第五話 そして、彼女と彼女の関係を知る
少し早く来たからといって、別段代わり映えの無い景色が展開されている教室。その教室に並べられた机の最後列の真ん中左側の席。その俺指定の席に座り、教科書を机に移すと手持ち無沙汰になった。隣の秋谷さんはまだ姿は見えず来た形跡も無い。っということで、丁度そんな時に来た隣の男子、脇屋君と話して時間を潰すことにした。
彼は野球部らしく、当然のように野球に詳しく話があった。ファンのチームも同じで最近の試合のホットでエキサイティングな場面を話すなど、この俺に匹敵する野球熱を持っている。全く、俺とここまで熱く野球を語れる男がいようとはな!
そんな男二人で興奮しながら話していると、いつの間にか時間は過ぎ去ってしまっていたようで、突如右方向から声がした。
「ハアハア、おはうぃーす、ハアハア、こーせー……」
本日も相変わらずギャルギャルしくしている、っと思い込むのは自由だぜ! な秋谷さんの登場である。時間はホームルーム三分前で、息が大分乱れている上、ゆるふわな髪の中に二、三本アホ毛が立っている。さては寝坊だな。そういえば、昨日も遅れて来てたし、どうやら時間に結構ルーズなようだ。
「おはうぃーす、エリーさん。結構、ギリギリだね」
「なっ、エリーじゃないし! 絵里奈だし!」
自転車ダッシュによる酸素不足+エリーへの憤慨によって息の乱れが甚だしい。
「まあ、ちょっと寝て起きたらもう七時十五分で、ちょっとマジ急ごう、みたいな。起きて軽くパン食べてすぐに家出たんだよね。いやー、メッチャ焦ったわ」
ふーん、ちょっとマジ急ごうと思ったんだ。どっち?
「なるほどね。だから、寝癖残ってるんだ」
「えっ、うそっ、寝癖! 残ってた!? うわっ、超恥ずい! ちょっ待って、直すからこっち見ないで竹ポン」
「うん、分かった」
カバンから櫛を取り出し、前方向いてあせあせわっしゃわっしゃ直し始めた。いや、そんな二、三本のアホ毛、誰も気にしないと思うけど。女子はそういうの特に気にするんですねー。
それと、竹ポン入りましたー。
「ちょっ、こーせー、何も分かってなくね!? メッチャ見てるし!」
おっと、見てしまっていたか。そんな慌てた様子はどことなく小動物じみた可愛らしさがあって、思わず視線を固定してしまっていたぜ。決して確信犯じゃないぜ。
「そういえばエリーさん。ちょっと聞きたいことあるんだけど」
髪直している所悪いけど、朝のショートホームルームまで時間が無い。今、質問することした。
「だから、エリーじゃないし! ――で、聞きたいことって?」
「この学校にいると思うんだけど、愛沢優菜って子知ってる?」
俺がその言葉を口にした瞬間、秋谷さんの手がピタっと止まった。その顔は、目を見開き固まっている。
人間は他人とのコミュニケーションの手段として、リアクションを大袈裟に取るということがある。しかし、これはそんなものではなく心の底から驚いている、そんな表情をしていた。
「ちょっ……」
そう声を上げたのは、隣の脇屋君。焦った感じで、しかし表情は何故かバツが悪そうにしている。
「……何で、こーせーが優菜のこと知ってるの?」
再び秋谷さんに視線を移すと固まっていた表情を徐々に戻し至って冷静に、しかしそれは無理矢理というのが分かる様子で聞いてきた。
優菜という呼び方に引っ掛かりを覚えたが、それより質問に答える。
「ここに引っ越してきてから夜に偶然二回会ってさ。その時着てた服がここの制服だったからいると思うんだけど……」
「あの席」
言いながら、秋谷さんが指差した席は廊下側左列の一番前の席。あの席がどうしたのだろうか。というか、あれっ、そういえばあの席空いている。
「あの席、優菜の席なんだよね」
「えっ、嘘っ! そうだったの!」
秋谷さんはコクリと頷く。
しまった、少し声が大きくなってしまった。だが、それぐらい驚きが隠せない。まさかの同じクラス!
