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盲神少女  作者: カオス
第一章 されど、彼は新しい日常の謳歌を望む
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第四話 そして、妹は今日も不機嫌だ

 昨日昼に寝てしまったこともあって今日は若干だが珍しく早く目が覚めた。それでもサイクルを変えずに、いつものように顔を洗ってからリビングで朝食を摂っていると明澄香がやってきた。

 セミロングの茶髪に可愛らしい八重歯、そして二重瞼が特徴的な妹は兄の贔屓目ひいきめ抜きにしても充分モテる素質のあるイケてる系女子といった顔をしている。その妹は眼を擦った後、ふぁ~っと右腕を伸ばし、左手はその右腕に装着。大きい欠伸をして実に眠そうな次第である。

 昨日あの後帰ったのは十時。昼寝をしてしまったとはいえ、昨日は色々なことがあって疲れていたからすぐに寝床に就いた。だが、その俺の安眠を妨害する音が、隣の明澄香の部屋から漏れていた。あの音は、何かの映画だったか。効果音でキャーとか聞き覚えのある男の名前言いながらかっこいいーとかいう叫び声も聞こえてきた。

 俺も相当疲れてたから若干の格闘の末で眠ることが出来たが、平常時だったら多分寝れなかったぞ、あれ。まあ、普段はもうちょっと控えめだから、昨日は同じく転校初日ってことで明澄香も興奮していたのかもしれないけど。


「お母さん、おはよう」


「あら、明澄香。おはよう」


 そうして、洗面所へ行きジャーッと水道を出す音が聞こえたのでおそらく顔を洗い、それから四つある椅子の内、俺の正面にある椅子。そこに明澄香が、座り朝食を摂り出す。ちなみに俺の隣は父親だが既に仕事に出てもういない。

 ……って、あれちょっと、待て。挨拶は! 俺への挨拶は! 俺は無視! ほら、俺ここいるよー! ここ、いるでしょ! 何で俺はスルーなの!

 まっ、まあ、全く仕方無いな。妹に無視されたぐらいでふてくされる俺ではない。ここは仕方ないから、兄である俺から挨拶してやるか。はあっ、ったくこの妹は……。


「おはよう、明澄香」


 妹、テーブルに置いた新聞に目をやっていたが、顔を上げてこちらを見やる。その間わずか三秒。経過後、無言で再び新聞に目を戻す。

 ……なっ、なにー! 兄が挨拶しときながら無視だと! おいおい、これはいくらなんでも人として酷くないか!


「おっ」


 っと若干憤慨の面持ちを向けていたら、しかしそれに気付くことなく明澄香は驚きの声を上げつつ新聞の文章に目を滑らせている。いや、その新聞に何書いてるか知らんけど、だから無視とか酷くない。

 朝からというのは気が引けるが流石にここは兄としてがつんと言ってやらねばっと一瞬注意しようとするが、ふと今の発音を脳内再生すると今の「おっ」には抑揚が無かったことに気付いた。感嘆の「おっ!」ではなく、ただの発音の「おっ」って感じだ。……あれっ、えーと、もしかして今の「おっ」って、俺の挨拶への返しを略したもの?

 いやいや、ちょっと待てよ。そんなの分かんねえよ。何で、おはようの返しが「おっ」なの。略しすぎて、それただの感嘆詞になっちゃうだろ。っていうか、残り三文字ぐらい言えよ。そして、時間差ありすぎだろ。

 まあしかし、ちゃんと返したのだから今回は許すことにしてやろう。俺の懐の深さに感謝するんだな、妹よ。

 ――そして、あれだな。いつも髪の手入れとか、化粧やらで明澄香の方が早く起きて朝食を食べる為同じ時間に食べることは少ないから、たまのこういう機会ぐらい会話してやっても良いかもな。なんて考える。最近会話も減ってたしな。


