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盲神少女  作者: カオス
第一章 されど、彼は新しい日常の謳歌を望む
9/12

第八話 そして、俺は彼女の過去に触れる

 自転車を置いて入った店内は、シャンデリアで照らされた落ち着いた感じの雰囲気を醸し出し、人もまばらでそこまで広さはない。そして区分けされた窓のそれぞれの前に一つずる観葉植物が置かれていて、一番端の入り口側に近い観葉植物の前の席に俺達は向かい合って座った。

 席に着いて落ち着くと、ここ初めてー、とか、癒されるわー、とかそんなお互いに下準備のような何気ない会話を勧めていく。すると、店員が頼んでいた物を随分早く届けてくれた。

 俺がアイスコーヒー、藤ヶ谷さんがいちごジェラートだ。


「んじゃ、こーせー。いいよ」


 店員が去るのを待ってから改めて口を開いた藤ヶ谷さんは、いざ本題にとばかりに真剣な顔になる。服装を整え始めたかと思うと、ピッと姿勢も正して、やたら綺麗に座り直した。


「えっと、どうしたの、急に改まって。そんな畏まらなくても」


 いや、確かにそんな軽い話ではないだろうけど。ていうか、俺が何話すか分かるのか。


「いんや、やっぱそういうのって、適当ってダメじゃん。相手が真剣に想ってくれてるなら、こっちも誠意を持ってそれに応えないとダメっしょ」

 

 ……はいっ?  そういうの? 真剣に想う? 

 何を言っているんだ、この人。……あれっ、もしかしてこの人とんでもない勘違いしてる?


「藤ヶ谷さん、何か勘違いしてない?」


「ひゃいっ、勘違いって?」


「藤ヶ谷さん、俺が何の話すると思ってるの?」


「えっ、なんの話って、こーせー今からあーしに告白すんでしょ? ――って、ちょっ、それをあーしに言わせんなやー!」


「えっ、あっ、ごめん。……いや、ていうか違うけど」


 っていうか、言わせんなやって……。勝手に勘違いされた上に怒られちゃったんだけど。

 でも、この人意外とそういうところは真面目なんですね、誠実なんですね。そういう所は可愛いと思いました、丸。


「ええっ、違うんすか!」


 おおっ、本気で驚いておらっしゃる。

 この人、マジで自分が告白されると思ってたんですね、さっきのあの不敵な笑みはそういうことだったんですね。そういう所は直した方が良いと思いました、丸。


「あんだよ、静かで人少ない所選んだのその為じゃなかったのかよ、けっ」


 言いながら、唾を吐く演技を見せる藤ヶ谷さん。

 やだ、陽子ちゃんったら。昔はあんなに良い子だったっていうのに、今はこんな不良になっちゃって。

 勿論、昔の藤ヶ谷さんとか知らないけど。

 

「なんか、ごめん。勘違いさせちゃって」


 裁判したとしたらどう考えても俺の勝訴は間違いないのだが、一応形として謝っておいた。内心、必要の無い反省の色無し。 

 「まあ、しゃーないから許したる」とかいう台詞に、ちょいイラ来たのも内心に留めておくぜ。「ありがとうございますー」って棒読みで答えておいたぜ。


「で、じゃああーしに聞きたいことってー?」


 陽子の姉御の不良化は思春期故の一時的な過ちだったらしい。普通の若干間延びしたギャル口調に戻った藤ヶ谷さんは、姿勢も崩して聞いてきた。

 一方俺は、逆に背筋を伸ばして真摯な顔と雰囲気を作る。


「えっと、実は藤ヶ谷さんに聞きたいことっていうのは、愛沢優菜さんについてなんだ」


 その名前を聞いて、一瞬ピクッと眉を動かし、訝しげな視線を向けてくる藤ヶ谷さん。砕けた雰囲気が変わった。

 やはり、彼女も大きく反応を示した。


「こーせー、優菜のこと知ってたんだ」


 優菜。藤ヶ谷さんも、秋谷さんと同じ呼び方をするのか。


「家の近くの公園で偶然逢ってさ。それから何回か会ったんだ」


「ふーん……で、なんであーしにそれを?」


 俺が彼女を知ることになった経緯には特に興味を持ったた反応は見せずに、逆に質問してきた。


「藤ヶ谷さん、一年生の時は秋谷さんと同じクラスだったんだよね。なら、愛沢さんとも同じクラスだったってことだから、何か知ってるかなと思って。それに友達の親友と何も関係が無かった訳ではないとも思ったし」