でもそういえば言われて思い出したが、あの席昨日も空いていた気がする。
「確か昨日もあの席空いてたと思うけど、休みとか?」
タイミング悪く二日連続で休んでる訳ね。
あれ、でも昨日も夜会ったんだけど。何だ、何で昨日休んでたんだ。サボりか。そして今日もか。
だが、その俺の質問に俯き加減で秋谷さんが声を出す。
「いや、そうじゃなくて……」
「えっ、そうじゃなくて?」
そうじゃなくて……? 何だ。秋谷さんは何故か言うのを渋っている様子だ。
しかし、数秒の逡巡している様子を見せた後に再び口を開いた。
「――優菜は、一年の途中から学校に来てないんだよね」
その秋谷さんの発言を聞いた瞬間、俺も固まってしまった。驚いた。学校に来ていない。つまり、不登校。愛沢優菜は、彼女は学校に通っていなかった。
でも、それでも。それと一緒にああ、なるほどって。納得してしまった自分もいた。やっぱりって思ってしまった。
ああやって周囲に全く合わせる気が無いものを認める程、人間っていうのは寛容な生き物では無いのだから。最初会った日に彼女が言っていた、人間は自分に適合しない者は排除するという言葉。確かにその通りだ。
それはあの神キャラのことだけではない。寧ろそれはいつからやっていたかは分からないし、それより何より。人は才能が、常識が、勉学が、そして容姿が。何でも下に極端な物を嫌う傾向にある。しかしその逆、上に極端となると二パターンになる。それは憧憬による受容と嫉妬による排除。もしその内、彼女のあの極端に上にパラメーターが振り分けられた容姿に嫉妬する者がいたら。あの発言からして彼女は何かしら言われたかやられたりしたとしら、いづらくなったとしても何ら不思議ではない。なんて、不謹慎で無愛想なことを考えてしまった。
「来てないって何で?」
気になった俺は、無遠慮に思わずそんなことを聞いていた。その様子から、あまり進んで出来る話だというのは分かっているのに。
「まあ、色々あったんだよ。……でもあまり話したくないかな」
沈痛な面持ちから必死に笑顔で取り繕う秋谷さん。たははっと笑いながら、それが必死だというのは見てて明らかだ。もしかして、いや多分、秋谷さんもその色々に関わっていた……?
「……そっか。ごめん」
丁度そこで担任がやって来た。こっちの様子の異様さになど気付くことなく元気な挨拶をしてから出席を取っていく。
ナイスタイミングだな。ちょっと、気まずくなっていた所だったから、正直助かった。
「まっ、まあ、今のは気にせず! ともかく、今日の授業もガンバ、こーせー」
その元気を幾分か取り入れ仕切り直すかのように、さっきよりもマシな笑顔を向ける秋谷さん。
「いや、秋谷さんも頑張ろうよ」
そうしてお互いに軽く笑いあい会話終了。
担任の言葉に耳を傾けようと前を向いた時、突然左耳に耳打ちされた。
「あのな、竹原。実は、秋谷と愛沢、二人は親友同士だったんだよ」
バッと勢いよく顔をそちらにやると、それだけ言い残して脇屋君は担任が立っている黒板前に顔を向けていた。
俺も再び向くと出欠確認を終えた担任が、今日の予定を話し始めていた。その出欠確認で担任は愛沢優菜の名前を呼ぶことはなかった。
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チャイムが鳴り、昼休み。理、数と、理数系が苦手な俺には酷な授業二連続を乗り越え、束の間の休息に入った。普段よりも朝早く食べたこともあってか、腹は平素以上に空いている。母親手製の弁当を早速食べたい所だが、それより先に確かめておきたいことがある。
「ちょっと脇屋君良い? ジュース買いたいんだけど、一緒に行かない?」
「んっ、ジュース? んー、分かった。じゃあ、行くか」
そのまま教室を出て、一階昇降口前にある自動販売機を目指す。
教室を出て右に行くとすぐある階段に差し掛かる所で、脇屋君から話掛けてきた。
「なあ、竹原。何で俺を誘ったかは分かってるよ。さっきの話だろ?」
おっ、言わなくても分かってくれたか。
自分で誘っといてなんだが、さっきの雰囲気からは自分から中々切り出しづらかったというのもあるからありがたい。
「うん、そうなんだよ。ちょっと聞きたいことがあってさ――」
「――それまで全く打てなかったのに、何故急にあいつがあんなアジャストホームラン打てたかってことだったよな。それはな――」
「いや、違うけど!」
いや、前の野球の試合の話じゃなくて! いや、確かにもそれも話したいけど! 今はそっちじゃないから。ていうか、野球の話はしたけどそんな話した覚えはないし。
「じゃあ、やっぱりあの話か」
「そうだよ、そっちだよ」
そうそう、ようやく分かってくれたか。そんな覚えのない話じゃなくてもっと重大な事実を告げたじゃないか。
「六回表、あそこで相手がダブルスチールを狙った訳だろ。それはな――」
「いや、だから違うけど!」
選択肢二つ、どっちも違うし! ていうか、何でその二つなんだよ! 話した覚えねえよ!