「なあ、明澄香。昨日、遅かったみたいだな。ちょっと音聞こえてきたけど、何か見てたのか?」


「はあっ、まあ」


 おっ、今回ははあっとまあの二言を発してくれたぞ。珍しいな。今日は順調だ。

 まあ、上げた顔は「うわっ、何か話掛けてきたよ」みたいな不服そうな顔だったけど。そしてすぐに顔新聞に戻したけど。俺は、気にしない。


「何か映画見てたんだろ?」


「はいはい、そうですね」


 マジか、凄いぞ! おはようの四文字すら略した明澄香が、四文字の「はいはい」+五文字の「そうですね」を言ってくれたぞ! マジかよ、今日は本当に珍しいな。

 まあ、再び上げた顔が明らかにさっきより歪んでたし、「さっきので気付けよ。何でまだ話続けようとしてんだよ」みたいな顔してるけどさ。俺は、気にしない。


「あれだろ。確か、お前が好きな白川しらかわ竜之介りゅうのすけだっけ? が出てた映画だよな?」


 白川竜之介、だったような? まあ、ともかくうろ覚えだがそんな名前の俳優は二、三年前のデビュー作がヒットして以来徐々に人気が上昇し、今や結構な人気と知名度を誇り、我が妹もその甘いルックスにはまっているのだ。……っというのを、母さんと話しているのを聞いていたから知っている。

 まあそれはともかく、流石に好きな俳優の話ならこいつも乗ってくるだろう。っという勝算あっての話題提供だ。


「はあっ?」


 しかし突如、鋭い眼光を向けてきた。おっ、急にびっくりした! えっ、てか何で俺睨まれてんの!

 確かに、乗ってきたけど期待してたのと全然違うんだけど。ベクトルマイナス加工されすぎなんだけど。


「……白川竜之介って誰よ。白木しらき竜一りゅういちだから。今じゃ、凄い人気なのに何でそんなのも知らないのよ、バカ兄が」


 ああ、なるほど。名前間違えてたのね。確かに自分の好きな人を、全然知らないくせに知った風に話されたら腹立つよな。ちょっと無神経だったか。

 にしても、言い過ぎ率五十パーセントだと思うけど。


「ああ、ごめん、ごめん。そうだ、そうだ、白川竜一だったか。あはは、ミステイク、ミステイク」


「だーかーらー、白木竜一だっての。ちょっ、ホントふざけないでくれる。これ、マジやばいから」


 あっ、混ざっちゃってた、キャハッ! っと内心で化粧厚子の真似をするものの、正直我ながら気持ち悪い。そして、妹の刺すような視線が痛い。いや、ちょっと出来心で冗談で返したら、まさかのマジギレをされてしまった。何がやばいかは分からないが、ともかくやばいらしい。っというか、朝から俳優の名前間違えて妹にキレられている兄というこの状況が一番やばい。

 

「悪い、悪い。えっと、白木竜一な。あいつ最近人気だよな。俺の前の学校でもファンのやつ結構いたよ」


「あいつ……?」


 再びギロリと鋭い眼光。どうやら、バカ兄に好きな俳優をあいつ呼ばわりされるのが気に入らないらしい。めんどくさっ!


「白木竜一って最近人気だよな。俺の前の学校でもファンのやつ結構いたよ」


 しかしそこは流石に懐の深い俺。あいつの代打、白木竜一でリピートしてやったぜ。


「ふーん、まあそりゃ当然いるよね」


 素っ気ないようでいて、若干嬉しそうでもある。どうやら、満更でも無い様子だ。

 うんうん、分かる、分かる。自分の好きなキャラや有名人を他に好きって人がいると嬉しくなるよな。俺も好きな選手のことを好きって言う奴がいたら、そいつのことを俺が好きになっちゃうからね。


「でも、そいつより私の方が好きだし」


 一転、今度は若干怒気含む声で言われた。

 うんうん、分かる、分かる。自分の好きなキャラや有名人を他に好きって人がいると対抗意識燃やしちゃうよな。自分が一番のファンになりたいって、基準の無い願望持っちゃうよな。他に好きな人いないのは悲しいけど、いてもどうせ私よりあの人のこと好きじゃ無いくせに、みたいなさ。……めんどくさっ!