「なるへそね、エリーと優菜が親友だっていうのは知ってるんだ。でも、それエリーが言ったん?」


「いや、違うよ。違う同級生に聞いた。秋谷さん、愛沢さんに関して話したくないって言ってたし」


 俺の言葉に反応して、藤ヶ谷さんは頬杖を突きながら溜息を吐いた。それから「やっぱねー……」っとボソっと漏らす。


「てか、こーせーは優菜に関してはどこまで知ってるんすか?」


「秋谷さんと親友だったってことと、一年の途中から不登校だってこと。あとは不登校になる少し前から自分が神だとか言うようになったってことと、更にその少し前に変な噂が流れたってこと、かな」


「はいはい、大体オッケー。それで、結局こーせーは優菜のなにを聞きたい訳?」


「そうだな、まずそれは全部合ってるか、っていうのは?」


「うん、全部合ってるね。ガセネタではないっすよ」


 飄々と、さも気にしていないとばかりに言う藤ヶ谷さん。だけど、だからこそその態度はどこか空々しさを感じる。

 それにやっぱり、間違いではなかった。


「ならもう一つ。……これは単刀直入に、愛沢さんに何があったか」


 もう一度、深く溜息を漏らす藤ヶ谷さん。それから頬から手を外し、姿勢を真っ直ぐにしてから瞳も真っ直ぐこちらを見据える。

 それから「だよねー」と前置きを入れてから、黙り込む。再び口を開いたのは数秒後だった。


「何があったかって言われると色々あったんだけど、その噂に関して言えば、小森こもりっていうクラスでもトップクラスに目立つ女子が優菜を……なんてーかー、敵視しだしたんだよね」


 敵視か。その言葉を出すのに一瞬の逡巡が見られた。いじめという言葉を使わないということは、そこまでは酷くないが、やはり見ていてはっきりそれを理解出来る程には悪意を向けられていたのだろうか。


「敵視って、何で?」


「ある時、小森、好きな奴に告白したらしいんだけど、振られたっぽいんだよね。で、その理由が優菜のことが好きだったらしくて、だからその告られた男は今度は優菜に告白したらしいんよ。でも、結果は惨敗。優菜は見事に振ったらしいんすわ。ていうか、優菜は誰から告白されてもオッケー全然出さなかったんだよね」


「ああ、そういえばそんなことも言ってたな」


 聞いていた通り、やっぱり愛沢さんは誰かと付き合うということをしなかった。

 どんだけ贅沢なんだよ、とは思う。


「振ってきたのに何か理由とかあるの?」


「ういんや、知らない」


 首を横に振って、否定の意を示す藤ヶ谷さん。


「そもそもねさっきこーせーはああ言ったけど、実はあーし特に優菜と友達だったって訳でも無かったんですわ。まずあーしがエリーと仲良くなったのが優菜が不登校になった後だからね。だから、確かに優菜はあの見た目もあって友達多かったから付き合いとかで普通に何度か話したこともあったし遊んだこともあるけど、何て言うか友達の友達って感じで、そこまで仲良かった訳では無いって感じだし」


