第十話 そして、妹は相変わらずだ
部屋に籠もって本を読んでいると、時間というものは台風の如くあっという間に去って行ってしまう。
特殊能力を持った男子高校生である主人公が同じく特殊能力を持った少女と出会い関わっていく、ボーイミーツガール作品。そのヒロインを狙う敵にヒロインが攫われ、色々な葛藤の末主人公が助けにいくという所でその章が終わり、次はそのヒロインを助けることになるであろう章に突入する。っという所で、ふと文字列から目を離し時計を見た。時間は七時になっていた。
気持ちを整理し、考えを整理し、もう心にかかる靄は消えかかっていた。しかし落ち着かない心を落ち着けるように本を読んだのは正解だった。しかし、この時間になりお腹が空いてしまった。
そういえば朝に母さんに、今日は両親とも帰ってくるのが遅くなるから夜は自分で食べてと言われていた。作れる料理が卵焼きとスクランブルエッグ、あとは目玉焼きぐらいしかない俺だが、そんなモーニングリストを今宵食べる気は更々ない。まあ、冷蔵庫の中になら何かあるだろうとポジティブ的なシンキングを持って部屋を出て下へ向かった。と、階段を降りている所でドタドタと自分の足元から鳴る音以外に、テレビの音が耳に届いてきた。リビングから聞こえてきている。
ああ、明澄香いるんだな。そういえば七時から何やら入るっていってたっけ。
扉を開きリビングに入る。妹はソファの上で正座をして見ていた。おうっ、いつも兄に向ける態度とは打って変わって行儀良いな、お前。
という訝しげな目を妹の背中に送りながら俺が扉を開いた音に反応して、明澄香はこちらに振り返る。そして、不機嫌そうな顔をこちらに向ける。
「何やってた訳?」
声も表情通りだ。遅いな、っと言ってもいないのに、言外の言葉が聞こえてきそうだ。
「別に。本読んでたらこんな時間になっただけだよ。てか、友達帰ったのか」
「見りゃ、分かんじゃん」
より、顔を歪めて、溜息まで付ける明澄香。はい、溜息入りました-。
そうですね、当たり前のこと聞いてすいませんでしたね。
でも、ひょっとしたらトイレに潜伏なんて可能性もあるよね。
「大体七時から竜一の出る番組見ても良いよって言ったじゃん。もう入ってるんだけど、どういうこと」
いや、どういうことって言われても。今この時に起きていることが真実です、としか言いようが無いんだけど。そもそも俺まだ見るなんて一言も言ってないんだけど。
五分経過していて、今は出演者である今流行りの人気芸人の紹介VTRが流れている。そこは興味ないのか、明澄香はこちらに視線を向け続けている。
……って、えっ。ちょっと待てよ。
「えっ、何、見ても良いよって一緒に見ようってことだったの!」
「ちょっ、声でかいから。てか、言い方キモいから、激ヤバだから」
思わず素っ頓狂な声を出してしまった俺にムカつき気味に、しかし何処か照れくさそうにも言う明澄香。
おいおい、マジかよ。てっきり、部屋で一人で見ても良いよっていう、「あれっ、それ許可必要?」だと思ってたのに。
「私が特別に竜一の良さを教えてあげながら、見てあげようと思ってたのにあり得ないんだけど」
はいはい、分かる、分かる。好きなものは他者と共有したくなるよな。仮に相手が今は好きではないとしても、そこから自分の説明などによってファンへと登りあげさせた時の達成感と喜びはなかなかのものがある。要するに俺もファンの一人に登りあげさせようとしている訳だ。でも、男の俺が男性俳優のファンになるとかどうなんだ。
「そっか、それは悪かったな」
それならそうと、もっと分かり易く言ってくださいよ。
ハアっと大きく聞こえてきた溜息に俺の血圧上昇したのは偽らざる事実だが、しかしそんな悪態もどこか、その……可愛らしいとも感じてしまった。そんな自分を心の中で苦笑しながら、俺は明澄香の座っているソファの右隣、わざわざ空けていてくれたのかスペースが空いている部分に腰を下ろした。すると、「ハアッ!」という最大限の声と共に明澄香がさっとソファの左脇の手すりの部分に寄った。……えっ、あれっ。今逃げられた?