「あのね、竜一は本当凄いから。やばいから。どうせバカ兄は分からないだろうけど、激ヤバだから」


「はっ、はあ……」


 君も名前呼びとは中々慣れ慣れしいね。それから伝わってきたのやばいってことだけなんだけど。


「竜一が良いのは何といってもその性格。若いくせに、共演者とかに超気利くんだって。バラエティーとかでも無茶ブリとかされても嫌な顔一つしないし、どころか笑顔で対応だよ。何それ超良い人じゃん、激ヤバじゃん」


「おっ、おう……」


「んで、後は演技力ね。竜一の演技力、ベテラン俳優とか比じゃないから。本当、泣かせ所では泣かせてくるから。私の涙腺どんぐらい破壊してくるんだよ-、ってね。なにあの演技。詐欺しかってぐらい完璧激ヤバ」


「へっ、へえ……」


「で、まあそういうのもあるけど、まあ結局のところ一番良いのは顔なんだよね。なにあのイケてるフェイス、激ヤバなんだけど。……って、ちょっと、さっきからちゃんと聞いてる? 私が教えてあげてるのに適当に流してない?」


「流してない、流してない」


 五割しか。しかし聞いてもいないのに、興味ない俳優のやばい所勝手に、しかも上から目線で教えてくるとかやばい。っていうか、さっきからちょくちょく言ってる激ヤバって言葉がやばい。激ヤバって何だよ。何もやばくねえよ。


「なら良いけど。でも、分かったっしょ、竜一の凄さ。ねっ、好きになったっしょ、竜一のこと」


 いや、別にお前の話聞いただけで好きとかは無いけど。それでも、俺の妹が本当に好きなんだって伝わってくるぐらいには、何か持っている俳優だっていうことが分かった。そういう意味では。


「話だけだし好きどうこうは置いといて、若干の興味は持ったかな」


 まあ、だからって別段調べるとかそういうのは無いけど。ちなむと、俺のインターネット履歴は野球情報ばかりです。


「ふーん、まあいいや。興味持ったなら、今日の夜七時からバラエティー出るらしいから、別に見ても良いよ」


 どうやら先程から明澄香が凝視していた新聞、テレビの番組欄らしい。何を真剣に読んでるかと思えば、ただ好きな俳優出る番組チェックしてただけかよ。ちなむと俺は、新聞は番組欄とスポーツ記事、それから四コマ漫画しか見ない質です。

 いや、っていうか、何で番組見るのにお前の許可必要なんだよ。そしてさりげなく、誘導しようとするな。別に見ないし。野球中継見るし。


「いや別に見ないけど」


「はあっ?」


 しかしその言葉が気に入らなかったらしい。刃渡り十五センチの鋭い視線に再び刺された。「せっかく私が許可してあげてるのに見ないとかどういうことよ」と言いたげな顔をしていた。誘導どころか強制らしい。


「じゃあ、気分が乗ったら……」


「んっ」


 まだ微量の不服感を匂わせるが、渋々納得はしてくれたようだ。そんなに認めさせたいのね……。

 そこで会話は終了。再び妹、新聞に目をやりつつ食事を口に運ぶ。

 そんな中先に食べ終わった俺はその様子を眺めていると、視線を感じたのか妹が顔を上げてきた。


「なにニヤニヤしながらこっち見てんの、キモい」


「なっ! キモいとは何だよ!」


 その妹はストーカーを見るかのような目でこちらを見ている。何だ、その目は。全く、この妹は兄のことをキモい等と……。くっ、こやつ生意気な。


「――ったく。じゃあ、行ってくるよ。行ってきまーす」


「行ってらっしゃーい」


「はあっ……いっ」


 母親に次いで、妹が溜息混じりに呻った。……訳ではなく、多分挨拶なのだろう。行ってらっしゃいぐらいちゃんと言え。一文字に略すな。

 そんな反感を持ちながら、カバンを持って家を出て行く。

 とは言ってもまあ、さっきはああ言ったものの、妹の邪推だけではなく、多分俺は、いや本当に少量ぐらいならだけど、気持ち悪いとはいえるぐらいニヤけてしまっていたのだと思う。ほとんどが罵りとよく知らない俳優の話だけだったけど、それでも久しぶりに珍しく妹とちゃんと話せたのが嬉しかったのかも知れない。ほとんどやばいってことしか伝わらない会話だったけど。良い朝を迎えられたんじゃないかな、とは思う。

 考えると、こうなったのも今日の朝早く起きたからであって、そしてそれは昨日の色々な人達との出会いがあったからで、それで疲れて早くに寝てしまって。色々な巡り会わせでこうなった。

 だから、どこの家庭にもあるようなありふれた日常のワンシーンであり、しかし俺にとっては稀有なこの朝のワンシーンは、何となくこれから何かありそうな。そんな予感を俺に持たせた。

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