第3話 弟のために生きる
「ハァ!? なんで真宙がオレんちに泊まるんだよ!」
母からの電話はいつも突然だ。
大学入学を機に家を出てから十ヶ月。正月もバイトで忙しいと誤魔化して帰らなかったのだから、母の怒りはピークに達していた。
『ヒロくんがそっちの大学を受験するから、試験の日入れて三日間。よろしくね!』
オレの都合を一切聞かずに、母はいつもの明るくも高圧的な口調でそう言った。
「三日もいらねえだろ! 前日に来て試験やったらそのまま帰れよ」
オレが真宙に抱いてしまった感情を考えれば一日だって拷問レベルだ。
だけど親にはそんな事は口が裂けても言えない。受験を控えた弟に一泊も宿を提供しない兄も常識から外れている。
だからオレの譲歩はそれで精一杯だった。
『オマエはバカか!? ヒロくんの大事な受験にそんな強行スケジュール、オニかオマエは!』
母の怒りはますますヒートアップしてしまった。
実子ではない真宙の方を母はより可愛がっている。その分、オレは義父と仲が良いけれど。
つまり実の息子であるオレには母の当たりがキツいのは常の事。
『二十歳前から一人暮らしを認めてやったでしょ、ヒロくんがいる三日間はつきっきりで世話してあげてよ!』
痛い所をついてくる。
高校卒業と同時に一人暮らしをしたいと言ったら、予想通り反対された。
せめて二十歳までは、と懇願する義父にも頭を下げて、親戚の経営しているアパートならと許してもらった。
家を出る前提で決めた、隣の県の大学入学がこんな事を引き起こすなんて。
何故真宙までこっちを受けようとしているのか、その事情を母に聞く暇はなかった。
『三日間はバイトも禁止! その間だけでも弟のために生きな、頼んだからね!』
言いたい事だけ言って、母は電話を切ってしまった。
長々とお説教されるよりはマシだけど、詳しい事情もわからずにオレは真宙を三日間受け入れる事になってしまった。
そんな「弟のために生きる三日間」は明日からのはずだったのに、何故か一日早くやって来た弟、真宙。
メッチャ怒ってぶすったれていたのだが、スポーツドリンクを飲んで落ち着いたら眉間の皺は無くなっていた。
「兄貴の部屋、狭いな」
一通り部屋の中を見回して、そんな事を言う。
お前がでかくなったからだろ、とは最初の圧が怖くて言えなかった。
「ま、まあ、単身者用アパートだからな」
差し障りのない事を言うのが精一杯のオレに、真宙は少し遠慮がちに聞く。
「早く来て、迷惑じゃなかった……?」
そう言う顔は、二年前にオレに甘えてきた可愛い弟の表情で。
ときめきと罪悪感のせめぎ合い、それから母からの高圧指令がよぎって、オレは愛想笑いで誤魔化した。
「べ、別に! 一日くらい、なんて事ないって。ゆっくりして備えろよ!」
四日間、オレは以前通りの「優しい兄貴」を演じる。その心情は真宙にバレてはならない。
だけど……
「……ふん」
真宙はまた不機嫌に顔をしかめて黙ってしまった。
何をそんなに怒ってる?
突然オレが家を出たから? 正月も家に帰らなかったから?
春にオレが家を出る時は普通だったじゃん!
……引越し作業は全然手伝ってくれなかったけど。




