第二話 そして、始まった日常は悪くは無い
始業式、その後のホームルームとあっという間に終わり。今日は初日な為早めに終わった、そんな放課後。
いくら新しい関係が多いクラスとはいえ、流石に一年過ごしてきただけあって顔見知りグループも多いようだ。それプラス放課後の開放感も相俟って大分活気づいている。
まあ勿論俺に顔見知りなんていないし、今日今のところ唯一まともに話が出来た秋谷さんも「じゃねー」っと言い残し、既に教室を出て行ってしまった。そんな訳で、俺もさっさと教室を出て行くことにする。
廊下に出ると、談笑するグループ複数。それらの間を掻い潜りながら階段を下り、昇降口を抜けてから、二階体育館の下、ピロティーにある自転車置き場に向かう。多数の自転車が横並びになっている中、自分の自転車を見つけ錠を外す。そのまま列から出し、乗って、漕ぎ始める。携帯出して時間確認。ふむ、十一時か。さてちょっと早いし、帰りがてらまだ見たことない道でも探検してみるかな。
「あれっ、こーせーじゃん!」
「ふぁい、どしたん、エリー?」
そう思い立ち、校門を抜け、障害となる人の壁が減ってきた所で加速しようと思ったその矢先、後ろから声で呼び止められた。
女性特有の高めの声と、その最早俺の名前の原型を失っているニックネームには聞き覚えがある。
振り向けば、先程別れたばかりのアキポ……秋谷さんが、自転車に跨がりながらこちらに手を振っていた。
あれっ、隣にもう一人、厚化粧のギャルっぽいのが。……いや、うん。気の所為だな。何か今秋谷さんに話掛けた気がしたけど、あれがまさか秋谷さんの知り合いな訳ないよな。今ちょっと偶然隣にいるだけだよな。ったく、紛らわしいな、本当。
「ちょっと知り合い見つけてさ。――ちょい待ってて、たけちゃん!」
そう言うと、秋谷さんはこちらに向かって来た。おっ、何でしょう。まさかこれは、女子と一緒に帰れるパターンですか! よっしゃー、嬉しいー。転校初日からこれはラッキーだ。……でも、やっぱり名前は統一しないんですね。というか、こーせーで呼んでわずか数秒で違う新ニックネームで呼ぶんですね。
それと隣に誰か付随している気がするけど、あれは偶然だよな!
「あっ、どうも。さっきぶり」
「うん、さっきぶりうぃーす!」
「ちょっ、エリー、誰よこれ」
こっちに来た秋谷さんは、あどけない笑顔で恒例? の挨拶をしてきた。
っていうか、何だよ、隣の通行人。さっきから秋谷さんに知り合いっぽく話掛けてんじゃねえよ。ていうかそもそも、何モブのくせに着いて来てんだよ。主役にちょっと引っ付けばモブも目立てるみたいに考えてんじゃねえよ。早く帰えよ。あと、これじゃないし。人のこと物みたいに言わないでください-。
「えっとねー、今日ウチのクラスに転校してきた、てんこーせー」
ちょっ、秋谷さんもそんなただの通り掛かりのモブの質問に一々答えなくても良いのに。
「ああ、これがさっき呟いてた噛み噛み転校生ね」
いや、違うし! だから噛んでねえし! 俺の挨拶が斬新過ぎて周りが着いていけなかっただけだし! ……っち、どうやらこのモブは、秋谷さんがさっき送ったコメントだか何だかを見てしまったらしい。会う以前から威厳とか無くなっちゃってるんだから、なかなか凄い。
「ふーん……」
ていうか、モブ。何、にやにやしながら人を値踏みするような目で見てんだよ。見てんじゃねえよ。
っという念を込めた視線を相手の顔に送るが、相手は気付いた様子なくその査定の目を変えることはない。
しかし改めて近くで見ると、化粧超ケバい、つけまとっても凄い、流石に髪がピンクは無いけど金髪、そして何より秋谷さん以上に肌の露出が激しいという明らか過ぎるギャルスタイルだ。ギャルという属性だけでいえば、秋谷さんの完全上位互換だろう。元々強調されている胸を更にアピールしたいのか、前を大きく開けている。普通は艶やかなその様相も、過剰すぎるそのギャルっぽい顔の所為でとことん台無しだ。
……ふうっ、まあちょっと落ち着くか。そうだよ、まだちゃんと話してもいないってのにギャルぽいってだけで敵意を持っちゃダメだよな。過去のデナトニウム陽イオンより苦い記憶があるからって、それは人として良いことではない。すまん、モブよ。
「まあ、あれかな-。顔は悪いって訳ではないけど、特別良くもないんでね?」
で、そのモブもとい化粧厚子さんが何故か上から目線で俺の容姿評価をしてきた。あかん、やっぱダメや!
