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盲神少女  作者: カオス
第一章 されど、彼は新しい日常の謳歌を望む
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第十一話 そして、彼女は後悔し続ける

 愛沢優菜救出作戦。

 通学路、自転車を漕ぎながら考える。

 さて、と。まず愛沢優菜の現状を変えるには、どうすれば良いか。

 一番簡単なのは失った承認欲求を満たすこと。彼女を学校に無理矢理にでも行かせ、クラスの皆を俺が説得し、前のように接してもらうこと。

 だがこの案は却下。というか一応出来なくはないが、ほとんど不可能だ。彼女を今の状態で学校に連れて行くこと自体も困難だが、そもそもやっぱり人間も世界もそうは変わらないのだ。現時点で何の力も持たない俺が言った所で一度出来上がったルールを書き換えることは出来ないだろうし、仮に書き換えられた所でそんな上っ面だけのものに意味などない。

 もう一つ、全く新しい環境で神などと名乗ることなく愛沢さんが人と普通に接すること。もしそうなると彼女のあの顔と、昔は明るかったという性格を持ってすればさぞ上手くいくことだろう。でもやっぱりそんなものに意味はないのだ。

 誰がどう思おうと世界は変わらないし、これからも誰の思い通りにも動くことはない。寧ろ、誰の思いにも反抗するように動いていくものなのだ。その事実はこれから先も変わることはないし、ずっとぶつかる問題になる。だから自分の思い通りに行かないからと逃げて、ぶつかっては逃げて、なんてことをしててもキリがないのだ。

 ならどうするか。答え、ずばり彼女の苦しみの象徴の破壊。逃避した原因ではない、彼女が逃避した結果である、自分は神であると盲信しきったその考えの方を瓦解させることだ。ならばその方法は。簡単だ。彼女の思い込み、人間は皆一様にして愚かで自分に劣るというその概念を間違いだと気付かせてやれば良い。

 そうなると、確実な方法というと――


「実際的証拠、だな」


 それしかない。

 単純だ。それが間違いだと気付かせるには、本当のことを、事実を見せ付ければ良い。人間は誰しもが合わない奴は見捨て、平気で裏切る浅ましい奴ばかりではないと、見て、聞いて自分で感じるのが一番手っ取り早くて効果的だ。

 でもそれは俺の役目じゃない。俺には無理だ。そもそも彼女を助けるなんて大仰なことを宣ったものの、このことに関して俺に出来ることなんてたかが知れている。いや、とういうよりほとんど無いといった方が正しいだろう。俺は無力だ。だからせめて俺はその役目を担うべき人物と今は神を名乗るその少女を繋げなければいけない。それが俺なりの彼女を助ける方法。

 なんて、そこまで考えておきながら。覚悟を決めておきながら、それでも尚本当にそれで良いのかと


     ☆★☆★☆★☆★☆★☆


 高調子な鐘の音が響き渡る。

 午前中の授業を終え、昼休みになった。四時間分の授業という束縛からの開放感と空腹を満たせることへの喜びからクラス中が一気に賑やかになる。

 そんないつも通りの光景の中、数学担当の松山教諭が教室を出て行った所で俺は、それに反抗するように普段と違う行動を取った。


「ねえ、秋谷さん。ちょっと一緒に弁当食べない?」


「えっ、ウチと?」


 目を見開き、意外そうにこちらの顔を見つめる秋谷さん。それとほぼ同時に脇屋君も同じような顔でこちらに顔を向けてきた。そしてそのまま涼しげな表情になったかと思うと右親指をグッと立てて来た。……何あれっ、どういう意味のグッ? 分からないが、反応に困った時はとりあえず相手に合わせておけば問題ない。俺もグッと親指を立て返す。

 まあ、それはともかく。秋谷さんが驚くのも無理はないよな。珍しく、というか初めてか。俺が弁当誘ったの。

 金曜日の朝に愛沢さんの話で若干互いに不穏な雰囲気になってしまったものの、秋谷さんとはあれ以降は別段遺恨なく、本日も朝から度々雑談を交わしている。

 昨日友達と遊んだこと、見たテレビ、部屋に虫が出たなんていう他愛ない話を聞かされるが、そういえば特に藤ヶ谷さんの話は出てこなかった。どうやら、昨日の話は藤ヶ谷さんに聞いていないようだ。まあ、あれだな。事実とはいえ俺が他人の過去を詮索していたと知られたらお互いに良い気はしないし、勝手だけど正直ありがたい。あの人は化粧が厚くなると比例するように図々しさも増すから、ナイスだぜ、厚子じゃない方の藤ヶ谷さん。

