社会科の授業を思い出してみましょう
大変遅くなりました!
閃いてしまった。
すぐに制服に着替え(何故かおろしたてのようにきれいになってた……下着も)アンバーを抱えて移動術式の前をうろうろ。
「カレンさんまだかなー」
来る時には文字の書かれた布の上に立っただけのように感じたけど、ちょっと試してみる気にはなれない。
「ニュッ!」
「え? アンバー、どうかした?」
「ニーヤーニーッニュッ!」
「あ、ごめんね? 髪の毛乾かしてないから……待って」
髪から落ちる水滴にびっくりしたのか。ドライヤーないし、どうしたものか?
(んー。あ! そうだ)
ブレザーのポケットからハンドタオルを取り出して、小さな頭にかぶせてあげた。
「……ニーヤー」
「わっ! わぁ……アンバーが乾かしてくれたの?」
風もないのに髪が舞い上がったと思ったら、もう乾いてる! これが魔術かぁ……便利だね。
「ありがとね」
かわいいなぁ。食べてやろうかな。
「あら? 遅くなりましたか?」
「わっ!?」
「まぁ、申し訳ございません。驚かせてしまいましたか」
移動術式って、音もなく現れるんだ……じゃなくて!
「カレンさん! あの、1つ確認させてください。
このあたりに火山はありますか?」
「火山ですか? えぇ、ございます。長いこと活動を休んでいますが、この滝の裏手に見える山が、そのオペルト山です」
やっぱり! 多分この国の土地は、シラス大地だ。
火山灰とシラス大地は違うって習ったけど、まあ同じようなものよね。うん、細かいことは気にしない!
さて、だとしたら育つ作物は……サツマイモと桜島大根!
「カレンさん!」
「は、はい。何でしょうか?」
「食糧難、もしかしたら何とか出来るかも知れません」
「は?――本当ですか!?」
「食事をとったら、私はすぐに農地へ向かいます。カレンさん、戸籍の再調査を急がせて下さい。
それから――――」
「救様? どうかなさいましたか?」
「そういえば、その仕事は誰がやっているんですか?」
頼んでおいて本当に今さらだけど、誰がどんなふうに?
「管理階級の者たちが調査しております。
ただ、難民の調査が難航しておりまして……」
「何が問題なんですか?」
「避難民たちは、基本的に教会や病院で保護しているのですが、飽和状態でして……あぶれてしまった者たちは、定まった場所に住んでおりません。そのため調査に時間がかかったり、調査漏れが出来てしまっている状況です」
(……)
「――――今、お城にはどれくらいの空き部屋がありますか?」
「城内には……まさか、救様?」
「避難民にはお城の空き部屋を、仮の住まいとして提供してください」
「お言葉ですが、それは危険すぎるかと存じます。
もしも救様に何かあったら」
「住む所がないって、ものすごく不安になると思うんです。
ただでさえ、生まれ育った場所から遠く離れてしまったのに……。だから、まずは住む所、食べるものの心配がなくなるようにした方がいいと思うんです。
しっかり食べて、ゆっくり眠ったら……前向きになれるんじゃないかなって」
「――おっしゃっていることは良く分かります。
ですが、やはり危険です」
うーん、手ごわいなぁ……それなら!
「じゃあ、レティーさんの騎士団に城内の警備巡回をしてもらいましょう」
「……お考えを変える気はないのですね?」
「カレンさん、私にはアンバーもいるから大丈夫です。
あ、でもお城に勤めてる女の子とか危ないか。その辺はきちんと分けてもらわないとですね」
「……部下に指示しておきます。何も問題がなければ、夕刻までにはご指示の通りになるでしょう」
しぶしぶ承諾します、という感じがひしひし伝わってくるけど、そこは気にしない。
ファンさんあたりに話したら、また甘いとか考えなしだとか言われるんだろうな。
(でも、私が少しづつでも前に進めるのは、帰る場所がそこにあるっていうのが大きいと思うんだよね)
人って、結構単純なところもある。ほんのちょっとのことが、気持ちを切り替えたりやる気に繋がったりするのだ。だから、問題が起きたら起きた時! 私の出来る限りで対応するしかないと思う。
「カレンさん、私は私に出来る限り協力します。
だけど、やっぱり皆さんが頑張らなくちゃ嘘だなって思うんです」
「はい……」
「だから、細かい部分の指示についてはカレンさんにお任せします。でも、問題が起きた時や、困った時には私にも報告してくださいね? 一緒に悩みます」
「救様……私、その信頼に必ず応えて見せます」
うっ! きゃぁぁぁぁぁぁ!
(ほっぺにキスされたぁぁぁ!)
恥ずかしい! 多分、レティーさんに同じことをされるより恥ずかしいと思う!