ていうか、ないんでねって知らねえし、そもそもあんたには言われたくないから! そして、あんた何でまだいんだよ!
「まあ要は普通なんだよね、普通。ザ・ノーマルみたいな。キャハッ!」
何回普通強調して俺の内心抉ろうとしてんだよ。そんな改めなくて良いから。
それからキャハッとか狙いすぎた笑い方やめろ。可愛くない割に、こちらのストレスメーター倍増しかしないから。
「ははっ、よく言われます」
心情全く笑ってない中、表情は愛想笑いを精神を削って無理矢理作り出しています。落ち着け、落ち着くんだ。野球でも心の乱れは打撃に大きく影響してしまうじゃないか。こういう時こそ心を落ち着けるんだ。打てる自分をイメージし、そこからルーティーンを――
「んまあ、あーしと付き合うには、やっぱり物足りないよね-、みたいな」
化粧厚子、てめー!
思わず心の中で罵言を絶叫してしまった。爆発したのは打撃では無く、このモブに対する怒りだけだった。ふっ、ふざけやがって。誰もお前と付き合いたいとか言ってないのに、何でお前メッチャ上から来てんだよ。腹立つなー。いや、別にマジで付き合いたいとか無いけど、何か俺が下に見られたの腹立つわー。
ていうか、あーしなんていう意味不明な一人称も腹立つわ。
「っていうのは、まあ冗談、冗談。安心しな、あんたにもチャンスはあるから」
いやだから、別に誰もあんたとのチャンスとか求めてないから! 俺がお前と付き合うの望んでるみたいに言うな!
おっ、抑えろ。この程度の冗談で心を乱すようならまだまだだぞ。落ち着くんだ、我。怒りを内心に必死に監禁しながら、愛想笑いを何とか浮かべる俺。そのぎこちない笑いで、「ははっ、嬉しいなー」と棒読みで言う。
「あっ、そういえばまだ名前聞いてなかったっけ。てんこーせー、一体名前なんなん?」
モブ化粧厚子さんが思い出したように名前を聞いてきた。言い方は別段攻撃的ではないけど、後半部分、字面だけで見ればお前の名前マジなんなんだよってニュアンスでキレられてるっぽいな。
「んっとね、こーせーだよ」
俺が答えようとしたが、先に秋谷さんが口を開いた。いやそれ、名前じゃないし。あなたが名付けたニックネームだし。
「こーせー? こうせい?」
「うんうん、転校生だからこーせーだって」
「キャハッ、なにそれ、バリウケる」
いや、ウケねえよ。そもそも、だってって何。その言い方だと、俺がそれ呼んでって言ったみたいじゃん。名前聞かれてニックネームで答えるイタイ奴みたいになっちゃうじゃん。
「いや、それ別に俺の名前じゃないから。俺の名前は竹原建人だから」
だから、方向修正したげた。
「ああ、そういえばさっきエリーがたけちゃんとか言ってたっけ。竹原だからたけちゃんね。オケ、オケ。んじゃあ、こーせーって呼ぶわ」
しかし、この人には通用しなかった。あれかな。この人日本語通じない人かな。じゃあの使い方が明らかにおかしい。今の話の流れで何故そうなった。流れが、流れが全く読めんぞ……!
