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【第三章開幕】異世界転移したおっさん保育士、子どもも大人も世界の歪みも、愛と受容でまるごと抱きしめる  作者: まどか
第三章:ひよこエプロンと、抗う露天街の子

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第72話:【古の回路と、燃える試作板】

「ディーザさん、今少しよろしいですか。これから船の魔法陣を見てみようと思うのですが、一緒に見てくれませんか」


「すまんなディーザ、ソウスケがなぜか朝から張り切っていてな……」


「昨日おっしゃっていたことですか……わかりました」


────────────────


ザガスたち漁師を見送った翌日、朝食を終えるとすぐ、聡介は船の魔法陣を検分しようと動き出した。一人では心もとないと思い立ち、こうしてイグニシアとディーザに声をかけて回っていたのだった。


三人は連れ立って桟橋へと向かう。生け簀では、年中組と年少組の子どもたちが、魚が跳ねるたびに歓声を上げていた。


近くの浅瀬でも、昨日漁師たちから貰った網を手に、魚を追いかけて遊ぶ子の姿がある。


「あっ、はねたよ!」「たくさんいるね〜」

「きれいな魚〜」「コハルウオって言うんだって」「食べられるかなぁ」


そんな声を背に聞きながら、ザガスから譲り受けた小船のもとへと歩く。


「ソウスケ、顔がニヤけているぞ」


「そうですか? 確かに今、子どもたちが楽しそうで、すごく嬉しいです」


「ソウスケさんらしいですね……」


言葉を交わしながら、三人は桟橋の端にたどり着いた。そこには、ゾルグたちが乗っていたのと同じ型の、小さな船が繋がれている。


「これなら、私でも操れそうだな……。ソウスケ、ちょっと乗ってきてもいいか」


「シアさん、本当に操舵が好きになりましたね……。ちょっと待ってください。できれば、後でお願いします」


ウキウキと船に乗り込もうとするイグニシアを何とか押しとどめ、まずは船を桟橋の上に引き上げてもらう。


聡介とディーザが支える横で、イグニシアは事もなげにそれをやってのけた。


「相変わらず凄い力ですね……」


「そうでもない。それで、裏返せばいいのか」


「あっ、はい。船底の裏に術式が刻んであるので……」


裏返った船底を、三人で覗き込む。


聡介はそこに刻まれた文様を、何の気なしに目で追った。


(……あれ)


読める。


要所に記された文字と、理科の授業で見た電気回路のような線。詳しい意味までは分からない。それでも、確かに読めてしまう自分がいた。


「……なにが書いてあるんだ、これは」


「分かるわけありませんよ……。これは古い書式です。今の職人たちも、精密に模倣しながら作っているくらいですから」


イグニシアの呟きに、ディーザが当然のことのように答える。だが聡介の目には、確かに「水」「壁」「平」「廻」といった文字が書いてあるように見えていた。


「あの……。僕、なんだか読めてしまうんですけど……」


「っ……!」


ディーザが息を呑んで固まった。ややあって、細く長く息を吐き出すと、いつもより早口で問い詰めてくる。


「どういうことですか。なぜリザードマン秘伝の術式が読めるんですか」


「ディーザさん、近い近い! 僕にも何がなんだか……」


「納得いきません」


「ディーザ、前にも言ったが諦めろ。この男ほど常識が通じない奴も、そうはおるまい」


イグニシアの執り成しに、ディーザは胡乱げな目を聡介に向けながらも、渋々と一歩引いた。


聡介自身、自覚のないままにこの状況を作り出している自分に、薄ら寒さを感じないでもなかった。


しかしそれ以上に、キーになりそうな魔法陣が読めたことへの高揚が勝っていた。


聡介はそっと視線を外し、話を変える。


「あの……。この模様は、どうやって描かれているんですか」


「……これですか? 魔石を粉にした物を使うそうです」


ディーザは憮然としながらも、きちんと答えてくれた。


「魔石を、粉に」


「ええ。魔力を帯びた石を細かく砕いて、それを顔料のように使うんです。魔力の通り道を作る要領だと思うんですが……」


聡介の脳裏に、あの虹色の輝きがよぎった。


「……ディーザさん。その魔石は、普通の魔石ですか?」


「えっ?」


ディーザが怪訝そうに聡介を見た。


「よくある普通の魔石ですよ。それが何か?」


「いえ……。それならばいいんです」


聡介は小さく息をついた。杞憂だったらしい。


(そうか。普通の魔石なら、問題ないんだ)