 まあそれはともかく、誘ったのには勿論理由がある。


「まあ、たまにはね。話したいこともあるし」


「話したいこと?」っと首を傾げる彼女だが、直後に「んー、まあ良いよー」っと容認してくれた。

 そして誘ったのは俺なのだが、彼女の方から椅子を動かそうとした、っという所で、


「あれー、エリー今日はこっちで弁当食べないのー?」


 教室廊下側前の端の辺り。いつも集まって一緒に食べている秋谷さんの友達グループの一人がその定位置から秋谷さんに向かって声を出してきた。


「エリーじゃないし! っていうか、今日はちょっとウチ、逆にこーせーと食べるわー!」


 それに秋谷さんが大声で応える。

 うん、そのエリーに対してのぷんすか反応は相変わらず可愛らしいんだけど、お友達、「こーせー? 誰?」みたいな反応でざわざわしてるよ。「有希子、こーせーって知ってる?」、「知らない」連鎖起こってるよ。終いには、「ひょっとして、里崎のことじゃね」っとかなんか勘違いし出しちゃってるし。誰だよ、里崎って。

 それから何が逆なんだ。


「ちょっ、秋谷さん、こーせーで伝わって無いよ。あの人達、誰って顔してるよ」


「えっ、なんで。普通、こーせーで分かるじゃん」


 えっ、逆になんで。普通、こーせーじゃ分かんないじゃん。

 あのね、野球知らない人に「昨日、インフィールドフライでさ――」っとか当然のように話しても、「what?」って返されるだけだよ。


「ちょっ、エリー、こーせーって誰よ。まさか、あんたの彼氏? ムフフ」


「エリーじゃないし! っていうか、かっ、彼氏じゃないし!」


 遂にお友達、お手上げかこちらに聞いてきた。ほらー、全然分かってないじゃん。そして、そんな明らかに動揺しながら返しても余計怪しいだけじゃん。

 ていうか、お友達ムフフとか、レア度抜群の笑い方してるんだけど。


「秋谷さん、お友達やっぱり全然分かって無いんだけど」


「えー、なんでだー。えっと、じゃあ――あっ、ほらっ、けんちん汁のことさ」


 グループ一同、再びざわざわ。「けんちん汁?」、「何の話?」、「でも、あれおいしいよね」、「うん、おいしい。でも最後食べたの中学校の給食だわ」、「給食といえば、揚げパンおいしかったよね」等口にしている。いや、本当になんの話! そっちが!

 そもそも野球分からない人にインフィールドフライ分からないからって、「あのねインフィールドフライっていうのはね、内野手が普通にプレーすれば取れるフライをあえて落とすことで容易に併殺を取ることを防ぐ為にね――」なんて説明しても余計「what?」な訳でね。つまり簡単に言えば、余計分かんなくなるだろ、けんちん汁とか言っても!

 しかし、それが功を奏して、今の発言でお友達の興味は中学校の時の給食の話に向けられたらしい。追求を回避することが出来た。更にこちらへの視線が無くなったのでありがたい。あのまま食べていたら普段二人で食事を取らない俺達がお友達に好奇的な目を向けられていただろうし、連なってクラスメイト達にも注目されてしまっていた可能性は高い。しかし、今は他の者も自分達のグループで楽しく会話しながら食事することに勤しんでいる。

さて、今がチャンスだ。それは秋谷さんも理解しているようで、その隙に改めて秋谷さんは俺と向かい合うように椅子を移動させて座る。


「さて、んじゃま、とりまお腹空いたんで弁当食べよっか、こーせー」


「ああ、そうだね。って言っても、俺は今日もパンなんだけど」


 いつも通り、昼前にカレーパンと焼きそばパンを買っておいた。とりあえず鉄板の二つ。この二つに勝るものなし。

 先に口を開けたカレーパンを食べながら、机の上に置き蓋を開けた秋谷さんの弁当の中身を覗いて見る。

 色とりどりの野菜、鮮やかな色の卵焼き、綺麗に割かれた八つ足のウィンナーと鶏の唐揚げ。定番物ながら見た目からでも、全く料理に関しては素人の俺ですらクオリティーの高さが理解出来てしまう。


