第77話:【対峙する商人】
桟橋で、聡介は船団を待ち受けていた。
思った通り、その商団はたつのこ園の桟橋に近づいてくる。船の上から、船を着けていいかと許可を求める声が響いた。聡介は身ぶりを交えて、それに応えた。
降りてきた船長らしき男が、桟橋に立って周囲を見渡す。
「ここが噂のバザールか。思っていたよりも簡素な感じだな」
「ようこそ大湖水へ。私はそこのたつのこ園という養護園で、園長を務めています、別俣聡介と申します」
「これはご丁寧に……。私はローレンツという、この商団の長だ。……養護園といったか? なんだそれは……。てっきり、いち早く商談をと出迎えてもらったと思ったのだが」
「それはご期待に添えず申し訳ありません。こちらの桟橋は我々の園で拵えたものでして、何か御用かと思ったのです」
「そうなのか……ではここはバザールではないと」
「厳密にはここもバザールですよ。しかし、現在はもう少し先の新しいバザールが中心となっているみたいです……。あちらに大きな壁が見えませんか、あそこが新しいバザールです」
「くっ、早とちりだったのか……。あまりに立派な桟橋であったので、ここが玄関口かと思ったわ……。出迎えていただいて早々だが、これにて失礼する。我々も早く商売を始めたいものでな……」
そう言って踵を返そうとするローレンツに、聡介は声をかけた。
「少々お待ちを。我々は養護園ですが、園の運営のために商売にも手を付けようと思っているんです。よろしければ、少し見ていかれませんか? これも何かのご縁かと思いますし、初めてのお客様になってもらえれば嬉しいのですが……」
そう言う聡介に、ローレンツは少し逡巡した後、振り返った。値踏みするように聡介を眺めてから、豪快な笑みを浮かべる。
「よし、船も着けてしまったことだし、休憩がてら見せてもらおうか! 商売の神様はどこにおわすか分からんからな」
そう言いながら笑っていたローレンツの瞳に、鋭さが宿った。
「ただ、我々は商人だ。中途半端なものならば、その縁は途切れるぞ」
「承知しました。きっとご期待に添えると思います。ではこちらへ、よろしければ他の皆さんも船から降りて寛いでください」
「わかった。……皆! 一旦ここで休息を取る。念のため見張りを一人残して、後は上陸だ!」
そう言うと、荷物を満載した、小ぶりだがしっかりとした船を桟橋に係留し、商団の面々が次々と降り立った。そして聡介の後をついて、たつのこ園へと向かっていく。
────────────────
道中、ローレンツは聡介にあれこれと尋ねてきた。
「それで、なぜこんなところで養護園とやらを? そもそも養護園とはなんだ?」
「私自身も二ヶ月ほど前にここに来た新参でしてね。路上で暮らす子どもたちを見て、居ても立ってもいられなくなりまして。気付いたらここまで来ていました。元々私は保育士ですので……」
「ほいくし?」
「世の子どもたちと、その保護者の方の味方ですよ」
「なるほど。よくは分からんが、随分と奇特な御仁であることはわかった」
「よく変わっていると言われます……。さぁ、こちらへどうぞ」
聡介の案内で、たつのこ園の中に入っていく。特に応接スペースはないので、そのまま食堂まで案内することにした。
商団の一同は、すれ違う子どもたちの様子や、綺麗に整えられた園内の様子を、興味深そうに見ながら案内に従っている。
「あっ、ソウスケ先生、ちょっとお願いが……あれ? お客さん?」
調理室から出てきたミアが、可愛く首をかしげた。
「そうなんだ、用事はまた後でいいかい? あと、お客さんたちを食堂まで案内してくれるかな」
「わかった、まかして! 皆さん、こっちで〜す!」
そう言うと、ミアは先頭に立って歩き出す。聡介は商団の面々を促してから、調理室に入っていった。
エルマとイグニシアにお茶と、万能出汁粉、サザナミマスフレーク、コハルウオ煎餅の用意をそれぞれ頼み、自身も食堂へと向かう。
────────────────
食堂のテーブルに着いた一同を見回し、聡介は改めて自己紹介を始めた。
「皆様、本日はたつのこ園にお越しくださりありがとうございます。ここ、たつのこ園は養護園、平たく言うと保護者のいない子どもたちを養いながら共に生活をする施設です。私は園長の別俣聡介と申します、以後よろしくお見知りおきください」
そう言って丁寧に頭を下げる。その様子に、思わずつられて頭を下げる商団の面々。それを見やってから、ローレンツが口を開いた。
「それで、挨拶はそこそこにして、一体何を見せてくれるんだ? 子どもばかりのこの場所で、一体どのような商品があるというのだね」
興味本位で、あまり期待はしていないといった様子。聡介は笑みを漏らした。
「はい、ただいまお茶とともに準備しておりますので、もう少々お待ちください。先にざっくりと内容をお伝えしますと、商品は三つありまして、そのどれもが大湖水で獲れた魚の加工品です」