「えー、じゃあ、もしかして愛沢の話か?」
「そう、それ!」
三択だったのかよ! そして何で、それ最初に言わないんだよ。だから、普通はそれ最初に出るよね。
「あのさ、さっき二人は親友だったって言ってたけど、それってマジなの?」
「ああ、マジだよ。二人は中学から高校でも同じクラスでの親友だったんだよ」
「マジですか……」
あの神電波を受信している少女とギャル嫌いなギャルの秋谷さんが親友だったのか。意外な組み合わせのような、そうでもないような。でも秋谷さん、確かに愛沢さんのこと名前呼びしてたし、間違いないだろう。
でも、それを知っているということは。
「もしかして、脇屋君も二人と仲良かったとか?」
「いや、別に。俺は野球一筋だったし、特に二人と付き合いあったって訳じゃなかったしな。ただ、中学同じでクラスも三年間二人と同じだったってだけだよ。でもほら、愛沢ってあの顔だろ。秋谷も顔結構良いし、二人とも校内でも有名人だったから、二人が親友なんてのは誰でも知ってたんだよ」
ふーん。まあ、あの顔なら当然か。校内で一度すれ違っただけで、もう忘れることのないような顔してるもんな。
「ついでに言うとな、中学とそれから高校でも一応二人とも結構男からの告白受けてたらしいぜ。まあ噂で聞いただけで俺も詳しくは知らないから秋谷の方はよく分かんないけど、愛沢は興味無かったのか全員振ったらしいけど」
そっちもまあ、そうだよな。あの顔なら二人とも、いや、あの顔でまともなら愛沢さんに告白する人が結構いたとしても全くもっておかしくない。まあ、それを全員振るって辺りは、凄え余裕というか、何というか。でも、今の話を聞けば、
「愛沢さん、中学の時はあの神キャラじゃなかったんだ」
「神キャラ? ああ、何かそんなんだったらしいな。俺は高校からはクラス違ったからこれまた話だけなんだけどさ、愛沢、不登校前は神だのなんだの言って、やばい奴だって結構言われてたらしいんだよ。でも、まあ中学は確かに普通だったんだけどな。普通に明るい、友達も多い奴だったのに、それ知った時はびっくりしたよ」
やはり、中学の時は普通だった。寧ろ周囲に適合出来ていたのか。
じゃあ、何故今はあんなキャラになってしまったのだろうか。あのキャラになって、周りが離れていって、それでも尚、現実逃避するかのようにあんな誰にもオファーされていない神を演じ続けている。どんな理由があるのか。それがどうも胸にモヤモヤと引っ掛かる。
「そんなキャラになったのには何か理由があるとか?」
「さあ、分からねえな。そもそもその神になった愛沢ってのも俺、はっきり見てないからな」
やっぱり高校途中までも普通だった。とするならば、やっぱりその何らかの理由で浮いてしまい、神云々で尚更クラスから孤立していって、遂には不登校になってしまった。
その理由、それがどうしても気になる。何故出会ったばかりの少女のことで自分がこんなにも気になっているのかは、自分でも理解していないけれども。
「じゃあさ、秋谷さんは言い辛そうにしてたけど、愛沢さんが不登校になった理由、色々あったって何だろう? その噂が関係してると思うけど……って、これも脇屋君、分からないよね」
今更そんな過去を掘り返すのはあまり良くないのかもしれないなんて自制心も働くが、それよりも好奇心と……自分でも理解しきれていない、言いしれぬ感情に動かされて聞いてしまう。
「ああ、悪いけど、これもそうだな。悪いな、全然知らなくて……あっ、いや、待てよ。でもそういえば一時期変な噂が流れたな」
「変な噂?」
「ああ。なんか、愛沢が人の彼氏奪ったとか何とかって。あの今まで付き合うどころか振ったって話しか聞こえて来なかった愛沢がってその時は流石にマジで驚いたわ」
