第8話【爆誕! ひよこ組(異世界分園)】
翌朝。ヴォルカの塔の離れには、およそこの世界のものとは思えない威勢のいい声が響き渡っていた。
「はい! 掃除終わりました! 次は環境構成です。シアさん、そこにある本は端に寄せてください。ドランくん、ここは『ひみつ基地』になるからね、ちょっと待っててよ」
イグニシアとヴォルカは、開いた口が塞がらなかった。
昨夜、数日間の滞在を宣言したソウスケは、夜明けとともに活動を開始。お散歩リュックから、無限に出てくるのではないかと思えるほど多様な道具を取り出し、埃まみれだった書庫を爆速で「磨き上げて」しまったのだ。
「……ソウスケ。貴殿が手に持っている、その白い杖は……?」
「これですか? クイッ……あー、『埃を絡め取る魔法の杖』です。ヴォルカさん、そこ踏まないで! 今、除菌シートで拭いたばっかりですから!」
聡介は、リュック常備のレジャーシートをいくつも床に広げ、角には養生テープを貼って固定している。その動きには一切の無駄がなく、流れるような所作は熟練の戦士のようでもあった。殺風景だった石造りの部屋に、突如として「清潔な保育スペース」が出現した。
(やっぱり身体が軽い。膝も腰も、まるで新品に交換したみたいだ。……昨日から思ってたけど気のせいじゃないな。)
ソウスケは、自分のキレのある動きに内心で驚いていた。中身は45歳のベテランだが、今の身体はそれこそ新卒の頃よりも自由が利く。
「よし、ドランくん。お待たせ。……それじゃぁ、はじめるよ〜!」
ソウスケはエプロンの紐をキリッと締め直し、まだ戸惑っているドランの前に正座した。そして、満面の笑みで両手を前に出し。
「♪む〜す〜ん〜で、ひ〜ら〜い〜て、て〜を〜うって〜、む〜すんて〜」
穏やかなリズムに乗せた歌声。若々しい声色だが、その抑揚や、子どもを惹きつけるしなやかな動きには、何十年も現場を支えてきた者にしか出せない特有の安定感があった。
「♪ま〜たひらいて、て〜を〜うって、そ〜の〜て〜を、う〜え〜に〜」
にこやかなな表情で両手をあげる聡介。呆気にとられて眺めていたイグニシアは、はっと気付き思わず腰の剣に手をかけた。
「……呪歌か!? その動きは何かの魔法術式なのか!?ソウスケ!」
「いえ、手遊びです! シアさんもやって! ほら! ♪お〜ほしさまキラキラ、お〜ほしさまキラキラ…。」
イグニシアは困惑しながらも、聡介の迫力に押されて手を上げる。ドランはといえば、見たこともない動きをする存在に釘付けだ。
「……キラ、キラ」
ドランが、小さな手をぎこちなくも一生懸命に上げた。
「そう! 上手! できたねドランくん! キラキラだね!」
聡介が弾けるような笑顔で褒めちぎると、ドランの頬が、数年ぶりに見るような柔らかい朱に染まった。
その後、聡介は何種類か手遊びを披露し、「お散歩の時間です」と宣言。シアを護衛に従え、ドランと手をつないで里へと繰り出した。
道中、広場の隅で魔力の暴発(癇癪)を起こし、親に怒鳴られている子を見つけると、聡介は迷わずリュックから小さな液体の瓶を取り出した。
「シアさん、ちょっと見てて。……そーれ、ふわふわ〜」
聡介が吹いたストローの先から、虹色の粒が次々と溢れ出す。
「……っ!? 今度こそ魔法か!?」
「シャボン玉ですよ!」
朝日に輝く無数の透明な球体。泣き叫んでいた子どもたちが、その幻想的な光景に、魔法で縛られたかのようにピタリと泣き止んだ。
「……きれ、い……」
一人の子が、指先で泡に触れる。パチンと弾ける感触に、今度は笑顔が溢れた。
「シアさん。見てください」
聡介は、シャボン玉を追って走り出した子どもたちを見つめ、穏やかに言った。
「あの子たち、戦士として鍛えられる前に、まずは『楽しい』って思える時間が必要なんです。この数年、この里にはそれが足りなかったんじゃないですか?」
イグニシアは、楽しそうに笑うドランと、それを呆けたように見つめる里の住人たちの姿を交互に見た。
武力と規律で統制されていた竜人族の里に、人族の保育士が持ち込んだ、あまりに異質で、けれど温かい風。
数日後、ヴォルカの塔の前には、いつの間にか里中の子どもたちが集まるようになっていた。
「さあ、みんな集まったかな? 今日のお話は……よし、だるm…じゃなくて、えーと…『ゴーレムさんが!』」
「いくよー!ゴ・ー・レ・ム・さ・ん・が……どしーん!」
聡介は、保育現場で子どもたちが大好きだった絵本のリズムを借りて、即興でゴーレムになりきった。
若返った身体能力をフルに使い、石畳の上で鮮やかに、かつダイナミックに転がってみせる。
それを見た竜人族の子どもたちが、腹を抱えて笑い転げる声が、淀んでいた里の空気を少しずつ、確実に溶かし始めていた。




