第72話:【古の回路と、燃える試作板】
「ディーザさん、今少しよろしいですか。これから船の魔法陣を見てみようと思うのですが、一緒に見てくれませんか」
「すまんなディーザ、ソウスケがなぜか朝から張り切っていてな……」
「昨日おっしゃっていたことですか……わかりました」
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ザガスたち漁師を見送った翌日、朝食を終えるとすぐ、聡介は船の魔法陣を検分しようと動き出した。一人では心もとないと思い立ち、こうしてイグニシアとディーザに声をかけて回っていたのだった。
三人は連れ立って桟橋へと向かう。生け簀では、年中組と年少組の子どもたちが、魚が跳ねるたびに歓声を上げていた。
近くの浅瀬でも、昨日漁師たちから貰った網を手に、魚を追いかけて遊ぶ子の姿がある。
「あっ、はねたよ!」「たくさんいるね〜」
「きれいな魚〜」「コハルウオって言うんだって」「食べられるかなぁ」
そんな声を背に聞きながら、ザガスから譲り受けた小船のもとへと歩く。
「ソウスケ、顔がニヤけているぞ」
「そうですか? 確かに今、子どもたちが楽しそうで、すごく嬉しいです」
「ソウスケさんらしいですね……」
言葉を交わしながら、三人は桟橋の端にたどり着いた。そこには、ゾルグたちが乗っていたのと同じ型の、小さな船が繋がれている。
「これなら、私でも操れそうだな……。ソウスケ、ちょっと乗ってきてもいいか」
「シアさん、本当に操舵が好きになりましたね……。ちょっと待ってください。できれば、後でお願いします」
ウキウキと船に乗り込もうとするイグニシアを何とか押しとどめ、まずは船を桟橋の上に引き上げてもらう。
聡介とディーザが支える横で、イグニシアは事もなげにそれをやってのけた。
「相変わらず凄い力ですね……」
「そうでもない。それで、裏返せばいいのか」
「あっ、はい。船底の裏に術式が刻んであるので……」
裏返った船底を、三人で覗き込む。
聡介はそこに刻まれた文様を、何の気なしに目で追った。
(……あれ)
読める。
要所に記された文字と、理科の授業で見た電気回路のような線。詳しい意味までは分からない。それでも、確かに読めてしまう自分がいた。
「……なにが書いてあるんだ、これは」
「分かるわけありませんよ……。これは古い書式です。今の職人たちも、精密に模倣しながら作っているくらいですから」
イグニシアの呟きに、ディーザが当然のことのように答える。だが聡介の目には、確かに「水」「壁」「平」「廻」といった文字が書いてあるように見えていた。
「あの……。僕、なんだか読めてしまうんですけど……」
「っ……!」
ディーザが息を呑んで固まった。ややあって、細く長く息を吐き出すと、いつもより早口で問い詰めてくる。
「どういうことですか。なぜリザードマン秘伝の術式が読めるんですか」
「ディーザさん、近い近い! 僕にも何がなんだか……」
「納得いきません」
「ディーザ、前にも言ったが諦めろ。この男ほど常識が通じない奴も、そうはおるまい」
イグニシアの執り成しに、ディーザは胡乱げな目を聡介に向けながらも、渋々と一歩引いた。
聡介自身、自覚のないままにこの状況を作り出している自分に、薄ら寒さを感じないでもなかった。
しかしそれ以上に、キーになりそうな魔法陣が読めたことへの高揚が勝っていた。
聡介はそっと視線を外し、話を変える。
「あの……。この模様は、どうやって描かれているんですか」
「……これですか? 魔石を粉にした物を使うそうです」
ディーザは憮然としながらも、きちんと答えてくれた。
「魔石を、粉に」
「ええ。魔力を帯びた石を細かく砕いて、それを顔料のように使うんです。魔力の通り道を作る要領だと思うんですが……」
聡介の脳裏に、あの虹色の輝きがよぎった。
「……ディーザさん。その魔石は、普通の魔石ですか?」
「えっ?」
ディーザが怪訝そうに聡介を見た。
「よくある普通の魔石ですよ。それが何か?」
「いえ……。それならばいいんです」
聡介は小さく息をついた。杞憂だったらしい。
(そうか。普通の魔石なら、問題ないんだ)
「本当に変な人ですね……」
ディーザは呆れたようにため息をついたが、それ以上は追及しなかった。
「シアさん、ディーザさん、ありがとうございました。色々と試してみます」
「ああ、何かあったらまた声をかけてくれ」
