第10話 春になったら
「真澄……」
真宙がオレを呼ぶ。
兄貴、ではなく、真澄と呼んだ。
オレを好きだと言った。
この十ヶ月、張り詰めていた糸が、今、切れた。
「真宙ぉ……」
その逞しい腕を掴む。
とても、温かい。
「真宙、好き……」
言い終わらないうちに、腕を引き寄せられて、真宙に抱きしめられた。
「……ッ」
ああ、オレは。
ずっとこうして欲しかった。
真宙に、抱いて欲しかった。
「好きだよ、真澄……」
耳元で囁かれる、真宙の愛の言葉。
嬉しくてその胸に顔を埋める。
真宙の匂いがした。
恋焦がれた、汗の匂い。真宙の匂い。
「兄貴が家を出てからさ……俺が何してたかわかる?」
「ん……?」
腕の力を少し緩めて、真宙はオレを見つめながら告白する。
「兄貴の部屋で、兄貴のジャージ嗅ぎながらオナニーした」
「……ハァ!?」
とんでもない告白に、オレは思わず声を上げた。耳を疑った。
真宙が? オレの部屋で? 何だって?
「兄貴が悪いんだ。俺はもうずっと前から兄貴が好きだったのに、急に家を出て全然帰って来ないから」
「ええー……?」
「毎日兄貴の部屋で、兄貴を想って慰めて……それなのに兄貴は全然帰ってこないから、だんだん腹が立って」
ちょっと待って。理解が追いつかない。
真宙も、ずっとオレを好きだった……?
全然知らなかった。
「こうなったら、同じ大学行って、一緒に暮らして、わからせるしかないって思った」
拗ねたように告白を続ける真宙。
その様子が可愛くて、オレは一気に力が抜ける。
真宙は真宙で、苦しんでいた。
オレが、苦しめていたんだ。
「ごめんな、真宙にちゃんと確かめれば良かった……な」
軽く頭を撫でると、くすぐったそうにする顔が愛おしい。
「そうだよ。勝手に居なくなってさ、俺はずっと怒ってるんだ」
「はは、そっか……」
拗ねた頭を抱きしめる。今度は真宙がオレの肩に顔を埋めた。
「真澄……」
再び戻った名前呼びに、オレの心臓がまた跳ねる。
真宙は顔を上げて、オレを捕らえるような瞳で言った。
「キス、していい?」
「え……」
頬に触れる指先。力強くて熱い。
「キス、したい……」
真宙の瞳。オレだけが映る。
嬉しくて、オレはその肩に首元を回した。
「うん……キス、して」
初めて重ねる唇は、濡れた汗の味がした。
何度も求めて、何度も合わせて、オレと真宙がひとつになっていく。
「……ッ、ちょ、ちょっと、真宙!」
「ん?」
のしかかる真宙の体。その手はオレのズボンの中に入ろうとしている。
熱い指が、オレの腰を這うようになぞった。
「待て、待て! まさか、もう……スルのか?」
「うん」
今までで一番素直に頷く真宙から、待望の言葉。
「真澄を、抱きたい」
「ダメッ!」
だけど、オレの身体はその欲望にまだ追いつかない。
「なんで?」
小首を傾げるな。可愛い!
いや、それに流されてはいけないんだ。
「こ、こういうのはァ、イロイロ準備がいるんだ……ッ! それにお前はまだ高校生だろ!」
「じゃあ、俺が卒業して、一緒に住むようになったら、イイ?」
おねだりするな、可愛い。
こんなの頷くしかない。
「う……それなら、まあ」
大変だ。
真宙がこっちに来るまでに、オレの後ろをどうにかしておかないと。
「……わかった」
聞き分けて引き下がれる良い子、可愛い。
なんだこれ、オレはもうどうにかなってしまった。真宙がより可愛くて仕方ない。
「あ、でも、春まで何もすんなよ」
「何が?」
「兄貴のケツは、俺がカイハツする」
弟も、どうにかなってしまったらしい。
「バッカじゃねえの!? 知らねえよ!」
オレの大声が部屋中に響いた。
顔が熱い。それから触れられた腰のあたりも熱い。
「ヤダヤダ! 俺がカイハツするッ!」
駄々っ子か! 可愛い!!
「もうお前、黙れ!」
隣の部屋に聞こえる前に、オレは真宙の唇を再び塞ぐ。
今日オレは、弟を黙らせる新しい方法を覚えた。
「春になったら、一緒に暮らそう」
もう、離れない。
終