「おい、明澄香。急にそんな端に寄ってどうしたんだよ?」
「いや、どうしたじゃないから! なに急に隣に座り出してんのよ! ちょっ、キモいんだけど!」
いや、キモいって……。
「だってお前、こっちのスペース空けてたの俺の為じゃないの?」
「えっ、違うけど……。ただなんとなく寄ってただけだから。うわっ、なに変な勘違いしちゃってんの……。そんなんありえないから。いくらバカ兄とはいえ、これは酷すぎでしょ……」
いや、酷すぎるのあなた! そんな言わなくても! もう、一緒に見るとか座り方とかお前紛らわし過ぎなんだよ!
変な勘ぐりしちゃうじゃねえか。
「お前な……」
しかし、ここで何だその言い草は! 等と反論すると、なんとなく俺が本当はこいつの隣に座りたかったから拒否られて怒ってるみたいに思われそうなので、喉元で暴れている怒りの言葉を顔引きつらせながらも必死に飲み込む。
「分かりました。勘違いしてすいませんでしたね。ていうか、別に俺それ見に来た訳じゃないから」
ふうっ、流石俺。ここはキレて暴れ回っても仕方ない場面だが、謝れるなんて凄すぎだぜ!
若干声音は冷たくなってしまったが、ズバっと言ったった。いや、決してふてくされてるとかじゃなくて!
「いや、そんなん知らないし」
かー、っとにこの妹は。知らんしって、お前が見せたがってたんだろうが。一々意見がコロコロコロコロ。訳分からん。
俺は「あっそ」と軽く言い残し、キッチンの皿を入れている棚の下の段、食料が入っているスペースからカップ麺を取り出す。更にそれに必要なお湯を水をやかんに入れてガスコンロで沸かす。
しかし、その間が手持ち無沙汰になる。特にやることもなく椅子に座ると、ふとテレビに目が行ってしまった。しかし妹、そこでタイミング悪く振り向いてきたので反射的に視線を別に移した。ふうっ、危なかったぜ。おそらくバレていない。やはり部屋の中で音と光の刺激で最も存在をアピールするテレビに目がいくのは自然の摂理だが、その瞬間を妹に見られて「やっぱこいつ見たいんじゃん」等と思われるのは癪だからな。
しかし、戦場を経験したことのない平和ボケした俺にとっては今のギリギリの戦い、スリルがあって中々面白かったぞ。等と暇な為思考が変な方向に行って、もう一度テレビに視線をやると既にコマーシャルに入っていた。
……はあ。本格的に暇だ。流れるのは湯を熱している炎の音と薬品会社のコマーシャルの音だけ。人間の声は聞こえてこない。
何となく、その空間に自分の声を入れて静寂を破りたいと思った。
「なあ、明澄香……」
「……なに」
未だに不機嫌そうな妹の声。こちらを見ずに話すから背が向いているのだが、顔も歪めているんだろうな、っと分かる。
しかし、突発的に話掛けてしまった為、特に話題は無かった。
必死に話題を探り、そして辿り着いた。そうだ、聞いておきたいことがあったんだ。
「さっき俺が会っていた女の人に関して、変な人がいるって話は聞いてたって言ったじゃん」
「……それが?」
妹が振り返った。声は相変わらず敵意剥き出しだが、さっきからちゃんと聞こうとしているのは可愛いと思ってしまう。それに今の返事、少しさっきより言い方が柔らかかった気がする。もしかして興味引いたか? なんて、俺の思い込みかもしれないが。
「――それってどのぐらいの規模で知られてるんだ。学校全体とか?」
「いや、知らないから。夜に見た人が何人かいて噂にはなってるから知ってる人は知ってるんじゃないの。結構街でも有名人らしいし。知らんけど」