……まあ、呼び方は正直どうでも良いけど。
「んで、私の名前はまあ勿論知ってるからいいよね?」
「いや、知らないけど」
何故知っているの当然みたいに言うんだ。そもそも俺転校生だってさっきから言ってるよね。
「ちょっ、こーせー、それは無いわー」
「そうだね。君が言う通り俺転校生だからね。知る訳無いわーだね」
何ならさっきから君の日本語も無いわーだね。
そして俺達のやり取りを見て、隣の秋谷さん凄い笑ってるね。
「んじゃあ、しゃーないから教えたげるわ」
おっ、おう。別にこっちは求めていないのに上から来たな。
「あーしの名前は、藤ヶ谷陽子ってんだわ。エリーとは中学と一年の時同じクラスだったんで今もともぞくみたいな。とりま、よろしくー」
ともぞく? 話の流れから察するに、友達継続の略かな。くっ、分かり辛い言語を。
っというのは理解したが、それよりさっきから気になっていたことがある。
「ああ、うん、よろしく。で、そのさっきから言ってるエリーっていうの。もしかしてそれって――」
「んっ、もち絵里奈のことっしょ。絵里奈だからエリー。メッチャ、外人っぽいっしょ?」
「誰が外人だし!」
憤慨そうに口を挟むエリーこと秋谷さん。
ああ、それでさっき外人どうこう言ってたのか。納得、納得。
にしても、いやー、何と可愛らしいニックネームか。ニックネームはやっぱこういうのだよな。俺のこーせーって最早、他の名前になってるし。
「確かに外人っぽいね。で、えっと、そういえばエリーさん……と藤ヶ谷さんは今帰り? 部活とかやってないんだ?」
「ちょっ、こーせーまでその名前で呼ぶなし!」
おっ、ちょっと照れた感じで顔も相俟って可愛らしい反応だ。
若干の嗜虐心が湧いてきた為、もう一発ぶち込むことにした。
「えっ、だって藤ヶ谷さんだってエリーって言ってるじゃん? それにエリーって可愛い名前だと思うし、もうエリーで良いんじゃない?」
おっと、一発じゃ収まりきらなかったぜ。うっかり、三連弾食らわせてもうた。
「よっ、陽子はいいの! 最初からそう呼ばれたからもう認めちゃってるし……。でも、こーせーはダメだし! っていうか、何回もエリーって呼ぶなし-!」
元々少量のギャルっぽさが更に抜け、子供のように荒れているエリーさん。その姿はやはり可愛らしい。我の嗜虐心をここまで刺激したのは主が初めてよ!
「えっ、良いじゃん、エリー」
「ダメなもんは、ダメだしー」
「何で?」
「何でもダメだしー」
「ちょいちょい、エリー。こーせーも呼びたがってるし別にいいんでね? エリーって外人っぽくて良いし、みたいな」
「誰が外人だしー! ともかく私がダメって言うんだからダメだしー!」
最早、理由も子供っぽさ全開だ。
全く、そこまで言うなら仕方無い。
「分かったよ、エリー」
「何も分かってないし!」
まあ、それは冗談としても言い過ぎて本気で怒られたら嫌だしね。とりあえずは、
「ごめん、ごめん。俺はちゃんと秋谷さんって呼ぶよ」
まっ、たまには、エリーって呼ばせてもらうけどな。
「まっ、まあ、うん。それなら良いんけどね」
真っ赤に染めていた顔の赤みが徐々に抜けていく。
おっ、口調戻った。なかなか面白い人だな、この人。
「で、なんだっけ、こーせー? んーと、部活だっけ? まあ、あーしらはやってないんでね?」
自分と秋谷さんを交互に指で差してから、化粧厚子さんが回答になっていない回答をしてくれた。
いや、語尾上げられても。俺分からんし。あんたのことだし。
「そうだね。ウチらはそういうのはやってないね。でも逆に、陽子は最初は野球部マネージャーやろうかな、みたいなことは一年の最初の頃言うてたけどね」
「あっ、そうなの。でも結局やらなかったんだ?」
何が逆かは置いといて。
「んなのよ。まあ、あーしがもしマネージャーになったら、部員全員ウチの顔に見惚れて練習に集中出来なくなっちゃうじゃん、みたいな。だからやめたげたんだよねー」
なるほど。この藤ヶ谷陽子こと化粧厚子さんはどうやらとんでもない勘違いヤローらしい。それともその顔を鏡で見たことは無いのかもしれない。ここは本人の為にそのとんでもない勘違いを正してあげるべきなのだろうか。それともその過剰なんて言葉じゃ物足りないとんでもない自信を誇っている中真実を告げたらショックは計り知れないだろうから、言わないであげた方が良いのだろうか。
「っていうのは冗談半分で」
えっ、今の冗談要素半分だけだったの! それでもまだ自信過剰なんかじゃ物足りないけど!
「まあ、なんか高校入って即告られて、んで振った男子が二人いたんだけど、その人ら全員野球部にいて、なんか入りずらかったんだよねー!」
目玉すぽーん! っと飛び出すかという錯覚に陥る程驚いてしまった。
なっ、何だって……。入ってすぐ二人に告られた! そんな妄想だか夢だかの話を現実に持ち込むなんて……!
