しい言葉も少し覚えた。「すごい?」と問いかける少女に、「そうじゃねぇよ」、と声を落とした。

 コイツは魔導兵器として、生まれながらにいくつもの魔法印を身体に刻まれている。王国が他国との戦争に勝利するために行なった、非人道的な実験の象徴だ。ふつうならコイツの歳だと、こんな檻の中で1人過ごすのではなく、カフェで友人と一緒に雑誌を広げて笑っていただろうに――。


「これ、『花』……今日のラッキーあいてむ。グライル、とってきて?」


 何を思ったのか、気がつけば檻の中に手を伸ばしていた。少女の頭を撫でながら、ふと浮かんだ言葉――「ハナ」と呟く。


「お前の名前は、今日から『ハナ』だ」


「花を摘んできてやるから、大人しく待ってろ」、と立ちあがろうとすると。ハナは俺の手を強く握ってきた。「痛ぇ」と叫びたかったのを、どうにか呑み込み顔を上げると。


「『ハナ』……待ってる。グライル、待ってるよ」


 初めて見るアイツの、花の綻んだような笑顔に目を奪われた。




「だから俺は、この先お前と生きたいと思った……それは本当だ」

「じゃあ、もうウソつかないで。他の人にも、グライルとハナが『夫婦じゃない』って……言わないで」


 さっきのレストランでの態度に傷ついた――誰に対しても無関心だったコイツが、俺の言動に揺り動かされている。少し嬉しく思いつつも、胸が焼けるように熱くなった。

「俺の態度に傷ついた」――元妻から、離婚届を突きつけられた直後に言われたことを思い出す。


『××って、私が何しても「ありがとう」って言ってくれなくなったよね。ご飯あるって言ったのに、遅く帰ってきた時だって「ごめん」も言わないし……』


 言われるまで、まったく気が付かなかった。3歳の子どもでもできるようなことを、42歳のオッサンが出来なくなっていたのだ。結局直す機会も与えられないまま、アイツは出て行ってしまった――。


「……グライル?」


 どんなに後悔しても、元妻とはもう二度と会えない。今は、目の前にいるハナと向き合わなければ――それしか償う方法はない。せめてコイツを、アイツみたいに悲しませないように。


「俺のどうでもいいプライドのせいで、お前を否定して傷つけた……ごめんな」


 ハナは俺の誠意を見定めるかのように、瞬きもせずこちらを見つめている。やがて、少し乾いた桜色の唇が「わかった」と赦しの言葉を紡いだ。


「その……なんだ。戻るか?」


 あんな風にレストランを出てきたのだ。非常に決まりが悪いが、せっかく頼んだシチューを残してきたままでは申し訳ない。

 追っ手の動向も気になるが、まずは腹ごしらえだ。


「あら……今シチュー温め直すわね!」


 微笑んだ女将さんは何も聞かず、湯気の立ったシチューを出してくれた。そんな彼女を「あの」、と引き留める。


「さっきは恥ずかしくて否定して、妻を傷つけてしまって……でも本当は俺たち、昨日籍を入れたばかりで」

「グライル……」


 これは俺の気休めでしかない。ハナを傷つけた事実は取り返せないのだから。

 

「あらっ、すごい偶然ねぇ! 実は私たちも昨日籍を入れてきたのよぉ」


 拍手をする女将さんに続き、厨房から「オレたちからのお祝いだ」、とシェフの声が響いた。やがて運ばれてきたのは、粉砂糖のかかったパンケーキだ。


「パンケーキ! これ、紙の束にのってたのよりキラキラっ」

凍氷町(アイシクル)特産、結晶砂糖をたっぷり乗せちゃったよ! 冷たいうちに食べな!」


 気の良いシェフの言葉に、ハナはさらに目を輝かせた。


「グライル、はやく食べよう!」

「分かったから落ち着けって……俺のも半分やるから」


 レストランを出る直前、改めて夫婦に礼を告げると。優しく温かい新婚夫婦に懐いたハナは、彼らの名前を聞き、胸に手を当てていた。


「ペンネとコッサ……また、会いに来る」

「ええ! その時はまた、ダーリンのパンケーキをご馳走しちゃうわ」


 人前でも構わず、熱い抱擁と口付けを見せつけてくる夫婦から視線を逸らすと。


「グライル、あれ、もしかしてキス?」


 妙に興奮したハナが、コートの袖を引っ張ってきた。


「あーいうのは見るな! 行くぞ」


 また戻るかは分からないが、今はとっととこの町から離れなければ――興味津々に夫婦を見つめるハナの腕を引き、レストランを出ると。


「ん……?」


 鎧を纏った連中が数人、こちらを振り返った。人相書きらしき紙を持っているアイツは――。


「まずい……っ」


 間違いない。軍の連中だ。しかもひとりは、俺に突っかかるのが生きがいのような若造ドルズに違いない。建物の影に隠れようとしたところで、奴らの鎧がシャンと音を立てた。


「やっぱりアンタ……待て!」

「ハナ、逃げるぞ!」


 とっさに山狼へ化けようとしたが、ハナはなぜか追っ手の奴らに向き直っている。


「おい、何してんだよ!?」

「あんなの、ハナがコナゴナに……」

「約束忘れたのか? 力を使うなって言ったろ!」


 熱を帯びはじめたハナの腕を引き、凍った港の水面に足を踏み入れた。

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