第7話 暴言
三日目。ついに明日が試験日だ。
真宙の調整は正直よくわからない。
相変わらず弟は怒り続けている。
それでも勉強漬けで前が見えていない感じではなく、ほどほどにリラックスはしていそうだった。
夕方まで大学で時間を潰したオレは、スーパーでトンカツを買った。
今日はこれでカツカレーを作ればゲン担ぎもばっちりだ。
オレがカレーを作っている間、真宙はソワソワしていた。可愛い。
不機嫌ぶっているけど、カツカレーに興味津々の様子。マジ可愛い。
「明日は頑張れよ!」
オレは満を持してカツカレーを食卓に出した。
「う、うん……」
不機嫌モードは崩さないものの、少し照れている様子が本当に可愛い。
こんなにデカい高校三年男子を可愛いとか思うのは、きっと兄のオレくらい。
本当は別の感情も潜んでいる。だけど、それをオレは胸の奥に押し込めた。
「いただきます……うまっ」
ついに出たな、その言葉。
俺は怒ってるんだ、と主張し続けて飯の間も仏頂面だったけど。
全部完食してくれるし、食べた後は眉の角度が下がっているからオレは満足していた。
三日目でついに言質を取ってやった。気持ちいい。
「だよな、カツカレーに勝てる食い物なんてないだろ」
「ん、まあ……」
きっと、真宙の不機嫌は受験が終わったらなくなる。オレは勝手にそう思ってた。
受かったら同じ大学に通うことになるけど、それは後で考えようと、オレは楽観視していたんだ。
母からメッセージが来るまでは。
『ごめーん、遅くなっちゃったけど、明日のヒロくんにはスペシャル朝ごはん作ってあげてね!』
何気なく開いた携帯画面には、母からの明るい言葉と、朝食に関するレシピと材料が書かれていた。
それによると、明日の朝は母考案の「必勝! フレンチトースト」を作れというお達しだ。
「あぁの、クソババァ!!」
夜八時を回っている。
ハチミツ、クリーム、バニラエッセンスなんて単身男の冷蔵庫にあるわけないだろ!
今から買いに行けっていうのか。ていうかフレンチトーストなんて難易度が高すぎる。
こういうのは三日前には言っておけ!
レシピは無視するとして、動画を検索して予習くらいはしておきたかった。
ていうか、材料費をとっとと払え!
母の溺愛傍若無人な態度に腸が煮えくり返り、真宙がいる事も忘れて暴言を吐いてしまった。
それが、真宙の逆鱗に触れるとも知らずに。
「兄貴……俺の事でお母さんと喧嘩してるだろ」
「へ?」
喧嘩……になるのか? オレが一方的に怒っているだけなんだけど。
面食らったオレを、真宙は睨みつける。発する声は、とても低かった。
「ホントは、俺がここに来るのイヤなんだろ!? お母さんにすげえ怒鳴って電話してたじゃん!」
「あ、いや、それは……」
真宙が来る前、母とした会話を聞いていたんだ。オレはそう直感した。
だけど、オレと母の会話は基本粗暴な感じだ。真宙だってそれは知ってるはずなのに。
「俺に黙って家出るし! 正月だって帰って来なかった! 兄貴は俺が嫌いなんだ!」
「き、嫌いな訳ないだろ……」
そうだ。嫌いな訳ない。むしろ。
……お前が好きだから、オレは家を出たんだ。そんな事は絶対に言えない。
「俺は! 兄貴とまた暮らしたくて大学受けるのに!」
「……え?」
それはどういう意味だろう。
確かめる前に、真宙は顔を真っ赤にして立ち上がった。
「もういいっ! 風呂入るッ!」
ドスドスと大きな足音を立てて、弟は風呂場に逃げ込んでしまった。
「ああ……」
たった一人取り残された部屋で、オレは溜息を吐く。
真宙は、オレに嫌われたと思って怒っていた?
オレが家を出た事をずっと嫌がっていた?
明日は試験当日なのに、オレは真宙の精神状態をぐしゃぐしゃにしてしまった。
けれども誤解を解いたら、真宙はもっと崩壊するかもしれない。
最悪だ。




