第73話:【白く蘇る魔法陣と、迸る熱き風】
この日の朝食は、いつもと少し違っていた。
小ぶりな魚の揚げ焼きや串焼きが並んでいたのだ。聡介は薄っすらと疑問に思いながらも、深くは気にせず口をつけた。
サクッとした皮の食感のあとに、想像以上に肉厚な、ふっくらとした身が感じられる。噛みしめるとジューシーで、旨味がぎゅっと詰まっていた。
聡介は驚きを隠さぬまま、イグニシアに問いかけた。
「シアさん、この魚はいったい……」
「あぁ、聞いて驚くな。これはな、リザードマンの里で聡介も見たやつだ。コハルウオだよ」
「これが、あのコハルウオですか……。確かにサイズは同じくらいですね」
「あぁ、昨日子どもたちが獲ってきたものを調理してみたら、思った以上に美味くてな。あの後にも追加で獲ってもらったんだ。それを朝食に出してみたというわけだ」
「ただ、私やサップが行っても、一匹たりとも捕れなかったがな」
自嘲気味に付け加えるイグニシア。どうやら、子どもだけが獲れる魚というのは本当だったらしい。
「これからも遊びがてら取ってくることが増えるだろう。この魚も、ソウスケが考える復興とやらの勘定に入れてもいいんじゃないか」
「……そうですね、いいアイディアだと思います」
聡介はそう言うと、何かを考えながら食事を続けた。
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食事の後、聡介は年少組や年中組の子どもたちに声をかけた。
「みんな、上手にお魚が獲れたんだね。びっくりしたよ」
「へへ〜」「すごいでしょ!」「今日もお魚とるんだ!」「おいしかったの〜♪」
「そうだね。……みんなのご飯や、ひょっとしたら誰かに食べてもらうかもしれないから、獲る時にはちゃんと、ありがとうございますの気持ちで捕まえるんだよ」
「「は〜い」」
「いい子だね」
そう言いながら一人ひとりの頭を撫で、聡介は乾燥室の炉に向かっていった。途中、エルマとディーザには、水辺で遊ぶ子どもたちの見守りを十分にするようにと言付けることも忘れなかった。
準備を整えて外に出ると、浅瀬でドランが早速網を振るっていた。クリムは、デッキの手すりの下から、そんなドランを眺めているようだった。年長組の子たちも一緒になってコハルウオを追いかけているが、どうにもうまくいっていない。
「あれっ? 昨日はうまくいったのに……」
「あっ、また隠れた……。すぐに見えなくなっちゃう……」
「なんでだ? チビたちはあんなに簡単に獲ってるのに……」
捕まえよう、たくさん捕ろう。そんな気持ちを見透かしたように、コハルウオは姿を隠すらしい。遊びではなく漁になってしまった途端、捕れなくなる。そういうことなのかもしれなかった。
試行錯誤する子どもたちを横目に、聡介は笑みを浮かべながら炉へと向かった。
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炉の前まで来ると、聡介はお散歩バッグからお掃除セットを取り出した。魔法陣を、徹底的に綺麗にしていく。
ワイヤーブラシにスクレーパー、家庭用の万能洗剤や歯ブラシまで動員し、汚れと魔石顔料を丹念に剥ぎ取っていった。
乾いた布で拭き上げると、そこにはピカピカになった石材の表面に、線と文字だけが彫り込まれた姿が残されていた。
じっくり見ても、欠けや摩耗した部分は見当たらない。それを確かめてから、聡介は次の作業に移った。
お散歩バッグから取り出したのは、今度は白い粉だった。水と混ぜて、練り始める。
昨日の失敗の後も何度か試行錯誤を重ねた聡介は、一晩考えてある答えにたどり着いていた。それが、工作や補修に使っていたホワイトセメントだ。
固まれば石と同じような硬さになる。高温にも摩耗にも、きっと強いはずだった。
木板の上で丁寧に、刻むように練ったセメントに、魔石の粉を加えていく。
少なすぎると魔力の通りが悪くなる。全体に行き渡るよう、均一に――。手持ちの魔石はこれで使い切ってしまう。失敗すれば、また一から魔石集めだ。
出来上がった特製のセメントを、術式の溝に沿って丁寧に流し込んでいく。はみ出た部分はヘラで削り、ウェットティッシュで拭き取った。
出来上がりを見て、聡介は満足げに息を吐く。石材の上には、きれいな白いラインで文字と線が走る魔法陣が出来上がっていた。
「よし、しばらく時間を置いて、ある程度固まったら動かしてみよう」
「ピッピョ!」
ピヨすけの相槌が、青空に響き渡った。
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午後、聡介はイグニシアとディーザを伴って炉の前にやってきた。触れてみると、ある程度の硬化は進んでいるようだった。