「救様? お顔の色が――」
「かっ! 帰りましょう! 今日も1日馬車馬のように働かなくちゃなりませんから、きちんと食事をとらなくちゃ!」
あぁ、せっかくの解決策を忘れてしまいそうなほどの衝撃でした。
「おはようございます」
「おはよぉ」
「あぁ、やっと来たか。さっさと食事すませろ、出発するぞ」
「挨拶ないんですね……良いですけど」
昨日のサラダ以来の食事だったから、朝から腹ペコ。食卓には、具沢山のスープとホットケーキのようなパン、フルーツの盛り合わせが並んでる。
「いただきます」
シロップ茶の悪夢からまだ抜け出せないから、全てちょっとづつ口に入れてみる。見た目と合わない味ばかりだけど、不味いわけじゃない。
「あ、これおいしい……」
なかでも、ホットケーキは正にホットケーキだった。小麦粉のようなものが、この世界にもあるのかもしれない。
聞いたほうが良いね。
(んー。でも、何か物足りない。何だろう?)
「…………」
「すみません、救様。
せめて救様には、力の付くものを召し上がっていただきたいと思ったのですが……これが精一杯でして」
力の付くもの?
「あぁ! 動物性たんぱく質がないんだ!」
「動物性……なんだって?」
「お肉やお魚のことです」
「なるほどぉ、救の世界ではぁ、豚さんのことをそう呼ぶんだねぇ」
「えっと、豚さんというか……え? 豚さん?」
豚さんは豚のことだよね? ということは、この世界でも豚は豚なのか。
いや! いやいやちょっと待って。キャベツは見た目はキャベツだったけど味は違った。なら、見た目が豚でも味は違う?
――――そもそも、この翻訳システムはどんなことになっているんだろう? 私の世界とこの世界、色んなモノが似ているように見えても全く違う。だとしたら、モノの名前って……一番近いものに変換されているんじゃない? 見た目だけキャベツがキャベツに翻訳されたのに、動物性たんぱく質が変換されなかったのは、そんな言葉が存在しないから。――とか?
「興味深い話だわ……あ! メモしておこう」
――――ん? 何の話をしてたんだっけ?
「あ。ごめんなさい! えっと、豚肉は食べるんですね? お魚はどうなんですか?」
「その、お魚? とは何だ?」
「海にいる生きものなんですが、見たことはないですか?」
「海に生きもの……シーサーペントですか?」
シー……海蛇? なんでそんなピンポイントなの?
「そうじゃなくて、こんな……こんな感じの」
ノートに簡単な魚の絵を描いてみる。
「食べませんか?」
「――そんな生き物、海にいるのか?」
「見たことないねぇ。まぁ、海のなかは息も出来ないしぃ、確認もしてないけどぉ」
「救様の世界では食べるんですか?」
「はい。おいしいし、栄養もあって……特に青魚は体に良いんですよ?」
「もしかしたら、難民のなかにその……魚、について知っているものが居るかもしれません。調査項目に加えさせます」
「あ、じゃあこれ。使ってください」
拙い魚の絵だけど、まあ形は分かるわよね。誰かが魚や漁についてを知ってると良いんだけど……って!
「うわ! もうこんな時間!? 皆さん、行きましょう!」
9時過ぎちゃった! 早く行かないと日が暮れちゃう。
「ところで、ベルちゃんには4人は乗れないですよね? どうやって行くんですか?」
「今日は人数が多いからぁ、箱でいくよぉ」
「箱って――何ですか?」
「……箱?」
鞄を取り落とさなかった私を、是非とも誉めてほしい。
レティーさんの言う『箱』は、本当にただの大きな箱。
「さぁ、入ってねぇ」
「はぁ」
ああ、何だか嫌な予感がする。また私の常識斜め左奥ぐらいの所を突いてくるんだ。入りたくない。
「さぁ、救様。奥のソファーにおかけ下さい」
4人揃ってソファーに座ると、アンバーがブレザーの中に入ってきた。きついです!
「ちょっとアンバー!」
「救ー、危ないからしっかり抱っこしといてねぇ」
は? 何このベルト。どこから出たの?
「じゃあ、行きまぁすぅ!」
ピュイィィィィィィ!
「キャッ!」
思わず耳を押さえてしまうほどの甲高い音。
見ると、レティーさんが金色の笛を口にくわえていた。
「えっと……これは何を」
キィエェェェェェ!
ほら来た! もう嫌だ......驚くの、疲れた。
「このまま、ドラゴンのユグノーがぁ、箱ごと連れていってくれるからぁ」
ははは、ドラゴンだって。
「いつか絶対にひっくり返るくらい驚かせてやるんだから!」
半泣きになりながら、リベンジを誓いつつ。
さあ、お勉強を始めましょうか?
この世界のシーサーペントは凶暴なことで有名だが、木の擦れる音が苦手なので、木製の船には近づかない。