知らないって……。まあ、その割りに情報ありがたいですけどね。
「そっか……やっぱり有名なんだな」
「まあ、そりゃ、そうでしょ。あんなモデル顔負けの美人さんが、夜中に奇抜な格好してたら噂にもなるっての」
「だよな……」
そりゃ、そうだけど。でも俺が見た時はまだ水晶玉と数珠とマジカルステッキだったから、比較的怪しさは薄かったように思えるけど。それより酷いことが多々あったのか。いや、水晶玉とマジカルステッキもギリだけど、数珠で手首を真っ黒にしたらアウトだな。怪しい。というか、異様。
「皆、どういう反応してるんだ?」
「夜にあの格好は気持ち悪いとか、変人とか」
全く関係のない学校の、しかも中学校にまで流れているその噂は、やはり悪評といえるものになっていたのか。そのことに気分を落としている自分を理解する。
そりゃ、人間は分からないことに恐怖するとよく言われる。理解出来ないもの、自分の理解の外にあるものに恐怖し、だから関与を拒む。事情も分からない人にしてみれば、彼女に畏怖の感情を覚えるのは仕方ないのかもしれない。
それでも、よく知らないから知ろうとするべきなのではないだろうか。知らないから逃げるぐらいなら、近付くことでまずは知ることが必要だと俺は思う。愛沢さんを避けたクラスメイトも、そういう空気になっていたという理由もあるのかもしれないが、神だと言い張る彼女を理解出来ず、本能的に避けてしまったというのもある筈だ。
「でも、」
はっ、と慌てるように、明澄香が声を出した。
「――あの顔でその奇抜な格好にギャップ萌えとか、キャラが濃いとか、見たことないけど見てみたいとか悪い声ばっかりでもないけどね」
俺の知り合いを悪く言ってしまったことに若干でも罪悪感を覚えたのかな。急いで補足してくれた。ったく、そういう所は純粋だった昔みたいに可愛らしいな。
でも、そっか。良かった。そりゃ、そうだよな。
「ちなみに、私も友達としては面白そうだと思うけどね。話聞いたのと、パッと見ただけだけど。金払ってるとはいえ、バカ兄なんかと友達やってくれるような良い人なんだし」
「いや、金なんか払ってねえから。っていうか、金貰って友達やってる人を良い人とは言わないと思うんだけど」
ひーふーみーっと札束を数えている愛沢さんの顔が思い浮かんだ。無い無い。
「でもありがとうな、明澄香」
「うわっ、なに改まって。気持ちわるっ」
……なんて結局いやみは言ってくるものの、本当に感謝するぜ、明澄香。
人間は誰も同じだと彼女は諦めている。でも皆が皆、愚かな人間だと思うな。誰もが変だと思う人に好感を持つ人もいるし、誰かが敷いたルールに例え従ってしたとしても、内心では反抗していた者だっている筈なんだ。
……やっぱり、彼女を助けるのは大変かもしれないな、と改めて思った。でもそういう者もいると、そんな当たり前を彼女に改めて認識させることが唯一彼女の盲信をぶっ壊すことになるだろう。
さて、本人の意志など全くの無視だが、決行は早めにしたい。さて、今日は作戦立案だ。
でも、その前に。
今、俺の視界に入っている四十インチの液晶テレビにははっきりと白木竜一の顔と共に紹介VTRが流れている。
鼻で軽く溜息をしてから、前のソファに座る明澄香に向けて言った。
「なあ明澄香、この人について詳しく教えてくれないか」
「はあっ、面倒くさっ。まあ、しょうがないから良いけど」
前置きが余計だけど、そう言った顔はどんなんだったのかね。
でも、その声はどことなく先程より柔らかく聞こえた。