「うわっ、何て言うか超単純だけど、凄いおいしそうだねそのお弁当。お母さんが作ったの?」


「いんや、作ったのはウチだよ。お母さん、仕事で朝から忙しいから時間ないし」


「これ、秋谷さんが! 上手っ!」


 本当に、学校控えた朝に高校生が作れるレベルの弁当かよ、これが。

 ……ふむ、こやつ中々やりおる。


「まあね。それ程でもあるよね」


 おおっ、何て分かり易く調子に乗っているんだ。並の高校生級の胸を立ててドヤ顔をしている。


「ウチ昔から料理好きだし、妹二人いて、その二人の分も毎日作ってるからかなり手慣れてるかんねー。そのお陰かなー」


「へえ、秋谷さん。妹いるんだ」


 過去に聞き覚えの無いデータ。

 うそっ、この人、三人姉妹の長女! 全然見えない!


「んっ、そうだけど、あれっもしか言ってなかった? ほらっ、始業式の日ウチ遅刻したじゃん。あれ、熱が出た妹を病院に連れてったからって言わなかったけ?」


「いや、言われてないね」


 はあっ、そういえば始業式からいきなり遅れて来てたっけ。遅れて俺の紹介聞いてなかったって言ってた気がする。

 それにしても、意外というか何というか。妹がいる、ね。今までは正直子供っぽい面しか見てきてなかったからそれは想像出来なかった。

 でも、それとは別になるほどと納得もしている。一番上だからしっかりしている部分があるからこそ妹を守る為に堅実な生き方が身に染みついて来たとしたら。だから、求められていた手に自分の手を差し伸ばすことが出来なかったのかもしれない。

 ただ、それと想いは別だ。昔から妹を、人を想いながら生きてきたのなら、人を見捨てることがどれ程の苦痛になるか。彼女はやっぱり自分の内と外の違いに苦しみ、そして自分の出してしまった答えを今も悔いているのだろうか。


「実は俺も妹いるんだ」


「えっ、こーせーもいるんだ! へえー、もしかして高校生?」


「いや、中学三年。でも受験控えたストレスもあるのかさ、反抗期でちょっと生意気になってんだよね」


「あー、だよねー。そりゃ中三なら、反抗的にもなるわー」


「まあ、そうなんだろうね」


 世間一般的にそうなのだろう。

 でも、確かに生意気で口悪くて、挨拶もちゃんと返せない妹だけど、たまに、本当にたまなら可愛いと思える部分もあるから。妹と親友、その差異はあれど大切な人が傷ついているシーンを間近で見るのは辛いと。しかも言い方は悪いかもしれないが、それをどうにかしたいと思いつつも見捨ててしまったとなると。そんなの苦しいなんて余裕で想像出来てしまう。

 ……今、本題に入るか。


「で、秋谷さん。話変わるけど、さっき俺、秋谷さんに聞きたいことがあるって言ったじゃん。今聞いて良い?」


「んっ、あっ、うん。全然、オッケー。ていうか、そんな改まってなになに、超気になるんですけどー」


 浮かれたように声を弾ませて聞いてくる秋谷さん。

 俺が珍しく誘ってまで聞きたかった質問。そりゃ気になるかもしれないが、俺が今から聞くことはその反応に沿うようなものではない。


「――秋谷さんは今まで後悔したことってある?」


 やはり想像通りだった。

 俺の言葉を聞いた秋谷さんは、その楽しげだった表情を引っ込め、次第に暗澹とした苦々しげな表情になった。


「……何で?」


 その声はか細く、喉に詰まりながらもやっと出したという感じが伝わってきた。


「俺はあるよ。ゲームで選択肢間違えた時とか、俺の発言で友達と喧嘩になった時とか、妹に話掛けて無視された時とかさ。あー、やっちまったって思う」


「えっ……」


 答えになっていない解答。それにおそらく予想していたものとは違う解答に秋谷さんは戸惑った様子を見せる。

 そう、そんな後悔は誰でもある。


「でもさ、そんなのすぐに忘れるんだよ。その時どんなに後悔したって時間が経てば忘れてしまう。その程度のものなんだ。でもそんなのとは違う、いくら時間が経っても消えることのない傷として深く心に刻まれた後悔ってある筈なんだ。……そういう後悔を秋谷さんはずっとしてるんじゃない?」


