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2. 結婚ってなに?

 火蜥蜴(サラマンダー)に化けたこの身体は、ハナの繰り出した獄炎の中でも生き残ることができたが――竈門(かまど)のようになった石の監獄で、ローストされた連中が無事かどうかまでは確認できなかった。

 これ以上アイツに罪を重ねさせたくなかったが、それよりも追っ手から逃れるのに必死だったのだ。


「……グライル、後悔……してる?」


 まだ鉄のように熱いハナの腕に抱えられ、夕焼けの空と同化したように燃える兵舎を見上げた。

 お偉いスキルを持って生まれた『転生者組』の連中は、今頃消火活動に駆り出されているだろう。そして、逃げた最終兵器を血眼で探しているはず――だがハナが今隣にいて、俺があの場所から離れられるのならば、後悔なんてものはない。

 俺は奴らが「外れスキル」とバカにするこの力で、ここから出て行ってやるだけだ。


『……行くぞ』


 耐熱性能が高い以外は不便な身体から、逃亡に便利な山狼へ化ける。四足歩行はあまり慣れていないが、コイツを背負った二足よりは速い。さっさと背中へ乗るよう、ぼうっとするハナに促した。

 そのまま体力の続く限り、四本足を駆る。追っ手を撒いた俺たちがたどり着いたのは、雪深い国境の町だった。ドーム型の氷壁に囲まれた町の中は、カマクラのように暖かい。暖炉の火が灯る石造りの家々が立ち並び、冬の寒さを凌ぐにはうってつけの場所だ。それにここからならば、国外へ向かう船も出ている。


「グライル……毛皮、もっとよこせ」

『おい! 寒いからって俺の毛むしるんじゃねぇよ。もうすぐ宿見つけるから』

 

 夜明け前に駆け込んだ宿の一室で、ようやく人心地つくことができた。やはり二足歩行が1番楽だ。

 自分の白い長髪をマフラーにしていたハナは、シーツの海に埋もれて眠っている――幼さの残る寝顔を見つめていると、銀色の長いまつ毛がかすかに動いた。


「なんだ、起きてたのか」

「……それで?」


 暗い影の降りた赤い瞳が、じっと俺を見つめている。かすかに首を傾げたハナは、続きを促すように口を開いた。


「結婚、ってなに?」


 そうくるか。


「『結婚は女の子の一大イベントだから、もっとロマンティックに言え』……って、お前言ってなかったか?」

「紙の束にそう書いてあっただけ」


 あの檻に差し入れていた恋愛小説に、結婚の概念は載っていたはずだが、そもそも軍の「兵器」として育てられたコイツが、普通の価値観を持っているわけがない。

 とはいえ、どう説明したものか――。


「結婚っていうのは……そうだな……」


 言葉に詰まる俺を、ハナは瞬きひとつせずに見つめている。こんなに正面から問い詰められるのは初めてだ。


「結婚ってのは、誰かと家族になることだ。この国じゃあ、夫婦2人の魔法印を役所に届け出て、戸籍を一緒にする。あとは……生活を共にするっていうのか」


 簡単に言えば、「ずっと一緒にいる」ということ――首を傾げているハナへ、そう伝えると。眉根に寄ったシワが解けていった。


「ずっと?」

「……ああ」

「じゃあ、グライルはハナとずっと一緒?」


 無邪気な問いかけに、俺は一瞬言葉を失った。

 ずっと一緒と誓っても、それが永続的でないことを俺は知っている。

『私たち、これからずっと一緒なのね』――二度と会えない元妻の声が、空っぽの頭に響いた。


「……まあ、そういうことになるな」


 言葉を選びながら答えると、ハナはふうん、と納得したようにうなずいた。


「これからは、グライルのためだけに戦う……どんな敵がきても、コナゴナ」

「それはダメだ!」


 巻きついたシーツ越しに、ハナの肩を掴んだ。初めてしっかりと触れた身体は、俺の力で簡単に倒せそうなほどに華奢だ――山を破壊できるほどの力が秘められているとは、思えないほどに。