「そっ、それは夢の話では?」
「いや、ちげーよ!」
スパーンっと背中を叩かれた。えっ、違うの!
それでも信じられない為、秋谷さんに確認の意を込めた視線を向ける。
「なに言ってるん、こーせー。現実に決まってるじゃん」
しらっと言われた。
えっ、ええー、現実なんですかい! だとしたら、その告った男の人達はよっぽどのマニアか若気の至りでこの程度なら俺達でも行ける精神で告ってしまったのか。
哀れ、その野球部員と化粧厚子。
「まっ、そんな訳であーしら部活入ってないからもう帰ろうとしてた訳よ。っつっても、まあこのままウチは右だけど、エリーは真っ直ぐ行くからすぐお別れなんだけどねー」
「あっ、そうなんだ。俺も真っ直ぐなんだよね」
「へえ、そうなん。んじゃあ、途中までエリーと一緒な訳だ。エリーはこの後、空港行ってアメリカに帰らなきゃいけないらしいから」
「誰もアメリカになんか帰らないし! 大体、アメリカから通ってないし、生まれも育ちもバリバリの日本人だし!」
「キャハッ、エリー、バリウケるー!」
そんな女子高生二人の会話を聞いた後、藤ヶ谷さんとは別れた。これでこの後は秋谷さんと二人っきりで帰ることになる訳だ。
これってかなり凄くないか。転校初日でいきなり女子と二人っきりで帰宅コースをサイクリング出来るなんて。ひゃっほーいと興奮した気分に合わせて思わず加速気味に漕いでしまうが、さっきまで俺の近くにいた秋谷さんが着いて来ていないことに気付き止まる。そのまま待つこと数秒でこちらまで到着した。
「ごめん、ちょっと加速しちゃったわ」
「そうだよ、マジ速だよー! マジ、ムカ着火ファイヤーだわー!」
そう文句を垂れるものの、そう言う秋谷さんの顔は微笑が作られている。ハッ、ハッ、ハ、そうだな、女子のスピードに合わせないとな。
――って、ムカ着火ファイヤーって何!? 怒ってんの、それ! 字面と顔が明らかにムカ着火ファイヤーしてないんだけど!
「じゃっ、じゃあ、行こうか」
そう行って俺が再び漕ぎ始めると秋谷さんも自転車を漕ぎ始めた。少し進む。まだ隣にいない。五秒経つ。まだ隣にいない。十秒経つ。まだ隣にいない。
……あれっ、秋谷さん隣に全然来ないんだけど。道はそんな狭い訳でも無いし、自転車二台並んでも人が歩くスペースはある。
どうしたんだっと思い、漕ぎながら頭だけ後ろに向ける。見れば、俺の後ろでしゃーしゃー必死にペダルを回していた。
「あのっ、秋谷さんそれじゃ話辛いんだけど、隣に来ないの?」
つまり隣に来て下さい! っと言外に願いを込めて言った。これじゃ一緒に帰っている感が皆無だ。
「いやいや、自転車で並列走行はダメだからね。大丈夫。これでも話せるから、こーせー前行っちゃってくだせえ」
「おっ、おう……」
この人未熟とはいえ、ギャルっぽくしているつもりではいるだろうに、そういうところはちゃんとしてるんですね。でも、ちょっと自転車ノリながらすぐ隣の女子とわいわい話に花を咲かせる期待をしていた俺には若干の不満が残ります。まあ、ルールだからね、仕方無いね!
「あのさ、そういえばこーせーはなんで転校してきたん?」
後方から聞こえてきたその声に、俺は顔をその方向に向けて答える。
「んっ、まあ、ちょっと親の転勤でね。かなり急だったんだよね。まあ、いっつもそういうの急に言う親だから慣れてるけど」
何なら親がなにごとか荷物整理していたから、聞いてみたら一週間後引っ越しだと告げられたことさえある。急過ぎる上、まさかの逆にこちらから聞いてしまったパターンだ。
「ふーん、ってことはこーせー、けっこー転校したことあるんだ」
「うん、まあ。小学校の時から度々あったね」
「じゃあ、転校のプロですな! へへっ、どうも、どうも、こーせー先生」
揉み手でペコペコしてきた。
「急に凄いへりくだって来たね。そして転校のプロって何!」
そして、言い方の割に名前は随分近しいよね!