 目を見開き驚いた様子を見せる秋谷さん。しかしその目は徐々に閉ざされ、瞼を完全に降ろすと彼女は軽く溜息を吐いた。


「……こーせー、誰かに聞いたんだ」


 呟くように言いながら、秋谷さんは目を開いた。

 俺はそれに頷いて反応するだけ。そのまま秋谷さんは言葉を続けた。


「そうだね。後悔ならあの時からずっとしたままだよ。……優菜、皆に避けられるようになって神とか何とか言って強がってたけど、その顔は凄い悲しそうだったんだ。ずっと助けてって言ってた。……でも私は目の前にいる優菜に話掛けてあげることも出来なかったんだ。酷いよね、ずっと一緒にいたのに」


 秋谷さんは歯を食い縛りながら喋る。

 酷い、ね。まあ、それは俺が一概に言えることではない。その場にいなかったし話を聞いただけだから。

 でも、気持ちの確認は取れた。そりゃ、そうだよな。予想通りだ。


「やっぱりそうだよね。……あっ、いや、ごめん。俺は当事者じゃないし、所詮他人だから秋谷さんの気持ちを本当に理解することは出来ない。でも、想像は出来る。そりゃ、苦しいと思うんだ」


「……で、急にどうしたの? 話聞いたから聞いてみただけどか?」


 平坦に、顔も声も感情を抑えるように言われた。他にも何かを抑え込むように。


「確認しておきたかったんだ。で、やっぱり、後悔してるってことで了解。でもなら、秋谷さんは何もしないの?」


「何もしない?」


 目を細め、ムッと若干の怒りを感じさせる表情と口調でこちらを見つめながら言葉を口にする秋谷さん。

 勿論覚悟はしていた。そりゃこんな相手の傷を抉るような不躾な質問、相手を不快にさせてしまうだろうなとは理解していた。それでも、女子に敵意ある視線を向けられるというのは、やっぱりきついものがある。

 でもだからこそ、ここまで来て引くことは出来ない。まあ、元からそんな気微塵も無かったけど。


「後悔してるなら、今愛沢さんを助けたりしないの?」


「助けるって……優菜はもう学校に来てないし、もう来ないと思う。どうしようもないよ。……それに大体、親友を裏切った私に今更何が出来るのさ。優菜だって、私になんて会いたがってないよ」


 会いたがってないか。……何でそんなの分かるんだ。そんなの本人じゃないと分からない。じゃあその理解出来ないことの為にわざわざ自分の気持ちを抑え込むのか。――そんなのバカバカしい。


「違う、それはただの言い訳だ。そんなの分からないじゃないか。さっき俺も言ったように他人の気持ちなんて誰も本当に理解することは出来ないんだから」


 だから、人は他人に伝える為に言葉や文字を使う。でも、その伝えられた気持ちだって嘘かもしれない。だから、どんなに正しいと誰もが思っても結局のところ分からないんだ。なら、そんな理解出来ないことの為に自分の気持ちを抑えつけるなんてバカバカしいことでしかない。


「でも、理解出来る出来ないの前に普通に考えてさ。そんなの誰でも嫌でしょ」


 言って、自分でハッとなる秋谷さん。そうして、顔は俯き始める。


「誰でもじゃない。それは自分勝手な想像で、ただの言い訳だよ」


 オリジナリティーが大事だの個性が必要だの言っておきながら、人は皆普通を作りあげる。人はそれぞれ違うなんて分かりきっていることなのに、他人までもを一様に考えて作り上げられた普通に縛られて生きていく。