「愛沢さんが人の彼氏を奪った?」
それはまた、意外な話だな。
「まあ所詮噂だけの情報だから本当かどうかは知らないけどな。でも、火の無い所に油は立たぬって言うしなー」
「いや、それ混ざってるから。油が立つって何だよ。火の無い所に煙は立たぬ、ね」
「あー、それ、それ!」
凄いけらけら笑っている。おっ、おう、愉快そうで何よりだぜ。でも確かにその言葉はよく言われるし、事実その通りだとも思う。
でも今回の場合はその限りではない可能性もある。仮によく告白でもされていたのだとしたら、誰かが嫉妬からそんな作り上げた噂を流すなんてこともありえるから。
……って、流石にそれは考えすぎか。でも、人の彼氏奪うとか、そういう人には見えなかったけどな。っていうのも会ったばっかだし、キャラあれだし、言い切れないけど。
「で、確かその後少しした辺りからだったかな。愛沢の神云々の話聞いたの」
タイミングとしては絶妙だ。だとしたら、その変な噂と愛沢さんが自己を神格化したのには何か関連性がある可能性が高い。
話している内に、自販機の前に辿り着いた。と言ってもこれはただ向かう途中で話を聞く為の口実だった為正直別に欲しいものはない。何でも良いから秘技、ダブル押しでどっちが出るかなをやり、結果ペットボトルの炭酸飲料が出てきた。
「さて、じゃあ戻りますか」
「うん、オッケー」
脇屋君に促され、来た道を戻る。
新たに分かったのは、愛沢さんの恋愛関係での変な噂が流れたということと、中学までは普通の中学生であの謎の神キャラを演じるようになったのは高校の途中からということ。結局、愛沢優菜という人物のことはよく分からないままだ。
しかしなんでその変な噂から私は神なんてことになるんだ。順路も何もあったもんじゃない。野球の話をしていた筈なのに、いつの間にかサッカーの話題に塗り替えられていたような。それぐらい話が飛びすぎだろ。
でも、彼女は言っていた。人間は優劣を付けて、自分に合わないものは排除すると。もしかしたら彼女自身、人の悪意によって排除されたのかもしれない。
元々分かっていたが、何も無いのにああなる筈がない訳で。彼女は何を思い、何を考えてああしているのだろうか。人の悪意に触れ、人間に絶望し、人間を捨て、彼女は何をしたいのか。いや、それ以前に何が故に人間という存在を見限ったのか。
まあ、こんな所で考えてたって分かる訳が無いんだが。
「ああ、それとな……」
再び登り始めた階段の途中で、立ち止まった脇屋君が不意に振り返る。そして、言い辛そうに、申し訳なさそうに口を開いた。
「俺みたいに変な噂が立った時の愛沢と深く関わって無かった奴なら別に何も思わないけどさ、それでもあいつのこと快く思ってない奴らはいるから……。お前も色々と気を付けた方が良いぜ」
色々と、ね。まあ、確かにそういう奴らもいるんだろう。主に関わったクラスの人達や噂の中心の人物とかはそうかもしれない。色々ってのは、その話をぶり返したりすることか。
確かに脇屋君の言っていることは分かるし、悪意がないことも分かる。他のクラスに伝わる程、悪意の噂が広まった渦中の人物を未だに目の敵にしている人物もいるのかもしれない。
それでも、俺はそのことに憤りを感じている自分に気付いていた。脇屋君にではない。色々な事実に衝撃を受け、整理しきれていない今の俺には理由をはっきり理解することは出来ないが、それでも腹立たしいって事実ははっきり認識出来る。
だから、
「了解、アドバイスどうも」
何て言っときながらも。
……今夜もいるだろうか。まあ分かんないけど、とりあえずチョコを持って今夜も参拝にいくことにしよう。
なんて考えていた。




