第9話 理性の糸
真宙が出て行った後、オレはしばらくぼおっとしていた。
大学へ向かう時間はとうに過ぎている。
こんな時に行けるもんか、今日はサボってしまおう。
そんな事はどうでもいい。オレは自分のやらかしを思い出す。
真宙に「好きだ」と言ってしまった。
マジか。正気か。真宙は受験当日なんだぞ。
これがオレだったらどうだ。弟に告白されて、冷静に試験なんか受けられるか? 無理!
オレは何という事をしてしまったんだろう。
いくら真宙に「誤魔化すな」と言われても、なんとかなだめて送り出すべきだったのでは?
いや。
あの真宙に嘘なんかつけない。
ここに来た時から不機嫌だったあいつ。もしかして、オレの気持ちを確かめるために来たのでは?
だとしたら、オレの気持ちはとっくにバレていたのか?
そんな事はないと思うけど……
考えを巡らせているうちに、はた、と気づいて携帯電話で時刻を確認する。
ウソだろ。昼がとっくに過ぎている!
オレはどんだけトリップしていたんだ?
少し正気を取り戻したオレは、このまま真宙を待つことにした。
今は、真宙の事以外考えられない。
真宙が、オレの全て。
真宙。
真宙。
会いたい……
少し陽が傾き始めた頃、玄関ドアのチャイムが鳴った。
オレは弾かれたようにそこに注目する。
鍵なんてかけているはずがない。
オレはここで朝から真宙への思考に支配されていたのだから。
ガチャリとドアが開く。オレはそれを遠い景色を見るように眺めていた。
非現実に思えた景色は、弟が顔を出した所で一気に現実に引き戻される。
「ただいま……?」
「真宙……」
遠慮がちに入ってきた弟の顔に、愛しさが込み上げる。
帰って来てくれた。それだけで充分だった。
「兄貴、大学行かなかったんだ……?」
「あ……うん。サボった」
「そっか……」
真宙は静かに部屋に入って来て、オレが座る場所で膝を折る。
顔を近づけて、じいっとオレの顔を見つめてきた。
「し、試験……どうだった?」
会いたかった気持ちが爆発しそう。
今、すぐに、抱きしめて欲しかった。余計な事なんて全部放り出して、オレだけを見て欲しい。
けれど辛うじて存在する理性の糸のようなものがピンと張り詰めて、試験結果を聞くにとどまる。
「バッチリ。言ったろ、今日の俺は無敵なんだ」
夕陽が差し込んで、真宙の顔を照らしてた。
オレンジ色に輝いた顔が綺麗過ぎて、オレの中の糸がジリジリと千切れていく。
「それ、どういう意味……?」
朝も言われたその言葉の真意を聞く。
真宙は、オレを優しい眼差しで見つめてハッキリと言った。
「オレも兄貴が……真澄が、好きだ」
糸が。
オレの理性を保っていた糸が。
その言葉で切れた。




