第1話 好きな人が怒ってる
いけないとわかっていても、好きな人。
離れても、やっぱり好きだと思ってしまう。
十ヶ月経っても、その顔を見たら気持ちが込み上げた。
ただ、弟はメッチャ怒ってた。
「……おお」
玄関ドアを開けると、弟の真宙が仏頂面で立っている。
その迫力に、オレは思わず引いてしまって言葉が出なかった。
「兄貴、久しぶり」
怒気をはらんだ声。
一体こいつは何に怒っているんだろう。
オレは何もしていない。だってこいつに会うのは十ヶ月ぶりだから。
「入るよ」
無遠慮に靴を脱ぎ、ズカズカ部屋に入る真宙。
その背中はやっぱり怒ってる。肩で風切っている。
こんな弟は初めてかもしれない。少なくともオレが知るかぎり。
日高真宙は、オレの母の再婚相手の息子だ。
真宙の方が一つ年下だから、こいつは義理の弟。
出会いは十五年前。まだほんの幼少の頃、母の彼氏を紹介された。
オレの名前が真澄で、真宙と漢字が一文字同じだから、彼氏──義父は驚いていた。
本当の兄弟みたいだねって、それで母と義父は距離が近づいたらしい。
一年後、二人は再婚。
オレと真宙は本当に兄弟になった。
「ま、真宙……?」
兄弟として一緒に暮らしていた間、弟はこんな様子ではなかった。
もっと素直で、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と慕ってくれた。
高校生になってからは「兄貴」呼びになったけど、素直な良い子だったのに。
「結構、散らかってんな」
人ン家をジロジロ物色して文句言う、この子は誰? と錯覚しそう。
「いっ、忙しいんだよ! 講義とバイトで」
シャツやカバンがテキトーに放り出されている部屋の惨状を見られてしまった。
来るっていう予定より一日早く来やがって。掃除するヒマがなかったじゃないか。
……そう言おうと思ったが、怒っている真宙の雰囲気に飲まれて言い訳しか出来なかった。
「ふうん」
オレの言い訳を聞き流して、真宙はクッションの上にドカッと胡座をかいた。
お気に入りのグリーンのクッション。無惨に潰されている。こいつ、こんなにデカかったっけ?
「えーっと……なんか飲む?」
「うん」
居た堪れないオレは、真宙から視線を逸らして冷蔵庫へ向かった。
中からいつものスポーツドリンクを一本出して、手渡す。間近で見る手が、なんだか大きくなっていた。
「まだコレ、飲んでんだ」
真宙は渡されたペットボトルをしげしげと見てそんな事を言う。
その言い方がまだ少し怒っているような気がして、オレはまた居心地が悪くなる。
「い、いいだろ。別に」
「……好きだな」
急に緩んだ顔。オレの心臓が跳ねる。
真宙の大人びた顔が、オレをますます禁忌の感情へ向かわせた。
こんな気持ちになりたくないから、家を出たのに。




