第79話:【商人たちの矜持】
聡介の言葉に、食堂にピリッとした空気が流れる。それを破ったのは、やはりローレンツだった。
「では、交渉といこうか。俺は最初のスープの粉が大いに気に入った! 皆はどうだ」
テーブルを見回して問いかけるローレンツの言葉に、他の商人たちも同じ考えなのか、それぞれが身振りで賛同を示す。
「と、いうわけだ。……で、具体的な量と価格はどうなっているんだ」
一歩切り込んだローレンツの言葉に、聡介の笑顔がピキッと固まる。その手は、胸元のひよこを握りしめている。
それもそのはず、園の立ち上げに魚の加工、そこに全振りしていた結果、見事に価格のことを考えていなかったのだ。
聡介はそれを悟られぬよう、脳味噌を全力で回し、ある返答にたどり着く。
「……むしろ、どれくらいの価値があると思いますか」
質問に質問で返す、掟破りなやりとりだが、聡介にはこう返す他なかった。
幸い、商人たちは眉間に皺を寄せて、万能出汁粉の価値を測っているようだった。テーブルの所々では、ヒソヒソと話し合いが行われている。
しかし、ローレンツだけは、聡介の胸の内を見透かすような冷徹な商人の目を崩さなかった。
「俺たちに価値をつけさせようってか……。それはいただけないな、ソウスケ殿」
「………」
その言葉に内心ぎくりとしながらも、聡介は沈黙をもって返す。
「ふむ……埒が明かんな……。しかし、だ。商品が優れていることは間違いない……。よし、こうするのはどうだ」
その言葉に唾を飲み込む聡介。その瞳をじっと見つめながら、ローレンツは提案する。
「俺たちはここに来たばかりだ、そもそもの目的地にも行けちゃいない。ここまではいいか」
聡介は頷いて先を促す。
「そこでだ、これから俺たちは、教えてもらった新しいバザールに挨拶がてら市場調査に行ってくる。その間に最低限の方針を定めておけ」
聡介は目をつぶり、しばらく間を置いた後、ローレンツの目を見て頷いた。
「よし、決まりだ。数時間後にまた来る」
そう言って席を立つローレンツ。他の商人たちもそれにならった。
「見送りは結構だ、少しでも頭をひねっておけ」
そう言いながら歩きだしたローレンツは、ふと振り返って言葉を投げかける。
「考えの足しになるかはわからんが、アドバイスだ。いいか、汗水流して働く港や商店の人員が、一日の終わりに安酒場で飲む一杯の価値。お前たちの粉は、その一杯より安いか、高いか? 旅の商人が懐を痛めずに『ちょっとした贅沢』として買えるのは、何日分の宿代までだ? そんなところから考えてみろ」
それだけ言い残すと、今度は振り返らずに颯爽と食堂を出て行った。
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人の気配が薄くなった食堂で、イグニシアが聡介に声をかける。
「実に見事なやりとりだったな、ソウスケ。お前、本当は保育士なんかじゃなく商人なんじゃないのか」
イグニシアの軽口に、エルマも乗っかる。
「本当に、あんなに凄そうな商人さんに一歩も引かないなんて、さすがですソウスケさん」
そんな言葉にも、聡介は反応しない。
「ソウスケ? おい、ソウスケ」
イグニシアが聡介の肩に手を添えると、糸が切れたようにふらりと聡介がテーブルに突っ伏した。
「はあぁぁぁぁぁぁ」
「ど、どうしたんだソウスケ」
「大丈夫ですか」
先程までの、商人相手に一歩も引かない毅然とした態度からの落差に、二人が目を丸くして驚く。
「あぁぁぁ緊張した〜……。僕が商人なわけないじゃないですか……。こんなやり取りなんて初めてですよぉ……」
そう言ってダレる聡介に、エルマが問いかける。
「で、でも表情一つ変えずに、ずっとお話してたじゃないですか」
「そりゃあね、話で何とかなる部分はいけますよ、得意ですし。それに、ポーカーフェイスは商売の基本って何かで読んだ気がするんです」
「ぽーかー……」
聞き慣れぬ言葉に、イグニシアが呆けたように繰り返す。
「表情を悟られないようにするってことですよ……。それに、僕ができたのは商品の売り込みまでです、本格的な交渉になってボロが出ました……。慣れないことをして調子に乗りすぎましたね……」
「そんなことないですよ、ソウスケさんだからあそこまで渡り合えたんです!」
「そうだぞ、もっと自信を持て。ソウスケが崩れると、皆が不安になる」
二人の言葉に、聡介はゆっくりと身を起こし、バシッと両手で頬を張った。
「よし、気を取り直して、考えます。幸い時間は頂けましたので。お二人も知恵を貸してください。あ、あとディーザさんを呼んできてもらえますか」