「って、言ってもまあ、しばらくは落ち着いて、今回の転校は随分久しぶりなんだけどね」
「ふーん。でも、それって凄いじゃん。だって大変じゃない? 一々色々な環境に適応していかなきゃいけないってことっしょ」
「そりゃ、まあ。でも、俺は別に転校したからって無理して周りに合わせるとかは無いかな。もう慣れたしそれが自然っていうか。別に無理している訳じゃなくて、日常になっちゃった感じなんで問題はないんだよね」
っというか、何というのだろうか。いや、違うな。正確には面倒くさくなってしまったのだ。
勿論最初は、クラスメイトになった人達が話掛けてくれるのに一々喜んで、でもそれは転校生特有の注目を集めているだけだった。しかしそれに味を占めてしまった俺は元々はどちらかといえばおとなしい性格だったのに、クラスで人気者という位置を勝ち取ろうと無理に明るく振る舞った。でもそういう偽装っていうのは疲労がとてつもないし、それで人気者になったとして、またすぐに転校してしまう。ならこんなどうせ無意味になる行為で自分を捨てることが何になるんだと考えてしまった。だから俺は、いつの間にか無理して世間一般のイメージする人気者を演じることをやめて、自然な態度で、自分で行くようになっていた。
それでも、転校を何度もしたことで身に付いた対人スキルでどこの学校でも割と上手く学校生活は送れていると自負はしている。
「そう、なんだ……」
俺の言葉に相槌を打った秋谷さんの声は、どこか元気を失っているように聞こえた。ふと後ろを見ると顔も物憂げなように見える。
「こーせーは、私とは違うんだね……。羨ましいな」
続けてボソッと呟いた秋谷さんの声がかろうじて俺の耳に届いてきた。すると、目が合い、エヘヘっと明らかにどこか強がったような笑顔を向けてきた。今までと雰囲気が違う。どうしたのだろうか。
電柱が近付いて来た気配がしたので前を向きそれを躱してからそれを聞こうとした時、目の前にこちらに側に向かって歩いてくる女子二人を発見した。
げっ、見た目は秋谷さんより更にギャル! って感じで、正直ケバい、つけま凄い、スカート短い。俺の苦手な、ザ・ギャルっぽい方達だ。誰かに似てるな-、誰だっけなー、さっき会ったなー、でもモブモブし過ぎて忘れたなー。ああそうだ、化粧厚子さんだ。あれっ、ニックネームは何だったっけ。えっと、あっ藤ヶ谷さんだったっけか。
その二人を避けて右側を通り、少ししてからはあっと思い切り溜息が聞こえて来た。三度後ろに目をやると、秋谷さんが後ろのおそらくギャルから視線を前に戻すところだった。その表情はどこか苦々しいものに変わっていた。
「どうかしたの、秋谷さん?」
「……んっ、あっ、いや。うちギャルとか嫌いだからさ」
「ええっー!」
「なに驚いてんの、こーせー?」
本気で分からないといった顔で質問された。
なに? なにだって? いや、あなたが何言ってんのだけど。
ギャルが嫌いって、それをあなたが言いますか! それ、野球が嫌いだーって言いながら、野球の練習やってるようなものじゃないか。
「いや、だってギャル嫌いって、じゃあ何で秋谷さんギャルやってんの!」
「えっ、私ギャルっぽく無いじゃん?」
いやっ、確かにギャルって言われれば未熟に感じるのは否めないけど。でも、ギャルでしょ!
「充分ギャルの範疇には入ると思うけど」
「えっ、嘘! 私ギャルっぽい?」
えー! 髪の毛スポーン! 抜けるぐらいの衝撃を受けましたとも。
ピッチャーがマウンドからキャッチャーに球を投げた後に、俺ってピッチャーっぽい? とか、聞いてるようなものじゃねえか。
「うん、ギャルっぽいね。えっ、ていうか、ギャルでしょ」
「私、一年の時のクラスの友達とか陽子に合わせて格好や言葉遣いは意識してたけど、ギャルっぽさは抑えるようにしてたのに。ギャルっぽくなってるとか、超ヤバい!」
超ヤバい、この子天然!?