「本当に変な人ですね……」


ディーザは呆れたようにため息をついたが、それ以上は追及しなかった。


「シアさん、ディーザさん、ありがとうございました。色々と試してみます」


「ああ、何かあったらまた声をかけてくれ」


「危ないことは、しないでくださいね……」


そう言う二人のもとに、子どもたちが駆け寄ってくる。


「でぃーざせんせい、一緒にお魚みよ」


「シア先生、このお魚食べれるかな?」


二人は顔を見合わせ、それぞれの子どもに応じていった。


「ええ、行きましょうか。足元に気をつけてくださいね」


「どれ……ああコハルウオか。よし、何か作ってみようか」


そう言いながら、子どもたちと共に歩いていく。


聡介はエプロンのひよこを一撫でし、ポケットに話しかけた。


「僕たちも行こうか、ピヨすけ」


「ピョっ♪」


元気な鳴き声に背中を押されるようにして、聡介は昨日見た炉に向けて歩き出した。


────────────────


炉の中に、聡介は潜り込むようにしてじっくりと見ていった。ハケで煤を払い、懐中電灯で照らしてみる。すると、昨日は気づかなかったものが見えてきた。


船のものと比べると、随分とシンプルな術式だった。一番手前、手のひらを当てるための平らな石があり、そこには【蓄】の文字。そこから線が伸びている。


その線の途中には、壁の石と同化するように、表面に一本の線が彫られた丸い石の突起が埋め込まれていた。おそらくこれがスイッチの役割なのだろう。


その先には、◯の中に【平】の文字。そこから二股に分かれ、片方には【炎】、もう片方には【風】と刻まれている。その先で再び一つに束ねられ、ひと回り大きな◯の中に【放】の字が書かれていた。


ザガスが魔力を流しても反応しなかった理由も見えてきた。


丸い石のスイッチがオフになっているだけでなく、刻まれた溝には魔石顔料と思しきものの跡があったが、掠れたり剥げたりして、ところどころ途切れていたのだ。


そこまで見て取ると、聡介は身を起こし、独りごちた。


「取り敢えず、実験かな……」


「ピョ〜!」


肩に乗って鳴くピヨすけに笑みを返し、聡介は資材置き場へと歩き出した。


────────────────


炉の前の石畳に腰を下ろした聡介の前には、様々な道具が並んでいた。


木の板、砕いた魔石、工作セットの赤い絵の具と筆、彫刻刀。


隣には、聡介の要請に応えたディーザが控えている。


「さぁ、始めますか!」


「本当に、できるんですか?」


疑わしげなディーザに曖昧な笑みを返しつつ、聡介はエプロンのひよこを一撫でし、作業に取りかかった。


まずは、読み取った仕組みが正しいのかを確かめるため、簡単な図から試してみる。


木の板の上で淀みなく動いていた彫刻刀が止まった頃には、起点となる●から線が一本伸び、◯に【炎】の文字へと繋がる図が出来上がっていた。


指先でバリがないことを確かめると、小皿に絵の具を出し、魔石の粉末と混ぜる。均等に混ざったら、はみ出さないよう、かつ溝がしっかり埋まるよう、筆で丁寧に塗っていった。


出来上がったのは、木彫りの表札のようなものだった。


「ディーザさん、この手前の●の部分に、魔力を送ってもらえますか」


「いいですけど……こんな物で何が……」


そう愚痴りながらも、言われた通りに魔力を流すディーザ。次の瞬間、【炎】の文字から唐突に火が吹き出した。


ディーザがギョッと目を剥いて固まったのも束の間、木の板はまたたく間に炎に包まれていく。


「ディーザさん! 離してください!」


「は、はい!」


石畳に落ちた燃える板を、傍らに用意していたバケツの水で消火する。


「……ハッ! な、なんて危ないことをさせるんですか!」


「すいません、まさかこんな感じになるとは……」


そう言いつつも、聡介はすでに深く考え込み始めていた。


「魔石の顔料さえ塗ってしまえば、術式自体は起動できるんだな……。きっと『平』の字は安定のため──電気で言うと、コンデンサみたいに電圧を安定させる役割かな。とすると、あそこの矢印みたいな模様は、方向を指定するものか、魔力の逆流を防ぐものか、出力を抑えるものか……。──よし、今回は木の板だったから燃えちゃったけど、炉は石造りだから火には耐えられるはずだ。問題は、途切れた線をどう綺麗に修復するかだな……」


ブツブツと独り言を続けながら手を動かす聡介を、諦めにも似た表情でディーザが見つめていた。


「……本当に、規格外ですねこの方は。凄いんですけど、どこか抜けてると言うか……」


その呟きは、吹き抜ける風に流されて、誰の耳にも届かなかった。

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