第5話 僕が選ばなかった人生が、すべて存在していた
DAY 5
DIMENSION:5
「次の世界では
あなたが選ばなかった人生を
すべて見ることになります」
その文字が消えた瞬間
僕は自宅にいた。
昨日と同じ部屋。
同じベッド。
隣には美咲が眠っている。
「また……ここか」
起き上がろうとしたとき
違和感に気づいた。
左手に
指輪がない。
昨日まで
僕は美咲と結婚していた。
隣を見る。
美咲はいない。
いや。
さっきまで
確かにいた。
代わりに
知らない女性が眠っている。
僕は飛び起きた。
その瞬間
部屋まで変わった。
広いマンション。
窓の外には
見覚えのない街。
スマホを見る。
画面には
大量の通知が届いている。
仕事の連絡。
知らない会社。
知らない同僚。
写真を開く。
そこには
僕の人生があった。
でも
僕が生きた人生ではない。
仕事で成功している僕。
海外に住んでいる僕。
知らない女性と
結婚している僕。
子どもを抱いている僕。
「何なんだよ……」
スマホが震えた。
「選択分岐を確認しました」
画面に
無数の項目が並ぶ。
大学へ進学した人生。
進学しなかった人生。
あの会社へ入った人生。
辞めた人生。
美咲と出会った人生。
出会わなかった人生。
僕が過去に選ばなかった
すべての道。
一つを押した。
世界が変わる。
僕は病院にいた。
ベッドには
美咲が眠っている。
医師らしき男が
僕に頭を下げた。
「残念ですが……」
世界が変わる。
今度は
小さな家。
食卓で
美咲と子どもが笑っている。
僕も笑っていた。
世界が変わる。
一人暮らしの部屋。
美咲の写真すらない。
世界が変わる。
墓地。
墓石には
僕の名前が刻まれている。
死亡した年は
三年前。
「僕は……
三年前に死んでるのか?」
また世界が変わる。
僕は老人になっていた。
鏡の中には
白髪の自分。
その後ろで
年老いた美咲が笑っている。
死ぬ人生。
生きる人生。
結婚する人生。
出会わない人生。
成功する人生。
何も手に入らない人生。
全部
僕だった。
スマホに
新しい文字が現れた。
「観測可能世界
1,048,576」
百万を超える人生。
その数字は
さらに増え続けている。
僕は画面を閉じた。
「もういい」
見たくなかった。
どの人生が正しいのか
分からなくなる。
僕が覚えている人生だけが
本物だと思っていた。
でも
ここでは全部が存在している。
なら
本物って何だ?
そのとき
気づいた。
どの世界にも
同じものがある。
僕自身じゃない。
美咲でもない。
スマホだ。
どの人生でも
同じスマホを持っている。
死んだ世界でも。
老人になった世界でも。
スマホだけは
同じだった。
「まさか……」
僕は
最初の日を思い出した。
一つ目の世界へ
移動したときも
スマホはあった。
二つ目の世界でも。
三つ目でも。
四つ目でも。
世界が変わっても
こいつだけは
僕についてきた。
僕はスマホを床へ置いた。
そして
数歩離れた。
画面が勝手に点灯した。
「気づきましたか?」
心臓が跳ねた。
「誰だ」
文字が続く。
「あなたは
スマートフォンを通して
メッセージを
受信しているのではありません」
意味が分からない。
次の一文を見て
僕は息を止めた。
「スマートフォンが
あなたを受信しています」
僕は
画面を見つめた。
僕が
受信されている?
「説明しろ」
声に出した瞬間
周囲の世界が消えた。
暗闇の中に
無数の僕が現れた。
子どもの僕。
学生の僕。
会社員の僕。
結婚した僕。
独身の僕。
死んだ僕。
老人になった僕。
何百。
何千。
何万。
すべての僕が
こちらを向いている。
その中央に
一人だけ
背を向けた男がいた。
僕と同じ背格好。
第4話で見た
もう一人の僕。
「原型個体……」
男が振り返る。
僕と同じ顔だった。
だが
明らかに違う。
その男だけが
僕を見て
笑っていた。
「五つ目まで来たか」
「お前が
最初の僕なのか?」
男は答えない。
「僕を
この世界に送ったのも
お前なのか?」
男は
ゆっくり首を横に振った。
「違う」
「じゃあ誰だ」
男が
僕の後ろを指さした。
振り返る。
そこには
巨大なスマートフォンが
浮かんでいた。
画面には
無数の僕の人生が
並んでいる。
一つ一つに
番号が付いていた。
僕は
自分の番号を探した。
見つけた。
「ORIGINAL:2」
その横には
別の表示。
「状態:複製」
体が固まった。
「複製……?」
僕は
原型個体を見る。
「僕は
お前のコピーなのか?」
男は答えた。
「俺のコピーじゃない」
そして
自分の胸を指さした。
「俺も複製だ」
「じゃあ
原型個体って何なんだ」
男の笑みが消えた。
「人間じゃない」
その瞬間
無数の世界が
一斉に崩れ始めた。
スマホから
警告音が鳴る。
「観測領域への
不正接続を検出」
原型個体の姿が
乱れていく。
「待て!」
「本物はどこにいる!」
男は
消える直前
一言だけ残した。
「六つ目へ行け」
「そこからなら
全部の世界を
外側から見られる」
光が弾けた。
僕のスマホに
新しい表示が現れる。
DAY 6
DIMENSION:6
その下に
これまで一度も
表示されなかった言葉があった。
「観測者権限を付与します」
そして最後に
一行。
「あなたが現実だと思っていた世界は
現在
1,048,576個存在しています」




