第三話 そして、彼女と再び会う
秋谷さんと別れてからある程度探検した帰宅後、転校初日の疲れからか睡魔が俺に猛アタックをしてくる為、ベッドに横になると間もなく眠りに落ちてしまった。
そうして起きること、十八時。窓の外から落陽の光が部屋に入り込んで来ていた。これから出掛けるのも時間的に中途半端なので、飯を食い、自室ベッドの上で本を読んでいると現在時刻、二十一時を迎えた。最早空に赤みは無く、窓の外は闇が大半を占めている。
そこでふと、一瞬頭に彼女の顔が思い浮かんだ。愛沢優菜。明日は学校、前のように深夜にあの公園にいるということはないだろう。っとなると、ひょっとしたら今現在彼女はあの公園にいるかもしれない。今日、秋谷さんと話してから、何故かまた会いたいなんて思ったような気もしなくもない気がするようなしないような、いや、やっぱり会いたいかも。あれっ、どっちだ。
……いや、でもいないかもしれないしなー。いなかったら、ただの体力の浪費だからな。それに布団から立ち上がるの面倒くさいな。本読みたいな……。いや、っでもいなくても夜のサイクリングもなんか興奮するしなー。
なんて思考サイクルを繰り返し、遂に意を決しパタっと本を閉じる。
「よし、行こう!」
決意を固めるように独り言を呟くと、勢い良く立ち上がり、そのまま階段を駆け下り玄関で靴を履き替える。っところで、リビングの扉が開き、身を乗り出してきた妹、明澄香と目があった。その二重になっている瞼をこちらに向けじーと見つめている。
すると、身を戻しリビングに戻る明澄香。
「あれっ、お母さーん、お兄ちゃんどっか行くの?」
そんな声が聞こえてきた。
おいっ、妹。当人、こっちだ、こっち。目合ったじゃねえか。何故わざわざ母親に聞く。
まあ、最近の妹はこんな感じだ。中学三年になり思春期故の家族離れってやつか。ただし、父と俺限定の。俺と父とはあまり話さないくせに、母親とは普通に会話する。とは言ってもそれは俺も話掛けないからでもあるけど。何せ、話掛けても、えー、ふーん、そっ、しか返ってこないし。朝の挨拶は、俺がおはようって言っても、返事がうんを詰まらせたようなうっだけだし。おはようで返さない所か、うんの二文字すら略してしまうレベルだ。
「うーん、分かんないわね」
「こんな時間に……もしかして、彼女じゃない? お兄ちゃん転校早々彼女出来たんじゃない? ねえ、そうじゃない、お母さん」
いや、だから俺いるよー。ほら、明澄香、俺はここにいるよ-。まあ、聞かれてもその手の質問は面倒だから別に良いんだけど。べっ、別に俺に聞いてくれないから拗ねてるとかじゃねえし。別に悲しくなんかねえし。
まあともかく帰りにコンビニでなんか買っていって、コンビニ行ってました体で帰れば良いだろう。という訳で面倒なので母親に問いただされる前にさっさと家を出て、自転車に乗り公園に向かう。漕ぎ続けること十五分。見覚えのある公園に辿り着いた。
――そして、やはりいた。愛沢優菜が前と同じ制服姿ですべり台に立ち、空を見上げていた。
掃き溜めに鶴。灯りは水銀灯一本のほぼ闇夜に覆われたその質素な公園において、彼女は相変わらず異彩を放っていた。その部分にスポットライトが当たっているかのように、顔を向けずともその存在は眩しく目が自然と吸い寄せられていく。
「やあっ、愛沢さん。久しぶり……って言っても、二日ぶりだけど」
右手を挙げて、好意的な挨拶を心掛けながら相手に近付く。すると、反応した愛沢さんが空から顔を降ろしこちらに視線を向ける。その顔には相変わらず表情が表に現れていない。
「ようこそ、私の同志、建人。神の私にはあなたがここに来ることは分かっていた」
「へえー、そりゃ凄いなー」
凄い、凄い。自転車の音でも聞こえたんですかね。
そして、俺は神になったつもりは無い。
「愛沢さんは今日も街を見守ってるの?」
「無論。建人もそうではないの……?」
「うーん、違うかな」
俺は無論それはあり得ない。寧ろ何故って聞きたくなる。神などではなく、純粋な人間である俺には街を見守る義務なんて無いし。
でも俺は、街を見守る気は無いけど、あなたをずっと見守り続けたいと思います。キャッ、言っちゃった。
「ちょっと愛沢さんと話したくなってさ」
「えっ、私と話したい?」
キョトンと驚いた顔を見せ、暫し停止。それからはっとなり、そのまま背を向けてきた。意外な反応だな。どうした、神様。
しかし、戻った顔は何事も無かったかのような元の無表情。今の何だったんだ。まあ、別段今はいつもと特に変わった様子ではないし、何でも無かったのかな。
「……何かあったでござるか?」
いや、そうでも無いな。
また江戸時代の武士よろしい口調になってしまっていた。どうやら、動揺してしまっているようだ。
「愛沢さんに聞きたいことがあったんだよ」
「……なに?」
「まずさ、そういえばなんだけど、愛沢さんってその制服からして同じ高校だと思うんだけど、学年は何年生なの」
「かつて、人間に擬態した時の学年を今に換算すると二年生になる」
「そっか、やっぱりね。いや、別にどうしたって訳じゃないんだけどさ、ほら今日学校新学期始まったじゃん。俺は三組になったんだけど、愛沢さんいなかったからさ。校内でも見掛けなかったし、愛沢さん、どこのクラスになったのかなって」