「そっか……」


 理由は分からない。でも、何となく理解は出来る。


「あっ、ごめん。話逸らして。えっと、振ってそれでどうなったの?」


「うん、で振ったらさ、やっぱ小森は良い気がしなかったみたいでね。『愛沢優菜が人の彼氏を奪った』みたいな悪い噂を流し始めた上に、優菜のことあからさまに無視し始めたんだわ。まあ、小森元々上っ面では普通に付き合ってたけど、陰では優菜の悪口言ってんの何度か聞いたことあったし、元々嫉妬してたぽいし。それがその件で爆発したんじゃないっすかね」


「なるほど、そういうことか」


 脇屋君が言っていたことは間違いではなかった。実際には奪った訳じゃないけど、やはり悪意によって故意に作られた、事実無根の悪評だった。

 自分の腹の中に確かに熱いものがある。黒い感情が沸々と沸き上がってくるのを感じる。

 愛沢さんはただ自分の感情に正直になって、素直に断っただけ。だというのに、それで、それだけで悪意をぶつけられた。何だ、それ。理不尽この上ない。ふざけるな。自分勝手な劣等感で人を攻撃してんじゃねえ。

 再び口を開く藤ヶ谷さん。言う前からその続きは容易に想像が出来た。


「したらね、その小森が仲良くしてたグループの子達も優菜を避け始めて。クラスの中でも影響力のあるグループだったからね。釣られて周りの皆もどんどん優菜を避けるようになっていった。何て言うか、あいつと喋るなみたいな雰囲気が流れてそれがクラス中に蔓延したんだよね」


 だろうな。簡易的とはいえ、クラスでも上位の影響力がある人間が敷いたルールはやがてクラス全体のルールと化す。それに逆らうと今度はルールが自分を襲う。だから、それに従わざるを得ない。そういう考え方が世の常だ。

 でも同じく蔑まれるかもしれないと分かっていても、バカだと言われるかもしれないと分かっていたとしても、そのルールに立ち向かう奴もいる。とはいっても勿論そんなの少数で一握りだ。ほんとに例外だ。だから、


「それって秋谷さんも、だよね」


 藤ヶ谷さんは、はあっと何回目かの溜息を吐いてから、コクリと頷いた。


「それまで結構二人が一緒にいるとこ見たんだけどさ、そうなってからは明らかに減ってた」


 親友である秋谷さんも逆らうことが出来なかった。ルールに縛られ、一番仲の良かった友達を避けてしまった。

 そのことに対して彼女はどう想っているのか。ふと、彼女のある言葉が甦った。


「もしかして、その小森ってちょっとギャルっぽかった?」


「あー、んだね。いや、ギャルっぽいってか、ギャル?」


 「どうしたん?」と聞かれたが、「何でもないよ」と答える。やっぱりな。思った通りだった。

 そう思ったのが顔に出ていたのか、俺の顔を見て余計疑問符を浮かべた顔をするが、藤ヶ谷さんは改めて話を始める。


「優菜もさ、最初は『何で無視するの』とか反抗してたんだけど、それでも無視されて、親友からも避けられて、それが続いてたらある時『私の方が自分達より上だから僻むなんて愚かしい』とか言い出して。……それで遂には『私は神だ』っとか神宣言しだした訳。小森とかはさ、そういうキャラうざいとか言ってたんだけど、それでも『私は任務で人間に混ざってる正真正銘の神だ』とか言ってどんどんエスカレートして、それと一緒に居場所もどんどんなくなっていっちゃって、遂には学校来なくなっちゃった、って感じなことがあった訳」


 一旦視線を外し、窓の外を眺める藤ヶ谷さん。その様相は空を眺め、過去の記憶を探っているように見える。


「ふーん、なるほどね。……全く、どこかのドラマなんかにありそうな話だこって」


 嫌みっぽく口にする。ほんと、一人を攻撃して孤立した上で不登校になるなんて創作物ではよく見る話だ。好きな人が告白していたからとか容姿を僻んでとかもうそれはそれはありきたりで、愚直で……本当に愚劣だ。

 俺の言葉に反応したかのように戻った藤ヶ谷さんの顔は、少し目を見開いて驚いているように見えた。そしてその後、今度は何処か俺を探るような、確かめるような雰囲気を感じる目を向けてくる。