「ほぉ、魚の加工品とな。それはまた……まさかただの干物や、下処理を済ませただけの物ではないだろうね」
鋭い眼差しで質問を飛ばすローレンツを見据えながら、聡介は落ち着いて言葉を返す。
「もちろんです。三つの内二つは同じ魚を使用していますが、全く別の商品ですし、もう一つは捕獲が困難な魚を使用した加工品となっています」
自信ありげな聡介の様子に、少しずつ期待が膨らむ気配が漂う。そこにエルマとイグニシアが現れた。
「お待たせしました、お茶です」
「ソウスケ、一応現物とお湯、小皿とカップを用意したが、これで良かったか」
「ありがとうございます、エルマちゃん。シアさんも急なお願いを聞いてくれてありがとうございます。完璧ですよ、さすがですね!」
「大したことはない……」
そう言って照れるイグニシアを、エルマが嬉しそうに笑いながら見ていた。その様子を呆気にとられて見る商団の面々。そのほとんどの目が、イグニシアに注がれていた。
「ソウスケ殿? こちらの女性はもしや……」
「はい、竜人族の方ですよ。今はここで調理と護衛を担当してもらっています。元々は私の旅のパートナーなんです」
「そうか……いや、今は商品だな、失敬」
その言葉に、イグニシアの片眉がぴくりと上がる。
一瞬背中に冷たいものが流れたかのように息を呑んだローレンツは、雰囲気の変化に若干慌てながらも、聡介の目の前に並べられた品を、値踏みするように見た。
聡介はエルマとイグニシアを後ろに下がらせると、商品の説明に移る。
────────────────
「一つずつご紹介します。まずこちらがサザナミマスという魚を丸々一匹粉にした物で、万能出汁粉といいます。こちらは同じくサザナミマスをフレーク状に加工した物です。そしてこちらはコハルウオという魚を加工して、煎餅に仕立てたものとなります」
それぞれ皿に盛られた品々を、興味深そうに見つめる商団の面々。ここでもやはり、ローレンツが口火を切った。
「なんだか奇妙な物が並んだな……。本当に魚なのかこれは」
「はい、正真正銘、うちの漁師チームが獲ってきた魚の加工品ですよ。どれが気になりますか」
「そうだな……まずは万能出汁粉とやらを詳しく教えてもらえるか。その粉が魚? さっぱりわからん」
「承知しました。こちらの万能出汁粉ですが、とある方法で魚を加工しまして、それを石臼で粉にしたものです。この粉をお湯で溶いてスープにしてもよし、他の料理に混ぜてもよし……。この粉があるだけで、料理が劇的に美味しくなる優れものなんです」
「そんな……まさか」
あちこちから疑問の声が上がる。ローレンツも、疑わしそうな目つきになっていた。
「何はともあれ、一度ご賞味ください。きっと驚かれますよ」
そう言うと聡介は人数分のカップに匙で粉を分け、お湯を注いで撹拌する。それをエルマが配っていった。イグニシアは壁を背に腕を組み、それを見つめている。
カップが目の前に配られると、お互い顔を見合わせながら、視線を落とす一同。
「よし、物は試しだ、いただくとしよう」
ローレンツはそう言うと、湯気の立つカップを慎重に啜った。
そしてまた、時が止まる。
大袈裟に驚きはしない。しかしその見開かれた瞳は、十分に驚愕を感じさせるものだった。長の様子を見守っていた一同は、首をかしげる。そんなことに気付く様子もなく、ローレンツは沈黙していた。
しばらく後、ローレンツは口を開いた。
「……これは……驚いた。なんだこの深いコクと言いようのない旨さは……。正直、鳥肌が立ったよ……。本当に湯と混ぜただけなんだよな、塩も香辛料も使わずに……」
「はい、これはただのお湯ですよ。万能出汁粉以外は何も入っていません」
湯の入った陶器のポットを掲げた聡介の発言をきっかけに、それぞれがカップに口をつける。そしてにわかに、食堂がざわつき始めた。
「う、うまい……」
「まさか、信じられない……」
口々に出てくる言葉は、ほとんどが称賛であった。
「これは、どのくらい日持ちがするんだ」
衝撃から立ち直り、ローレンツが現実的な話を聞いてくる。
「しっかりと乾燥させてありますからね、数ヶ月から最長で一年ほどはもつと思いますよ。ただ、水気や湿気には弱いので、保存はしっかりしていただく必要はありますが」
「そうか……」
そう言ったきり、何かを考え込むローレンツ。
「水や湿気に弱いのはどの干物も同じだ。だが、この『軽さ』で、この『保存性』……。こいつは……」
その口元からは、知らず知らずの内に考えがブツブツと呟かれている。聡介はしばらくその声を聞きながら、お茶で口を潤した。
──考えが纏まったのか、ローレンツがまた口を開いた。その姿は最初に比べて随分と真剣味を帯びている。
「よくわかった、確かに見たこともない、そして凄い商品だ……。商談は、全ての紹介が終わってからでもいいか」
「もちろんです。それでは、次の説明に移りましょうか」
聡介は胸を張る。たつのこ園の試行錯誤が、確かに実り始めた瞬間だった。




