第78話:【譲れない一線】
聡介は、胸元のひよこに手を添えて呼吸を整え、口を開いた。
「それでは次の商品の説明をしますね」
そして、皿の上のサザナミマスフレークを指し示す。
「こちらは、先ほどより単純なものです。半ば乾燥させたサザナミマスを、湿地帯や大湖水で採取した食材を調味料として使いながら、水分が無くなるまで煎りつけたものになります」
そう言いながら、小皿に取り分けていく。
「子どもたちが丁寧に骨を取り除いてくれていますし、煎りつけることで旨味が凝縮しています。味付けも素朴ですが、食欲をそそりますよ。ご飯にかけたりパンに挟んだりと、用途は広いと思います」
聡介が話を続ける間、エルマがまた、それぞれの前に小皿を並べていく。
今度は疑わしげにする者もおらず、じっとフレークを検分する目が並んだ。
「それでは、いただく」
ローレンツが一匙すくい、口に入れ、噛みしめる。その口元が、思わずといった様子で綻んだ。他の面々も、思い思いのタイミングで匙を口に運ぶ。
おそらく彼らの口内には、水砂糖人参のまろやかな甘みと、泥生姜と沼ネギの爽やかな風味やピリッとした辛みが、魚の旨味と相まった甘辛い美味しさが広がっていることだろう。
それを証拠に、聡介を見つめる目が何とも物欲しそうに感じられる。
「これはまた……。信じられない美味さだな。現地の食材だけで、この味わい……。飯が何杯でも進みそうだ……。して、保存期間は?」
「こちらは水分を飛ばしているとはいえ完全じゃありません。半月からせいぜい一ヶ月が限度といったところです」
「これで、そんなに保つのか……」
「今のところ、一ヶ月前に園ではじめて作った物が大丈夫ですので、それを目安にご説明させていただいてます」
聡介の言葉に、再び考え込むローレンツ。他の面々も口々に意見を交わす。
「これ、パンに挟んで売れば評判になるんじゃないか?」
「弁当にも良さそうだ」
「酒の肴にもいいな」
その声は、概ね聡介の想像通りの使い道だった。自身の想定と同じ結論にたどり着く面々に、内心胸をなで下ろす。
「味付けは、全て同じなのか」
考え込んでいたローレンツから、鋭い指摘が発せられた。聡介は、少し考えた後に切り出した。
「……はい、現状この味付け一本です。理由としては、我々に使える調味料が限られていることと、基本的に子どもたちの食事として使用しているからです」
「なるほど……それならば……」
何か言い出しそうな気配のローレンツに間を与えず、聡介は続けた。
「もっとも、商品として提示したのはこれが初めてのことですし、今後の取引のなかで調味料の目処が立てば、それこそ様々な味付けができる点が、このフレークの強みだと考えています」
畳み掛ける聡介に、一瞬気圧されたローレンツだが、そこは商団を率いる者、引き下がりはしない。
「それならば、こちらの要望に沿った味付けの物も、用意できるというわけだな」
「先ほども言いましたが、調味料の目処が立てば可能です。また、どれだけの需要があるかにもよりますね」
「小規模の取引はしないと?」
「それこそ規模によります。見ての通り、子どもの手でほとんどの作業を進めていますので、煩雑になり過ぎると本筋からそれるんです」
聡介は一同を見回しながら説明した。
「味付けの種類が増えると、それだけ作業量が増えます。なので、少ないメリットで要望に応えるのは、その時々の相談次第ですね」
「……承知した。次を頼む」
腕を組んで目を閉じながら、ローレンツは先を促した。他の商人たちもそれぞれ考えを巡らせているようだ。
「わかりました、次が我々の提示する最後の商品となります。こちらがコハルウオの煎餅です」
聡介は手元の深皿に並ぶ煎餅を一つ手に取った。
「小ぶりな魚ですので、下処理を済ませたあと開いて乾燥させ、さらに火で炙ったものになります。こちらも、軽食やお酒の肴にもってこいの品ですね」
どうぞ、と言い終わる頃には、エルマが配ってまわっていた。
それぞれが煎餅を手に取り、匂いを嗅いだり半分に割ったりしている。
「それでは、いただこう」
そう言って、ローレンツが煎餅を口に運ぶ。
パリッ、と小気味良い音が食堂に響いた。そして咀嚼する音。それを皮切りに、あちこちで音が鳴り響く。
聡介も一口齧ってみた。水分が飛ばされたことで、コハルウオの持つ強い旨味が凝縮され、また炙られていることで香ばしさが引き立っている。パリパリとした食感も心地よく、掛け値なしに美味しかった。
食堂を見渡すと、商売のことで頭が一杯で、ともすれば険しかった表情が、ふっと緩んだようで、これまでと毛色の違う食感を純粋に楽しむ様子が感じられた。
また、口が空になるとともに、今度も口々に、ここが美味い、こうしたらどうだと議論が始まった。
「確かにこれも美味い……が、希少な魚なんだったか、それで商品として成り立つのか」
一人冷静に品を吟味していたローレンツの、もっともな質問にも、聡介は淀みなく答えていく。
「正確には希少なのではなく、捕獲が困難で中々出回らない魚ですね。コハルウオ自体はその辺に沢山いますよ」
「その捕獲困難な魚を、なぜ商品にできるんだ」
「それは秘匿事項ですよ。ただあまりに大量でなければ、きちんと用意できるほどの収穫はありますのでご安心ください」
煙に巻くような聡介の物言いに、一瞬勘繰るような表情になるローレンツを見て、聡介はすかさず言葉を続けた。
「もっとも、これはご近所さんでも評判になってしまったので、今はそこそこの数しかありませんが……」
聡介はそう付け加えて、食堂を見回した。
「さて、商品の説明は以上となります。お付き合いいただき、ありがとうございました」
そう言って、深く頭を下げる聡介。そして、顔を上げてゆったりと微笑みながら問いかける。
「それで、何かお気に召した商品はございましたでしょうか」
聡介の自信に満ちた声が、食堂内に響いたのだった。