「もしその普通が周囲の常識になって、そしてそれが明らかに間違いだったとしても、従わなきゃいけないなんて間違っている」


 普通は人数が増えると常識になる。

 確かに守った方が良い常識っていうのもあるだろう。でも数が多いからと、それだけで普通になってしまった本来明らかに間違いである筈の常識っていうのも少なくない筈だ。それに逆らうことなく従って生きていく人間は賢いって言われるけど、それは確かに間違いではないのかもしれないけど、そこに自分の気持ちがあるのに抑え込むというなら、それは自分を捨てるのと一緒じゃないか。相手のことを考えたつもりになって、その実はただ相手に拒絶されることを怖れているだけだ。


「あの時ああしとけばとか、あんなことしなければとか後悔する気持ちは分かるんだ。選択肢を間違えた所為で誰かが死んだとか大切なものを失ってもう戻らないとか、どんなに後悔したってどうしようもない。そんなの分かってたってずっと後悔は消えることはないんだ。でも、そうじゃない、まだ取り返しが付くことを言い訳しながら逃げ続けるのは間違ってる。まだ取り返しが付く可能性があるなら、後悔してるぐらいなら取り返そうと努力するべきだ」


「……つまり、こーせーが言いたいのは、優菜とのことはこーせーが今言った、取り返しが付く可能性があることだってことでいいんでしょ?」


 言葉尻が上がり今のは確かに質問だったと分かったが、しかし彼女は俺の解答は待っていなかったようで、言葉を続けた。


「そうだね。もしまだ取り返しが付くっていうなら、今苦しんでる優菜を助けてあげたいし……出来れば、昔みたいにまた仲良くやりたい」


 遂に聞けた、秋谷さんの本音。嬉しさが心の底から沸き上がってくる。その真摯な言葉に偽りの色は無く、やはり俺が思っていた通りの人なんだ。


「でも大丈夫? 今はまだ愛沢さんを受け入れない空気が常識になってる。つまり、愛沢さんを助けるってことは、周囲を敵に回すってことにもなるけど」


「うっわ、こーせー、意地わるっ」


 むっとした表情を見せ、抗議の意志を見せる秋谷さん。言葉通り意地の悪い笑顔をしている自分を自覚しながら、彼女もそれに習うようにその表情はすぐに崩れ、ニッと殊勝な笑顔に変わった。


「大丈夫だって。――っとは簡単には言えないけど、でも誰かさんが言ったみたいに間違った常識に囚われるのは嫌だし、そんな人間になるのももう嫌だ。その誰かさんの熱弁に感化されちゃったんだからしょうがないよ、うん。だからもう決めた。それに――」


 何か重くのしかかっていたものが消えたようにその声は明るかった。


「今回は私一人じゃないみたいだし。でしょっ?」


「うん、まあね」


 首を傾げて顔をのぞき込むように言われた為、うんと答えざるを得ない。っという訳でもなく、勿論最初からそのつもりだったのが。やっぱり、魅力的だったから。その顔をその位置から炸裂させますか、ったく。ずるい。

 しかし「でも」と言葉を句切った秋谷さんの顔には再び陰りが見え、そして再び言葉を続けた。


「やっぱり私には分からないよ。今の優菜に何をすれぱいいのか。どうすれば戻れるのか……それにやっぱり会うのもつらいし」


「まあ、会うのが辛いっていうのはどうしようもないことだっていうのは分かってるよ。でも、方法なら大丈夫。多分会って、話せば何とかなるから。だから、お願いだ。俺に協力して欲しい」


 そりゃ、そうだ。さっきはあんなこと言ったが、そう簡単にはい、会いますなんてなれる筈がない。

 手を合わせて頭を下げたものの、数秒経っても返答がなかった。気になって顔を上げると、秋谷さんはこちらをぼけーっと見ていた。


「えっ、どうしたの?」


「あっ、いや、こーせーってさ、何で会って間もない優菜の為にそこまで必死なのかなって」


「何でって……」


 何で、ね。

 何で俺は出会って間もない女の子の為にこんなに必死になっているのだろうと、それは昨日自分でもふと考えた。

 考えて、すぐに思い付いた。

 俺が彼女を助けたいと思っている理由。それは俺と彼女が似ていると感じてしまったから。

 人間ってのは丁度良い塩梅しか受け付けない。我を通す者を許しはしない。それでも、彼女は我を通した。勿論元の容姿からして突出しているのだが、それだけでなく周囲から逃げて皆に合わせることをやめた。俺だって周りに合わせることをやめ、自分を貫くことに決めた。でも俺は偶然人間関係に恵まれたのだ。自分を貫くことを決めた俺は彼女みたいに孤立してしまっていた可能性だってある。自分と似ているのに彼女だけは傷ついてしまったのだ。だから見捨てられないのだろう。