「小森はさ、もう転校していないんだよね。だからってさ、どんな理不尽な理由で嫌われて、圧倒的に本人の非が少ないとしてもさ、その空気に当てられた人は本能的に対象者を避けてしまうもんでしょ。関わりをもつこと自体を嫌っちゃうじゃん。それに神だとか言った所為で、皆気味悪がってたし。まだ優菜に関わっちゃいけないみたいな空気に当てられてるのは間違いないんだよね。ひょっとしたら、優菜と一緒にいるとこもし誰かに見られたら、こーせーも避けられちゃうかもしんない……それでも、こーせーは優菜と今まで通りに接することが出来るの?」


 未だに沸々と燃え滾っている感情と熱を外に逃がすように、ふうっと息を吐く。

 今まで通りに接することが出来るか? さあ。俺は人にはっきり嫌われたという経験がないからな。転校を繰り返す内に人付き合いが上手くなって、特に人と衝突するなんてことも無かったから気にしたことはなかったし、避けられたなんて経験もない。

 だけど、そっか……。避けられるかもしれないのか。やっぱりそれって嫌だよな。


「――それでも俺は勿論、彼女と友達でいるよ」


 それでも彼女と接点を持っていたいから。可否の話ではなく、自分の希望で答えた。

 どうやら俺もあの電波に毒されてしまったらしい。でも、いつまでも受信しているべきものではないというのは分かっている。ほら、俺のキャパシティー越えちゃうかもしれないし。……でも俺よりも彼女自身が自分の電波に冒されている。


「そっか……」


 息を吐き出すように言いながら、藤ヶ谷さんはどこか満足げな表情で微笑む。


「まあ、あーしもそうかなー」


「えっ、藤ヶ谷さんは何で? だって、別に愛沢さんと特別仲が良かったって訳でもないんでしょ。それに皆に避けられるの怖くないの?」


「こーせー、ちっちゃ-。んな一々、他人の目とか気にしてられっかって」


 そうですね。何せあの厚化粧顔を平気で人前に出せるんですもんね。その神経の図太さは相当でしょうね。

 なんて冗談は交えても、そう答えると分かっていた気がする。その想像通りに答えてくれた。

 でも、そっか。何で秋谷さんが藤ヶ谷さんを好いているのか分かった気がする。


「それに何でって、当たり前じゃん。理由なんて親友の親友だから。それだけで充分じゃん」


 何を当然な、みたいな顔で藤ヶ谷さんが言う。

 ……それを当たり前って言えるのはあなたぐらいだと思うんですけどね。


「そっか。うん、話を聞けて良かった。時間取らせてごめん。――それからありがとう、藤ヶ谷さん」


「んっ、ケーオー、ケーオー。問題全くナッシング」


「何で俺がノックアウトされてんだよ」


 何て軽口を叩きながら、話を聞けて本当に良かったというのは本心だ。少しだけ、心にかかる曇りが払拭された気がする。

 でも、まだ曇りは残っている。このままで良いのかと、どこかから聞こえてきているようだ。

 昨日、前進をすると決めて、彼女の過去に踏み込んだ。彼女の傷を弄くり返し、再び傷つけてしまったかもしれない。結局このままで、なんて許されない。


「さて、行きますか」


「あっ、あのさ、こーせー」


「んっ、何?」


 立ち上がろうとした所で藤ヶ谷さんが思い出したように再び口を開いた。それを聞き、俺は立った状態で視線を向ける。


「今の話でエリーのこと嫌いになったりしないでよね。……エリー、避けたくて避けてた訳じゃないから」


「うん、大丈夫だよ」


 分かってるさ、そんなこと。

 彼女も彼女で悩み苦しんでいる。そんなの出会って間もない俺でも知っている。

 そうして俺達は店を出た。


 ――外に出て、ふと眺めた空。その青い空は何故か、入る前よりも眩しく感じた。


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