「……。建人、神である私には供物を捧げる必要がある」
おかしい。何故だ。俺の会話が空間転移したかのようにどこかへ消えてしまった。会話の流れがおかし過ぎる。何故どこのクラスになったかという質問に対しての解答が、供物を捧げる必要があるなんだ。昔のバグったゲームか。
「いや、うん、供物ね。今度持ってくるよ。で、それより愛沢さんはどこのクラスに――」
「供物を持ってきてくれるなら、チョコレートを所望する。チョコレートを捧げよ」
「うっ、うん、それは分かったんだけど、だから愛沢さんのクラス――」
「さて、私は今日は社に帰ることにする」
完全にシャットダウンされた。すっ、すべり台の上までの距離がこれ程までに遠く感じるとは。
よく分からないが、前もそうだし、どうやら愛沢さんはこの話題が本格的に嫌らしい。どうせいつかは知ることになるのに隠し通す理由がよく分からない。でも、やはり触れない方が良いのだろうか。
あとそれから、社って何。
「もう帰るの?」
残念そうに言ってみた。やはり二度目でも特別なシチュエーションなことに変わりない。色々話しておきたいというのが正直なところなのに、まさか五分程度しか話せないとは。少々残念だ。
「力の不足を感じる為、エネルギーを補給しなければいけない。確か家……社にチョコレートがあった筈だからそれを補充する」
いや、別に言い直さなくても……。まあ、要は「お腹空いたから家に帰る」と言いたいのだろう。分かりづらいな……。相対性理論並に難解だな。いや、それは言い過ぎか。
しかし、その言葉の前に若干の間があった。顔は多少困惑の色をみせて。
今のは嘘では無いのだろう。しかし、急に帰るなんて、謂わば逃げるように言い出したのはやはり俺が聞いた質問に問題があるような気がする。俺に触れられたくないことなのか。
まあどちらにしろ、それなら自分勝手な気分だけで引き留めるのは悪いな。
「分かった、じゃあまた近々会おう」
「了解した。その際は、供物を絶対に忘れないで欲しい。絶対にチョコレートを持ってきて欲しい」
おっ、おう、凄い押してくるな。チョコ好きのチョコマニアですか、あなたは。
「オッケー、オッケー。にしても愛沢さん、チョコが好きなんだね」
「べっ、別に好きじゃないし……!」
一瞬照れ焦ったような表情で否定してきた愛沢さん。
なっ、ここで否定だと……! ここまでチョコを押しておいて!
そんなの、知り合いが野球やってたからグローブ持ってグラウンド内入っときながら、野球やりたいのかって聞かれた途端、「俺別に最初から野球なんてやる気ないし」とか言ってるようなものじゃないか。
「ともかく、私は本当に帰還する」
仕切り直したように再び無表情で言うとすべり台を滑り降り、俺の正面に立つ彼女。その際にじゃらじゃら鳴っていたから何かと思えば、今日は手に水晶玉を持っていない代わりに、その両手の手首には黒石でブレスレット型の数珠が複数掛けられている。一つ付けているとかならよく見るが、まさかの複数個だ。しかも異様に多くて手首が真っ黒に染まっている。……多いな! そしてじゃらじゃらが異様にうるさい。
これは……これも先日言っていた神秘的に見せる為のアイテムってやつなのか。
「その数珠も神秘的に見せる為のアイテム?」
「然り。……それがどうかした?」
「いや、前は水晶玉だったのに今回は数珠って色々レパートリーがあるんだなーっと思って」
「同じものばかりだと私の神秘性が薄れてしまうから。それにこれぐらいしなければ、一般人には私の地位が理解出来ないのは仕方ないということを私は理解している」
そう、前会った時からやたらと人間を低く見るその態度が引っ掛かっていた。そしてその時から以前として変わらないキャラは、電波っぷりも変わることなく神を演じ続けている。
さっきの態度からしても、こんなこと聞けば、避けられてしまうかもしれない。それでも……。
「今日初めて会ったクラスメイト、愛沢さんと同じようなこと言ってたよ」
わずかだがその美しき無表情に、曇りが見えた気がした。
しかし何も言わず、態度が続きを促しているのを感じた。
「人は嫌いな人は排除するみたいなことを」
ギャルとか範囲を限定とかあっても、結局言ってることの根本は同じだ。人は気に入らない者は排除する。そういう所があるとどちらもそう言っている。
「その人何かあったような口ぶりで、っていうかそういうこと言うってことは何かあったに決まってるんだけどさ、つまり……愛沢さんも昔何かあった?」
それは核心を突いたのか。顔の曇りがはっきり見て取れた。
だが、大きく息を吸うと、今度は大きく息を吐き出し、そうしてまた澄ました顔で彼女は言った。
「別に大したことはない。ただ、下劣な人間には神である私を理解出来ないという当然の事実があっただけ。ただそれだけ」
その言葉の後に、「それじゃ、帰る。……また」と告げて俺の横を通り過ぎて公園を出ていった。その際、軽く手を振ったのが見えた。
その瞬間、安堵の気持ちともう一つ。
「……こりゃ、重症だな」
溜息がこぼれた。




