第2話 二年前、汗の匂い
高二の夏。
弟は部活に明け暮れていた。バスケ部だ。
高校に入ってすぐにレギュラーに抜擢された。だから真宙はがむしゃらに頑張っていた。
毎晩ヘトヘトで帰ってくる。
眠りながら飯を食う。
ろくに会話もできずに寝てしまう。そんな夏だった。
両親はその日一泊旅行に出かけていて。
オレは夏休みを持て余しながら、家で一人本を読んでいた。
「ただいまあ……」
夕方、ヘロヘロになった声で真宙が帰ってくる。
オレは、疲れてそうだなあ、と思いながらもリビングで読書を続けていた。
「ああ、兄貴ぃ、いたんだぁ……」
オレを見て、安心したような笑みを浮かべる真宙の顔に、ドキッとした。
多分部活でかなりしごかれたんだろう。家族を見て気が抜けたような顔だった。
「真宙、大丈夫か? 練習キツいんじゃない?」
自分の声が上擦っているのがわかった。
汗だくの、少し陽に焼けた逞しい腕に、心がザワつく。
「んん……ヘーキ。一年で俺だけレギュラーなんだ。頑張らないと」
「とりあえず風呂入ったら?」
ザワザワする心を落ち着けたくて、オレは弟を早くここから追い払いたかった。
だけどこの日の真宙は、いつもよりもいっそう「甘えん坊」だった。
「んーん、疲れた……」
むずがる子どもみたいに、真宙はオレが座っているソファまでやって来る。
「ねむい……」
隣に座ったかと思ったら、そのままオレの膝を枕に寝転がった。
「おい、寝るなら部屋で寝ろよ」
感じた頭の重みが大きくて、真宙の体がいつの間にか大きくなっていて、オレのザワついた心臓が一気に跳ねる。
「やだあ……ねむい……」
真宙はそのまま目を閉じる。オレをソファに釘付けにしたまま眠り始めた。
規則正しい寝息が聞こえて、オレは読書をする手も止まる。
真宙の呼吸だけがオレの頭の中に響いていた。
汗の匂い。
導かれるように頬に触れる。
少し濡れた自分の指先が、熱くなっていく。
真宙の汗が、オレの思考をおかしくさせた。
それを舐めたいと思ってしまった。
弟の唇を、自分のものにしたいと思ってしまった。
「あに、きぃ……」
甘えた声でオレを呼ぶ。
その吐息ごと奪ってしまいたいと思った。
「──起きろ、バカッ!」
血が体中に逆流していくのを感じて、オレは慌ててソファから立ち上がる。
真宙の大きな身体もソファから半分落ちた。
「いっ、たあ……」
のそりと起き上がる真宙に、オレは罵声にも似た声を上げる。
「汗クサイんだよ! さっさと風呂入って来い!」
顔が熱い。きっと赤くなっている。
けれど、怒りで赤い訳ではない。
それを知らない真宙は口を尖らせて立ち上がった。
「はあーい……」
面倒くさそうにリビングから去る弟の背中を、初めてこんな気持ちで見送った。
その時気づいたんだ。
オレは、真宙に劣情を感じている。
もう、一緒に暮らせない。