「危ないことは、しないでくださいね……」
そう言う二人のもとに、子どもたちが駆け寄ってくる。
「でぃーざせんせい、一緒にお魚みよ」
「シア先生、このお魚食べれるかな?」
二人は顔を見合わせ、それぞれの子どもに応じていった。
「ええ、行きましょうか。足元に気をつけてくださいね」
「どれ……ああコハルウオか。よし、何か作ってみようか」
そう言いながら、子どもたちと共に歩いていく。
聡介はエプロンのひよこを一撫でし、ポケットに話しかけた。
「僕たちも行こうか、ピヨすけ」
「ピョっ♪」
元気な鳴き声に背中を押されるようにして、聡介は昨日見た炉に向けて歩き出した。
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炉の中に、聡介は潜り込むようにしてじっくりと見ていった。ハケで煤を払い、懐中電灯で照らしてみる。すると、昨日は気づかなかったものが見えてきた。
船のものと比べると、随分とシンプルな術式だった。一番手前、手のひらを当てるための平らな石があり、そこには【蓄】の文字。そこから線が伸びている。
その線の途中には、壁の石と同化するように、表面に一本の線が彫られた丸い石の突起が埋め込まれていた。おそらくこれがスイッチの役割なのだろう。
その先には、◯の中に【平】の文字。そこから二股に分かれ、片方には【炎】、もう片方には【風】と刻まれている。その先で再び一つに束ねられ、ひと回り大きな◯の中に【放】の字が書かれていた。
ザガスが魔力を流しても反応しなかった理由も見えてきた。
丸い石のスイッチがオフになっているだけでなく、刻まれた溝には魔石顔料と思しきものの跡があったが、掠れたり剥げたりして、ところどころ途切れていたのだ。
そこまで見て取ると、聡介は身を起こし、独りごちた。
「取り敢えず、実験かな……」
「ピョ〜!」
肩に乗って鳴くピヨすけに笑みを返し、聡介は資材置き場へと歩き出した。
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炉の前の石畳に腰を下ろした聡介の前には、様々な道具が並んでいた。
木の板、砕いた魔石、工作セットの赤い絵の具と筆、彫刻刀。
隣には、聡介の要請に応えたディーザが控えている。
「さぁ、始めますか!」
「本当に、できるんですか?」
疑わしげなディーザに曖昧な笑みを返しつつ、聡介はエプロンのひよこを一撫でし、作業に取りかかった。
まずは、読み取った仕組みが正しいのかを確かめるため、簡単な図から試してみる。
木の板の上で淀みなく動いていた彫刻刀が止まった頃には、起点となる●から線が一本伸び、◯に【炎】の文字へと繋がる図が出来上がっていた。
指先でバリがないことを確かめると、小皿に絵の具を出し、魔石の粉末と混ぜる。均等に混ざったら、はみ出さないよう、かつ溝がしっかり埋まるよう、筆で丁寧に塗っていった。
出来上がったのは、木彫りの表札のようなものだった。
「ディーザさん、この手前の●の部分に、魔力を送ってもらえますか」
「いいですけど……こんな物で何が……」
そう愚痴りながらも、言われた通りに魔力を流すディーザ。次の瞬間、【炎】の文字から唐突に火が吹き出した。
ディーザがギョッと目を剥いて固まったのも束の間、木の板はまたたく間に炎に包まれていく。
「ディーザさん! 離してください!」
「は、はい!」
石畳に落ちた燃える板を、傍らに用意していたバケツの水で消火する。
「……ハッ! な、なんて危ないことをさせるんですか!」
「すいません、まさかこんな感じになるとは……」
そう言いつつも、聡介はすでに深く考え込み始めていた。
「魔石の顔料さえ塗ってしまえば、術式自体は起動できるんだな……。きっと『平』の字は安定のため──電気で言うと、コンデンサみたいに電圧を安定させる役割かな。とすると、あそこの矢印みたいな模様は、方向を指定するものか、魔力の逆流を防ぐものか、出力を抑えるものか……。──よし、今回は木の板だったから燃えちゃったけど、炉は石造りだから火には耐えられるはずだ。問題は、途切れた線をどう綺麗に修復するかだな……」
ブツブツと独り言を続けながら手を動かす聡介を、諦めにも似た表情でディーザが見つめていた。
「……本当に、規格外ですねこの方は。凄いんですけど、どこか抜けてると言うか……」
その呟きは、吹き抜ける風に流されて、誰の耳にも届かなかった。