「お前はもう兵器じゃない。『人間』だから……兵器としての力を使う必要はないんだ」


 この町に逃げてきた理由のひとつがそれだ。戦場から遠く離れた場所ならば、ハナが兵器として利用されることもない。俺自身、ハナを戦わせるつもりはなかった。


「……そう?」


 考え込むように呟いたハナに向き直り、「約束してくれ」と小指をさしだした。


「もう力を使うな。俺と一緒にいる間は、俺がお前を守るから」

「……グライルが?」

 

 コイツが何を言いたいかは分かっている。国を滅ぼせるほどの力を持つコイツに、万年二等兵の俺が「守る」なんてことを言うのはお門違いだ。それでも、正面から戦うことだけが正解ではない――。


「じゃあ、ハナはこれから、なにをする……?」

「それは明日から見つけていくんだ。とにかく今は寝ろ」


 瞼が降りかけているハナの頭を撫で、ベッドから離れたソファへ寝転ぶと。なぜかハナは、こちらを不満げに見つめている。


「夫婦は一緒に寝るものだって、あの紙の束に……」

「そうじゃない夫婦もいる。寝ろ」


 不服そうな少女に背を向け、目を閉じた。寝たフリをすれば、アイツもそのうち諦めて寝るだろう。それより今は、後のことを考えなければならない。

 力を封じ、ただの「女の子」になったアイツを連れて、できる限り遠くへ逃げなければ――おそらく国軍の連中は、地の果てまでも追いかけてくるはずだ。あんなに強力で危険な兵器だと思っていたものを処分しようとしたのは、「戦争が終わったから」という理由だけではない。「他国の手に渡ること」を恐れているのだろう。

 きっと、ここにもすぐ追っ手が来る。最強の最終兵器だったアイツを追わせるのならば、軍は確実に『転生者組』を選ぶだろう。万が一、そいつらと正面からぶつかることになれば、俺は到底太刀打ちできない――。


「……グライル、寒い」

「……俺の毛布もやるから早く寝ろ」




 翌朝、宿の近くにあるレストランで朝飯を取ることにした。一軒家のような店内には、暖炉の火が揺らめき、地元の客たちの楽しげな会話が飛び交っている。


「グライル、人が笑ってる」

「あぁ、そうだな……」


 どんなに些細なことでも、戦場しか知らないコイツにとっては新鮮なのだろう。やがて俺たちが注文した、貝と野菜たっぷりのシチューが運ばれて来ると。


「おや、ご兄妹かい? 凍氷町(アイシクル)には旅行できたの?」


 レストランの女将さんが、親しげに話しかけてきた。年の頃は俺より上だろうか。隣の席の老夫婦も、こちらを興味深げに見ている。

 俺はこの世界でも若干見た目がイカつい上に、コイツは未成年にしか見えない。兄妹で通さなければ、変な目で見られそうだ。


「ええ、旅行みたいなものです」


 ここはさらっと流して、熱々のうちにシチューを食べよう。話題から逃げるように、木の匙を口に含んだ瞬間。


「違う。グライルとハナは夫婦」

「ぶっ!」


 シチューを盛大に吹き出しそうになり、何とか口に留めたものの。


「へ、へぇ……それはおめでたいねぇ」


 気まずそうに笑う女性の声を背に、俺は慌ててハナの方を向いた。


「お、おいハナ……!」


 だが当の本人は、何が問題なのか分かっていない様子だ。


「ちがうの?」

「そうだけど、人前では『そうじゃない』ってことにしておけよ」

「え……?」


 戦場で何千何万という敵を散らしてきたハナは、瞳に見たことのない色を浮かべていた――恐怖、だろうか。


「ずっと一緒って言ったの、ウソ、だった?」

「いやそうじゃなくて……おい、ハナ!」


 震える肩に向けて手を伸ばす前に、ハナはレストランを飛び出していった。

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