第5話 風呂上がり、汗の匂い
チャーハンはオレの得意料理だ。
スーパーで買ってきた袋入りカット野菜を皿に盛るだけでサラダも出来上がる。
さらに惣菜コーナーでチャーシュー煮込みも追加で購入。タンパク質もばっちりだろう。
オレが用意した渾身の夕食を、真宙は少し照れながら完食した。
そういえばオレ、真宙に飯作ってやるなんて初めてだ。
真宙はオレが自炊の真似事をして見せたから驚いたんだろう。
それでも不機嫌モードは続いているので、「美味しいね」とかはなかった。
食べ終えたらオレはすぐに真宙を風呂に行かせた。おそらく食器なんて洗わせたら母から雷が落ちる。
大した食事ではないので、片付けもすぐに終わった。
真宙はまだ風呂から出てこない。オレは買い物ついでに買ったコミック雑誌を広げて眺めていた。
人影が動いて来るのを感じた。途端に緊張が走る。漫画の内容はさっきから全然頭に入ってこない。
風呂から上がった真宙が、オレのすぐ後ろに立っていた。
「兄貴、風呂上がったよ」
「お、おう……」
部屋の中、シャンプーの匂いが混じる。風呂上がりの真宙を直視する勇気が持てない。
心臓はバクバク高鳴って、ページをめくる手が震えそうになる。
「何読んでんの?」
後ろから、真宙がオレを覗き込んで来た。シャツ一枚、肌が見える。
すぐ側に蒸気した弟の顔。濡れた髪、シャンプーの匂いに混じる、汗の匂い。
──真宙の、匂い。
「あああっ! お、俺も風呂入る!」
クラクラする意識を無理やり戻して、オレは雑誌を放り出し風呂場に逃げ込んだ。
頭から熱いシャワーを浴びる。冬でなければ冷水を浴びたい。
やっぱり、オレはダメな兄貴だ。
弟に「抱かれたい」と思うなんて。
「おかえり」
風呂から出たオレを迎えた真宙は、ちゃぶ台で勉強をしていた。
髪もすっかり乾いていて、パジャマ姿。苦労の甲斐あってなんとか落ち着いて見ることが出来た。
ノートと問題集が見える。どちらも書き込みがたくさんあって、真宙の努力を知った。
それでオレはもう一度「弟の受験のために生きる」事を思い出す。
「……まだやるのか?」
「あと少し。兄貴は寝ていいよ」
「そ、か」
オレは毛布を一枚クローゼットから引っ張り出した。
ソファの上にクッションを置いて寝転がる。暖房をつけっぱなしにすれば風邪も引かないだろう。
「……何してんの?」
オレの一連の行動を、真宙は目を丸くして見ていた。
「何が?」
「ベッドで寝れば」
「いや、ベッドはお前が使えよ」
受験前の弟をソファで寝かせたら、母から台風が落ちる。
オレが当然のように言えば、真宙もまた当然のようにすごい事を言った。
「え、俺もベッドで寝るけど」
「へええ……っ!?」
しれっと言い切られて素っ頓狂な声が出てしまう。
「バッ、ばかじゃないの! 男二人で寝れるワケないだろ!」
「そうかなあ……?」
そんなにのんびりしてんじゃねえ!
狼狽えてるオレが逆にバカみたいだろ!
「おっ、オレはソファで寝るから! お前も早めに寝ろよ!」
頭に血が上ってしまって、赤くなっているだろう顔を隠そうと、オレは毛布を頭から被ってソファに横になった。
もう今日は無理だ。真宙と顔を合わせられない。このまま寝てやる。
「おやすみ……」
もう少し構って欲しそうな語尾だったけど、オレは無視して寝たふりをした。
しばらくペンの音が続き、ページをめくる音も聞こえた。
オレは全然眠れない。電気が点いているせいだと自分に言い聞かせて目を閉じていた。
真宙が立ち上がり電気を消す。ベッドに潜り込んだ音がした。
オレは全然眠れない。もう灯りは消えたのに。