 っというのもあるが、やっぱり何より。あんな顔で困っている人がいたら助けたくなるのは必然じゃねえか。

 恋愛も好感度も、何もかもまずは見た目、顔からなのだ。結局彼女が可愛いから。それが一番の理由なのだろう。

 ……ったく、これだから顔が良いってのは本当にずるいことだ。

 っと考えて、しかし美少女だからなんて言ったら軽い男に捉えられる可能性があるし、どうするかなっと逡巡していたらそれから何かを察したのか彼女がニヤーっと怪しい笑みを浮かべ始めた。

 なっ、何だ、その怪しいと検索したらすぐに引っ掛かりそうな顔は。


「ごめん、こーせー。理由なんて一つだよね。惚れた女の為に必死になるのは男として当然だよね。そんな当たり前のこと聞いてごめんね」


 俺、ぽかーん。口が開いたまま塞がらなくなってしまった。

 何……だって? 惚れた相手?

 ――この人、凄い勘違いしてるんだけど!


「いや、違うから! 別に惚れてるとかじゃなくて――」


「うんうん、分かってる、分かってる。そんなに照れくさがらなくても大丈夫だって」


 いや、この人、何も分かってないんだけど!


「いや、だから違うって! そりゃ、男として可愛い女の子ともっと仲良くなりたいとかいう気持ちがあるのは否定出来ないけど、別に惚れてるとかじゃないって!」


「おっ、可愛い女の子だって! 熱いね、ヒューヒュー」


 お前の耳は都合の良い音声しか聞き取らないのか! って叫んでやりたくなった。

 何で、後半スルーされてるんだよ! お願いだから、否定文の方も聞いて!


「……まっ、でもね」


 そんな心の中の俺の叫びが聞こえた、という訳では無いだろうが、急に秋谷さんの声が真剣になった。


「理由は何にしろ助けたいのはお互い様なんだから、勿論協力するよ。……優菜に会うよ」


 おちゃらけた態度を引っ込めて、覚悟を決めた顔で俺の顔をしっかり見据える。

 よく覚悟してくれたな、と思う。


「ありがとう」


 俺がそう呟くと、彼女は首を振った。

 そして、緊張が抜けたであろう綻んだその顔で言った。


「うんうん、その台詞はウチが言うものだよ。――ありがとう」


 心の中に曇りが出来ていたのは彼女も一緒だったのだろう。多分、俺なんかよりずっと深い霧のようなものだったのだろうけど。

 でも、その顔からは曇りがまだ残っているようには見て取れなかった。


「さてじゃあ、ウチちょっと友達んとこ行こーかな」


 えっ、何でっと思ったが、なるほど。これは早く行った方が良いだろう。秋谷さんが一瞬見た視線の先に目をやると、秋谷さんのグループ方がこちらに目をやって、こそこそ話していた。ちっ、話終わってこっちに気付きやがったか。あれやこれや言うであろうフレンズの追求を誤魔化して頂きたい所だ。 

 ――でもその前に一つ。


「そういえば、さっきウチってまた言ってたよね。周りに合わせるのは嫌だって言ってたのに良いの?」


「……本当にこーせー、意地悪いね。良いの。これはもう慣れちゃったし」


「そっか。じゃあ、しょうがないか」


 秋谷さんは「うん、しょうがないっすわ」っと言いながら、ニシシっと笑ってから、「じゃっ」っと言い残して友達の元に向かっていった。それから、俺はパンが少し残っていることに気付いて再び口に入れる。

 そういえば、さっき彼女は俺が愛沢さんに惚れているのかと聞いた。俺はそれを否定したけど、それは当然だ。惚れているなんて答えることが出来る筈がない。

 何故なら俺は、本当の彼女について全然知らないから。知らないものを好きになることは出来ない。

 だから、本当の彼女を知りたい。まず、見てみたい。勿論、俺が何かしたからって必ず見れるなんて保証はどこにもない。

 それでも可能性がわずかでもあるなら、悩むより何より先にやってみる価値は充分ある筈だ。

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