聡介の要望に、エルマが即座に動いた。
──食堂を訪れたディーザの第一声は、
「何をやっているんですか……」だった。
そして、チクチクと独断専行を嗜められながらも、次の交渉に臨むべく会議が開かれるのだった。
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昼食を挟みながらも会議を続けた聡介たちは、ディーザの現実的な勘定と、あるアドバイスによって、大方の目処が立った。そして、食堂にて朝と同じように対峙する。
ローレンツたちが新バザールから帰ってきたのは、昼下がり頃だった。
テーブルに着いたローレンツたちの表情は、何故か晴れないものだった。その理由は、直後の言葉によって明かされた。
「新バザール……あれは、ダメだな……」
「置いてある基本的な商品のクオリティが低い、そのくせ割高だ。高級品を扱う店もあったし、そこは素晴らしい品揃えだったが、あんなのはただの暴利だ」
「商いをしている奴らの目も濁ってやがる。あれは、自分たちは汗を流さず、利ざやを限界まで引き延ばすことで私腹を肥やす奴の目だ……。あんなのは商人じゃない……」
一度口にしたら、ローレンツの愚痴は止まらなかった。話を聞くに、風の噂に聞こえてきたバザールに憧れた者同士で商団を組んだそうだ。
そして目の当たりにしたのは、現地の人たちとの貴重な品を譲り合う活発なやりとりとは程遠く、一方が搾取され、もう一方が富を啜る様子だった。そのことに、心の底から幻滅したようである。
「ローレンツさん、僕の知り得る話も聞いてもらえますか」
聡介は、バザールの成り立ちから、ある商団の台頭、そしてもとあったバザールの衰退と現在のバザールの成り立ちを、順序立てて話していった。
ローレンツたちは、黙ってその話を聞いていた。聡介が語り終わったあと、ローレンツは呟いた。
「ただの、簒奪者じゃねぇか……。俺はそんなもの商売とは認めない!!」
ダンッ、と拳がテーブルを叩く音が響く。残りの面々も同じような心持ちであることは、その表情から明らかだった。
聡介はそんな一同を見回しながら、言葉を紡いでいく。
「……僕は、このバザールを子どもたちが安心して暮らせるような、そんな場所にしたいと思っています。いま、取り組んでいることも、そのきっかけになればと思ってのことなんです」
聡介の言葉に、熱がこもる。
「ただ、それは僕たちの力だけでは成り立ちません。この湿地帯に暮らす人々と、外から訪れる人々、両方の力を合わせて、かつてのバザールを盛り立てていくことが、肝要かと考えているんです」
一つずつ確実に、丁寧に……。聡介の言葉に、各々が考え込むように口をつぐんだ。言うは容易いが、そう簡単にいくことでもないと、聡介も自覚はしていた。
それでもこうして外から来た商人と繋がりを持てたのだ、その一歩一歩が未来へ繋がる道となる。聡介はそう信じていた。
「話は、よくわかった……」
ローレンツはそう呟くように言うと、ふと黙り込んで外を見やる。静寂の訪れた食堂に、外から子どもたちの遊ぶ楽しそうな声が流れ込んできた。
それを聞いたローレンツは、おもむろに聡介の方を向き、決意の籠もった瞳で口を開いた。
「……ソウスケ殿。その話、俺たちも一枚噛ませろ。……ここで見過ごしたとあっては、商人としての矜持が許さねぇ……。皆! どうだ!?」
「おぅ! やってやろうじゃないか」
「俺たちでバザールを盛り上げてやろう!」
「かーっ、燃えてきた! 腕が鳴るぜ」
ローレンツの発言をきっかけに、それぞれが胸に秘めた思いを表に出す。それは、何より心強い味方ができた瞬間でもあった。
「……よろしく、お願いします」
聡介はそう言って、深く、深く頭を下げた。
「よし、そうと決まれば、まずは第一歩だ」
ローレンツはそう言って身を乗り出す。
「万能出汁粉、だったか。正直、俺はこんなにも魅力的な商材に出会ったことがない。新バザールのどこを見ても、そんなもの微塵もありはしなかった」
そう言うローレンツの目は、爛々と輝いているように見えた。
「これはなににも勝る武器だ。ここを訪れたやつらは、誰もが欲しがるだろう……。この交渉から始めていこうぜ」
聡介はエプロンのひよこを一撫ですると、居住まいを正して頷いた。
「はい、わかりました。こちらからの要望をお伝えします」
そう言って、食堂を見回す。
虐げられたバザールの復興の幕が、まさに開けようとしていた。




