第6話 僕たちの世界は、観測のために作られた
DAY 6
DIMENSION:6
「観測者権限を付与します」
その文字が消えた瞬間
僕の足元から床が消えた。
落ちると思った。
だが体は動かなかった。
目の前に広がったのは
宇宙でも街でもなかった。
無数の光る球体が
暗闇に浮かんでいる。
一つ一つの球体の中に
世界が存在していた。
美咲と結婚した世界。
美咲と出会わない世界。
僕が三年前に死んだ世界。
老人になるまで生きた世界。
第5の世界で見た人生が
すべて同時に存在している。
だが今は違った。
世界の中にいるのではない。
僕はすべての世界を
外側から見ている。
スマホが震えた。
「観測対象
1,048,576世界」
数字の下に
新しい項目が現れた。
「共通起点を表示しますか?」
共通起点。
僕は迷わず押した。
百万を超える光が
一斉に一本の線でつながった。
その線の先に
小さな光が一つだけあった。
「あれが原型なのか?」
画面に回答が表示された。
「いいえ」
続けて文字が現れる。
「世界生成以前の
観測記録です」
僕は光へ手を伸ばした。
その瞬間
景色が切り替わった。
真っ白な部屋。
中央に男が一人いる。
僕だった。
いや。
第5の世界で会った男とも違う。
目の下には深い隈があり
何日も眠っていないようだった。
男の前には
巨大な装置が置かれている。
モニターには
一人の女性が映っていた。
美咲だった。
ベッドの上で眠っている。
周囲には医療機器。
男が呟いた。
「もう一度だけでいい」
僕は息を止めた。
「美咲を助けられる世界を
見つけてくれ」
装置が起動する。
画面に数字が並んだ。
世界生成数
1
2
4
8
16
数字が増えていく。
「待て……」
僕はようやく気づいた。
世界は最初から
百万個あったんじゃない。
作られたんだ。
美咲が助かる可能性を
探すために。
男が装置へ入力する。
「観測対象を複製」
画面に人間の姿が現れた。
僕だった。
「複製個体を各世界へ配置」
次々と僕が作られていく。
世界ごとに一人。
違う選択をさせ
違う人生を歩ませる。
その結果を観測する。
「僕たちは……」
実験のために作られた。
そういうことなのか。
映像の中の男が
突然こちらを向いた。
まただ。
過去の記録なのに
僕を見ている。
「そこまで見えたなら
もう分かるだろ」
「お前が最初の僕なのか?」
男は少し考えてから
首を横に振った。
「その質問には
意味がない」
「どういう意味だ」
「俺も観測されている」
背筋が冷たくなった。
男が天井を指さす。
「この世界を作った俺にも
選ばなかった人生がある」
「その人生を観測するために
別の俺が必要になる」
僕は言葉を失った。
世界を作った人間さえ
誰かに作られた可能性がある。
なら
最初はどこなんだ。
「原型は誰なんだ!」
男は静かに答えた。
「誰でもない」
「原型という考え自体が
間違っていたんだ」
映像が途切れた。
僕は再び
百万の世界の外側にいた。
スマホに表示が出る。
「観測者権限
第二段階を解放」
新しい機能が現れた。
「世界削除」
「世界統合」
「観測終了」
指が止まった。
世界を削除できる?
試しに一つを選択する。
そこには
美咲と子どもと暮らす僕がいた。
三人で食卓を囲んで
笑っている。
画面には
「削除しますか?」
僕は押せなかった。
実験で作られた世界でも
そこにいる人間にとっては
それが現実だ。
笑っている。
泣いている。
生きている。
僕と何が違う?
そのとき
百万の世界の中から
一つだけ赤く光った。
「異常を検出」
拡大する。
見覚えのある部屋だった。
最初の日の
僕の部屋。
ベッドには僕がいる。
その横に
誰かが立っていた。
第4話で見た
もう一人の僕だ。
だが今なら
その男が何をしているか
はっきり見える。
僕のスマホへ
何かを送っていた。
「転送を開始します」
そして僕は
一つ目の世界へ送られた。
「こいつが始めたのか?」
スマホに答えが出る。
「いいえ」
「対象は観測装置の
命令に従っただけです」
「じゃあ誰が命令した?」
しばらく何も表示されない。
やがて
一行だけ現れた。
「あなたです」
心臓が強く鳴った。
「僕?」
「僕はそんな命令
出していない」
「現在のあなたでは
ありません」
百万の世界が
一斉に暗くなった。
一つだけ
光が残る。
僕が今いる世界ではない。
美咲と暮らした世界でもない。
番号すら付いていない。
「未登録世界」
その中央に
一人の僕が立っている。
男は
こちらを見上げていた。
そして笑った。
「やっと思い出したか」
声が直接
頭の中へ入ってくる。
「七つ目まで来い」
「そこで全部返してやる」
「何を?」
男の笑顔が消えた。
「お前が捨てた
本当の記憶だ」
突然
すべての世界が消えた。
スマホに警告が表示される。
「観測者権限を強制終了」
続いて
見慣れた表示が現れた。
DAY 7
DIMENSION:7
だが今回は
その下にもう一行あった。
「FINAL OBSERVATION」
そして最後に
日本語で表示された。
「あなたが現実だと
信じていた世界は
一度も現実ではありません」