「っていうかさそれって、つまり友達の厚子さんも嫌いってことになるけど……」
「えっ、厚子って誰?」
あっ、間違えた。本名じゃ通じないよな。偽名の方で呼ばないと。
「あっ、ごめん。藤ヶ谷さんのことさ」
「陽子は良いの! 陽子は違うから。優しいし、そんなんじゃないし。……でも他のギャルって何かこう、他人の陰口とかもしくははっきり目の前で悪口とかそういうの大好きだぜ、みたいな子ばっかじゃん? 嫌いな人は排除しようみたいなさ。ああいうの、嫌いっていうかさ。……嫌なら嫌で気にしなければ良いじゃんって、思う訳なんだよね」
「ああ、まあ、分かるかな」
何となく、だけど。イメージ的には、ギャルとか「あいつきもいよねー」とか、陰で言ってそうではある。っというのは偏見なのだろう。俺が実際にそれを見聞したことは無いのだから。いや、そんなマジでは無い軽い悪口程度ならあるけど。しかし秋谷さんは、その表情から察するにそんなレベルではない、いじめと言える程のものを実際に言われたか、あるいは聞いたかしたのだろうか。
女性社会は怖いしよく分からないが、確かにその気持ちには同感だ。いや、女性というより人間社会全体というべきか。相手に悪意を感じさせないように無関係を貫く、必要無い時はとことん無視をする等他の方法があるのに、わざわざ嫌いな相手を排除したりなど悪意をぶつける。そうして自分の気を済ませるなんていうのは、よくあることなのだろう。でもそれはただのその人自身の自己満足であって、やられた側はたまったものではない。やるべきでは無いし、やる意味も分からない。そうやって傷つけて自分に何の得があるんだと、そう思う部分はある。
「でも、私の周りギャル多かったからさ。昔から人に合わせてばっかの性格だったし、特に陽子の影響が大きくて、雰囲気似せてたらいつの間にかウチもギャルっぽくなってったぽい……がくっ」
がくっとか実際に効果音付きで首を項垂れる人は初めて見たが、どうやら本当に自分がギャルっぽくなってるとは思っていなかったらしい。
まあ、でもこの程度ならまだ大丈夫だろう。
「大丈夫じゃない。ギャルっぽいとは言っても、そんな言う程ギャルギャルはしてないから。それにとりあえずギャルどうこうはとにかく、秋谷さんはそういう人では無いから、問題なし。そこが一番肝心だからね。だから、エリーはそのままで良いと思うよ」
「えっ、エリーじゃないし! エリー言うなし!」
項垂れていた首をぐあっと上げ、慌てたようにツッコミを入れて来る秋谷さん。
次第にその顔には微笑みの色が見えていく。
「でも、こーせーは会ったばかりだから分からないじゃん。……ひょっとしたら、私もそういう人間かもしれないよ」
しかし、その笑顔には曇りが混ざっている気がして。だからって俺は何にも反論することが出来なかった。今日会ったばかりで、彼女との思い出も交わした言葉もまだまだ些少な俺が否定する程の証拠は持ち得ていないのだから。
「あっ、俺ここ左なんだよね」
そんな話をしながらも自転車を漕ぎ進めていると、長谷川商店が見えてきた。そこから朝に通った、左に曲がる道を指差しながら秋谷さんに言う。
「あっ、そうなん。ウチはまだ真っ直ぐだからじゃあ、ここでお別れな訳ですな。じゃあ、また明日学校で。さよならうぃーす!
「えっ、あっ、さよならうぃーす!」
右手を挙げながら言われたから、俺も同じ感じで返しといた。最後も結局その挨拶なんですね。その挨拶未だに戸惑うんですよね。でも、その後に「ありがと」って聞こえたの、多分気のせいじゃないよな。そんな礼を言われる程大層なことを言ったつもりはないんだが。
しかし、排除、か。さっき秋谷さんに言われた時、ふと引っ掛かった。そういえば、最近似たようなことを聞いたな。何だったかなっと思い返すと、愛沢優菜。彼女も同じようなことを言っていた。あの時は不思議な電波少女との出会いに戸惑って何にも考えなかったが、今考えると彼女も何かあったのだろうか。いや、そもそもああなっていること自体普通じゃない。何も無い訳がないか。何があったのか、それが気になった。
……って、あっ。そういえば、秋谷さんに愛沢さんのこと聞くの忘れてた。
まあ、いっか。いつでも聞けるんだし。




