第75話:【たつのこ園の手探りの日々──旅立つ背中】
聡介はお茶を一口飲み、別のことを思い出していた。それは、たつのこ園が軌道に乗るために尽力した、影の立役者の旅立ちだった。
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「ソウスケさん、店の処分も終わり、商団の目処も立ちました……。そろそろ出立しようと思います」
それは、乾燥室を復活させて二週間後。下処理チームのナイフから危うさがだんだん取れ、サザナミマス漁チームがようやく形になってきた頃のことだった。
聡介の元に、ルードが訪ねてきたのだ。
「中々顔を見せに来れずすいません」
「いや、いいんですよ。ルードさんには本当にお世話になりました。ルードさんの力がなければ、たつのこ園をここまでスムーズに始めることはできませんでしたから」
「私の力なんて微々たるものです。ソウスケさんあってこそですよ」
和やかにお互いを労う二人。しかし、いつまでもそうしてはいられない。聡介は詳しく話を聞くべく尋ねた。
「……それでルードさん。いつごろ発つおつもりなんですか」
「明日には、ここを出ようと思っています」
「それは……随分と急なんですね」
「ええ、商売も畳んだので、のんびりしているわけにはいきません。それだけでコストは嵩みますし……」
そう言うルードは、若干の疲れは見えるものの、初めて会った時に比べてどこか生き生きとしているようだった。
「わかります……。では、今日中に手紙をしたためてお渡しします。本当に引き受けてくださって大丈夫でしょうか」
「もちろんです。むしろこちらからお願いしたいぐらいですよ。ソウスケさんたちの手紙ほど、私たちを保証してくれるものはないでしょうから」
ニヤリと微笑むルードに、やはり商人なんだなと感じ、聡介は苦笑した。
「それでは、遠慮なく。ところで、樹海や竜人族の里には、何を持っていかれるんですか」
「はい、元手は灼光石を買うのに全てお渡ししましたが、幸か不幸か、元々私が扱っていた商品の在庫はしっかりありまして。それを持っていきます」
「ちなみに、どのような?」
「大したものはありませんが、鉄製の調理器具や食器類、香辛料や寝具など、生活に関わる日用品がほとんどですね」
「そうですか、それならそれなりに……いや、かなり喜ばれるんじゃないかと思いますよ」
「そうですか! そう言ってもらえると、心が軽くなります」
少しばかり不安があったのか、ルードの表情が明るくなる。
「……ルードさん、もしよければなんですけど、僕たちが加工したサザナミマスを持っていってはくれませんか。もちろん、商品としていただいて結構ですので」
「そんな……いけませんソウスケさん。取引として成立しませんよ」
突然の聡介の提案に対し、即座に得を取らず誠実に対応するルードに、聡介は好感を覚えつつ付け加える。
「タダで、というわけでもありませんよ。そもそも灼光石のお代は、必要でしたから受け取りましたけど、僕たちにしてみれば多すぎです。だから、目処がついたら何らかの形でお返ししようと思ってたんですよ」
「あと、僕たちが作った商品を、ぜひ樹海のみんなや竜人族の里の皆さんに、食べてもらいたいと思ってるんです」
「ソウスケさん……」
「フレークは……ちょっともたないかもしれないので、よろしければ道中に食べてみてください。万能出汁粉は長期保存できますし、嵩張らないのでいい商材になると思いませんか」
今度は聡介がニヤリと微笑む番だった。それを見て、少し呆れた様子のルードが口を開く。
「本当に……よろしいんですか」
「もちろんです。あっ、ただ、まだまだ改良の余地がある試作ですので、そのことは頭の片隅に留めておいてくださいね。まぁ、物自体は完成しているので、品としては問題ないと思いますが」
聡介の、あくまでも軽い様子で話す姿に、気遣いの温かさを感じたルードは、深く頭を下げる。
「……わかりました。謹んで受け取らせていただきます」
「はい、ありがとうございます。では、こちらも今日中にはまとめてお渡ししますね。……以前お渡しした紙の鳥は、まだお持ちですか」
「もちろんです」
そう言うと、ルードは懐から折り鶴を取り出した。
「何度見ても不思議なものですね」
「僕のいたところでは、子どもでも作れるものなんですよ。実際、樹海の子どもたちも作れるようになっていましたし」
「そうなんですか……」
その後はしばらく他愛もない話をして分かれ、夕方頃、グラムの宿には聡介やイグニシアの手紙と、サザナミマスの加工品が届けられた。
──そして翌朝。
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「それでは行ってきます」
「お気をつけて」
ルードはバザールで燻っていた商人仲間を説得し、商団を立ち上げていた。その面々が、樹海に続く街道に集まっている。
各々が厩舎から引き上げたロバや、いつの間に調達したのか、トカゲに似た生物の背に、沢山の荷物を括り付けていた。
まだ出発前だというのに、動物たちの背は荷物の重みで心なしか沈み込んでいるように見えた。
その中には、聡介たちが試行錯誤の末に完成させたサザナミマスの試作品も、厳重に梱包されて積み込まれていた。
「おいおい、そんなに積んだら歩けなくなっちまうぞ」
「バカ言え、これでも足りないくらいさ」
そのような賑やかな声が、静かな朝の街道に響いていた。
「よし、出発するぞ!!」
ルードの掛け声とともに、一人、また一人と荷駄を積んだ生き物たちを携えて、歩き始める。
ルードは聡介や、見送りに来ているたつのこ園や旧バザールの面々に深く頭を下げると、颯爽と振り向いて歩き出していった。
眩しい朝日に照らされる、新たな一歩を踏み出したその背中は、生きる力に溢れ、どこまでも頼もしく見えた。




