第76話:【たつのこ園の手探りの日々──積み上げた成果と新たな足音】
聡介の見つめるカップから、ゆらゆらと湯気が立ち昇る。
窓の向こうからは、今日も元気に石畳を駆け回り、浅瀬で魚を追いかける子どもたちの笑い声が聞こえる。
いつもの一日の始まり。しかし、その一日の過ごし方も、この一ヶ月で随分としっかりしたのだ。
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まだ星が瞬く夜明け前。漁に出る子どもたちを起こすべく、聡介はまだ眠い目をこすりながら、漁師班の部屋の戸を開ける。
部屋の中では、子どもたちがもぞもぞと起き出していた。
ガビアルのガブは、あれだけ「やってやるぜ!」と意気込んでいたのに、朝にはめっぽう弱い。
「ううぅ……後少し寝かせてくれ……」と、尻尾を引きずりながら掛け布団を被り直そうとする寝坊助っぷりである。
トードフォークのルトは、起きてはいるものの「おはよぉございますぅ……」とのんびりした大あくび。
そんな中、ライクだけはすでに服を着替え、キビキビとみんなの荷物をまとめている。
「さすがライクくん。朝早いのに、もう準備ができているんだね。本当に頼りになるよ」
「……大したことねぇよ。サップの兄ちゃんはこれを一人でこなしてたんだろ。俺なんてまだまださ」
そう言いながらも、その横顔は褒められて嬉しいといった表情に見えた。
──夜明け前に出航し、昼過ぎに帰ってくる。船から降り立つ彼らの顔つきは、一ヶ月前と比べて驚くほど逞しくなっている。
聡介が漁の様子について尋ねると、サップは興奮気味に、彼らの漁での大活躍を報告してくれた。
「ソウスケさん、マジでみんな天才ッスよ! 漁師として全然やっていけるッスね!」
「それはすごいね! みんなの様子はどんな感じなんだい」
「えっとッスね。カイはオッターフォークらしく水中を器用に泳いで、完璧に魚を追い込むッス。ルトは誰よりも遠くまで跳んで網の端を固定するッスよ、あの跳躍は真似できないッスね。ガブの怪力なんて、大人の俺でも重い網を一人で楽々引き揚げるんッスから! ……で、極めつけはライクッス。あいつの魔力制御はヤバいッス。船底の魔導具を操る舵取りが上手くて、このままいくと一丁前の操舵士になるッス!」
「……みんな頑張っているんだね、やっぱり子どもは凄いな……。サップくん、たくさん教えてあげてくれて、ありがとうね」
「いいんッスよ。教えてると俺も凄く勉強になるッス。まだまだ負けてらんねぇッスからね!」
頼もしいサップの言葉に、聡介の顔に笑みがこぼれた。
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聡介は、カップのお茶を飲み干すと一息つき、立ち上がって部屋を出た。そして園内をゆっくりと見て回る。
厨房の横を通りかかった時、中からは元気な声が聞こえてきた。
「ミア、ネラ、いけそう?」
「ポポ、もう少し待ってくれる」
「このブラシっての、もう少しないのかなぁ」
下処理班の女の子たちが、ワイワイと作業をこなしている。
聡介はその声を聞きながら、後で何か対策を考えようと心に留めた。そして、サザナミマス加工について思いを馳せる。
──この一ヶ月で、サザナミマスの加工も軌道に乗った。しっかりした加工のリズムが、どうにかこうにか整ったのだ。
決まったことは、乾燥のサイクル、そして一日おきに仕込むということだ。
毎日だと仕事に追われることになるので、子どもたちにも持続可能なシステムをつくることにした。
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聡介は乾燥室の前までたどり着く。
「うん、しっかり動いているみたいだね」
部屋からかすかに感じる熱気を感じて、聡介はそうひとりごちた。
──試行錯誤の結果、乾燥はサザナミマスフレークで半日、万能出汁粉になるサザナミマス節にするのには丸一日で落ち着いた。
それを、夕食後から次の日の夕食後までを一回として、一日おきで稼働する。
加工についても、目処が立った。フレークにするための骨の処理は年中組の女の子が、万能出汁粉にするためのすり潰し作業は年中組の男の子が、それぞれ日替わりで担当することになった。
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乾燥室の横の加工部屋では、今日も年中組男子たちが、聡介のこしらえた石臼をゴリゴリと回している。
「手がいたいよぉ〜」「疲れたし、もう飽きてきたぁ」
「ちょっと! 何言ってるの、男の子でしょ! しっかりすり潰しなさいよ!」
弱音を吐く男子を、腰に手を当てた女子が盛り立てている。
その様子に、聡介は笑みを浮かべる。この光景も日常となった。
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聡介はまた、ゆっくりと歩きだした。
玄関にたどり着いた聡介は、生簀横の浅瀬を見やる。そこには元気な声の主である年少組の面々と、それを見守るディーザがいた。
近くまで見に行ってみると、ディーザの愚痴めいたつぶやきが、風に乗って聞こえてきた。
「はぁ、私って事務担当じゃなかったでしょうか……。あっ、あまり先まで行かないでください、深くなって危ないですよ。あなたは鼻水が出てきましたね、少し上がりなさい。拭いてあげますから……」
フレークの仕上げはエルマが担当している。そんな日はエルマが厨房にこもるため、年少組の保育は今日のようにディーザが担当するようになった。
ちらりと覗いたその姿は、文句を言いながらも、動きはすっかり保育士のそれになっていた。
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一番小さな年少組の子たちが、浅瀬で遊びながらたくさん捕まえてくるコハルウオ。子どもの遊びと侮るなかれ、食べてみたら凄くおいしかった魚。
しかし、小さすぎてフレークにはできず、出汁粉にするには量が心許ない。ただ園で食べるだけだったのが変わったのは、聡介の思いつきからだった。
「開いて、乾燥室の端っこで一緒に乾かしてみようか」
──結果、乾いたコハルウオを軽く炙ってみると、パリパリの煎餅のようになって絶品だった。
「せんべー! パリパリ!」と大喜びでかじる年少組の子どもたち。
ちょっとした切っ掛けで、近所にお裾分けしたところ、
「なんだこれは!」
「安酒が美味くなるぜ!」
と、思いもよらぬ人気を集めた。
これもまた、有望な商品となりそうな予感がした。
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聡介は、具合を確かめるようにゆっくりと歩きながら、桟橋の先頭まで進んでいった。
──ほんの一ヶ月前、乾燥室を復活させたあの日には、まさかこんなにもしっかりと、園の日常の歯車が回り始めるなんて想像もしていなかった。そんなことを考えながら、桟橋の先にたどり着く。
穏やかな湖面を見つめながら大きく伸びをし、深呼吸。さて、下処理班のご要望のブラシでも作りましょうか、と踵を返そうとした聡介の視界に、ちらりと映るものがあった。
船団だ。まだ少し距離はあるものの、何故かこの桟橋を目指しているように感じた。
聡介は船団に対して正面を向くようにすると、エプロンのひよこを一撫でする。
耳を澄ますと、いまだ聞いたことのない新たな足音が聞こえるような気がした。