「本当に大丈夫なんですか……」
「ええ、きっと。術式自体は元のままで、僕はそれを綺麗に塗り直しただけですので」
「それにしても、なんだこの白いのは。またおかしなものを使ったのか?」
「乾くと石みたいに硬くなる、まぁ粘土みたいなものですよ。魔石の粉も混ぜてあるので、ちゃんと動くと思います」
聡介はそう言いながらイグニシアを促した。ディーザは昨日の印象が強いのか、いくらか身構えている。
「よし、いくぞ」
イグニシアが起点となる平らな石に手を置き、魔力を流し込む。刻まれた線と【蓄】の字が、淡い青色の光を発し始めた。魔力を込める時間に比例して、光は少しずつ強くなっていく。
「おい、いつまでやればいいのだ」
「手前部分が光るだけで、何も起きませんね……」
口々に思いを述べる二人を尻目に、聡介は魔力を蓄えているであろう平らな石を、じっと見つめていた。
「シアさん、そろそろ大丈夫です。一度下がってください」
「いったい何だというのだ……」
「………」
イグニシアと入れ替わるようにして、聡介が炉の前に立つ。丸石のスイッチに、そっと手を触れた。
「では、いきます」
聡介がコトッと丸石を回して角度を変え、刻まれた線同士をあわせると、線をたどるように淡い青の光が進んでいく。
炎の文字に到達すると光は赤く、風の文字に到達すると緑に変わる。二つの色の光が交わると、それはオレンジへと染まり――放の文字に行き着いた途端。
炉の中に、灼熱の風が生まれた。
「わっ!」
「むっ!」
「っ…………」
漏れ出た熱風が、三人の顔を叩く。しばらく離れて様子を窺うと、どうやら熱風は乾燥室の構造をなぞるように、外壁と内壁の間を流れているらしかった。
「成功……ですかね」
「そう、なのか?」
「少なくとも、きちんと起動できてるようですね」
ぼんやりと炉を眺めながら、それぞれが誰に言うでもなく呟く。しばらく誰も口を開かない時間が流れ、聡介がふと思いついたように言った。
「乾燥室の中はどうなってるんでしょう」
「……見に行ってみるか」
「そう、ですね」
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乾燥室の中は、先日見たときとはまるで別の空間だった。構造そのものに変化はない。だが、室内の温度は明らかに上がっており、床の隙間からは絶えず風が流れ込んでいた。
「そうか……暖かい空気は上に昇る。だから床から風が……」
聡介の見立て通りだった。室内で熱された、湿気をはらんだ空気は天井の排気口から放出され、その分だけ床下から新しい空気が供給される。この仕組みで室内のものから水分を奪い、急激に乾かす構造なのだろう。
様々なことが腑に落ちた聡介は、隣で言葉を失っている二人に声をかけた。
「まだ使い方を完全に把握はできてませんが、取り敢えず乾燥室は復活です」
「あ、ああ。そうだな」
「……それで、ソウスケさんは一体何をしようとしているんですか? 朝から敢えて聞いていませんでしたが、いい加減に教えていただいてもよいのでは」
そこでようやく、聡介は自分の考えを誰にも話さず突っ走っていたことに気付かされた。
「……すいません。完全に独り善がりで突っ走っていました。ご説明します。僕はこの乾燥室が復活したら、サザナミマスの粉末やフレークが、一度に沢山できるようにならないかと考えていたんです」
その告白に、ようやく合点がいったという様子の二人。
「それならそうと言っておけ。その目的なら、サザナミマスの下処理が必要なんじゃないのか」
「そうですね……。今度からはもう少し、事前に教えていただけたらありがたいです」
「肝に銘じます……」
しょげる聡介をよそに、二人はテキパキと相談を始めた。
「エルマに声をかけて、下処理を始めたほうがいいな……。どれくらい必要だ」
「まだ手法が確立されていませんから、そこまで大量には必要ないでしょう。ただ、何度かに分けて検証が必要かと思いますので、しばらくは多めに下処理をした方がいいですね」
「わかった。取り敢えず今からの分の下処理をしてくる」
「お願いします。ソウスケさん、その間にどのように設置するか、時間の設定、魔力の持続時間など、試行錯誤すべき内容や知っておくべき情報をまとめてくださいね。……ソウスケさん、聞いていますか?」
「あっ、はい聞いています。頑張ります」
聡介は随分と久しぶりに、新人保育士だった頃のことを思い出した。今のように指摘を受けたあと、キビキビと指示を出す先輩保育士に付き従ったものだ。
聡介の胸中を、何とも形容しがたい郷愁が、静かに満たしていった。




