第70話:【水面に架かる一日のキセキ】
穏やかに凪いだ水面が、朝日を反射してキラキラと輝いている。
その湖面を揺らしたのは、幾重にも連なる船の舳先だった。たつのこ園から一番近い桟橋に、次々と着けられていく。
元々は漁に使う船なのだろう。だが今日ばかりは、船腹という船腹に丸太や板材が所狭しと積み込まれていた。
「……これは」
出迎えに来た聡介が、思わず足を止めた。隣でイグニシアも眉を上げている。
その光景に目を白黒させていると、大柄な影がノッシノッシと歩いてきた。
「おう、ソウスケの旦那!資材持ってきたぜ、いったいどこに桟橋をおっ建てるつもりだ」
ザガスは今日も、朝から威勢のいい声をしていた。最初に出会った頃に比べて、随分と砕けたように感じるのは気のせいではないだろう。
「ザガスさん、おはようございます。こんなに沢山の資材……正直驚きました、本当によろしいんですか」
「なに、たかが桟橋一本分だ、構いやしねぇよ」
ザガスはそう言いながら、ニヤリと相好を崩した。
「俺が旦那に協力して桟橋を建てるから、資材をよこしやがれって言ったらよ。里長のやつ、目を剥いて驚きやがってな……小せぇ声で『あの喉撫でめ……』だとよ。何のことだかわかんねぇが、ガハハハ!」
堪えきれない、といった様子で笑い声を漏らすザガス。聡介はなんとなくで言葉のニュアンスを察しながら、心の中でそっと里長に頭を下げた。
「ありがとうございます。では、設営場所にご案内しますね」
「おう!おいオメェら、資材の水揚げすませとけ!手が空いたヤツは基礎になる丸太の杭から運んでこい!」
「「ウッス!!」」
ザガスの号令に、漁師たちがキビキビと動き出す。夜明け前から動いていたであろうに、このタフネスぶりだ。
「旦那、サザナミマス感動しました」
「母ちゃんに食わしたら腰抜かしてました」
隣を通り過ぎる若い漁師たちが、口々に声をかけてくる。聡介はその一人ひとりに笑顔を返しながら、ザガスにどやされて散っていく面々を眩しく見つめ、歩き出した。
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桟橋は、たつのこ園の真横に作ることになった。龍の聖堂とは逆側、ちょうど宿坊の隣になるように、石畳と繋がりを持たせながら湖へと伸ばしていく形だ。
「まぁ、俺たちに任しときな!」
道すがら、ザガスは気軽にそう言った。水辺での作業に慣れたリザードマンにとっては、さほど難しい仕事でもないらしい。
その横で、聡介は考えを巡らせていた。
(ザガスさんたちの工法も悪くないけど、どうせなら手早く頑丈に作りたいな……昔動画で見た、木の楔でホゾを広げるやり方と、おもちゃの電車のレールみたいに継ぎ合わせる方法と……)
ある程度、頭の中で仕組みが固まった。
「ザガスさん、ちょっと試したいことがあるんですけど、付き合ってもらえますか」
「ん?何をしようってんだ」
聡介が思いついたことを詳しく話していくと、ザガスは腕を組んで唸った。
「何言ってるか半分ぐれえ分からねぇが、まぁいい。ソウスケの旦那のことだ、また面白れぇことだろ。いいぜ、乗ってやるよ」
そうこうしているうちに、次々と資材が運び込まれてきた。
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聡介はまず、運び込まれた資材の中から梁になる部分の長さを目測した。
「杭の間隔は、この梁ギリギリじゃなくて三分の一くらい余裕を持たせてください」
そう頼むと、自らも早速加工に入る。
床板材の幅に合わせて、梁の横面に溝を掘っていく。さらに、梁同士をつなぎ合わせるための継ぎ目の凹凸も刻んでいった。
上から圧力がかかっても外れないよう、受けの梁に次の梁を上からはめ込む造りだ。
お散歩バッグから取り出した工作セットを携えた聡介は、今日も驚異的な速さで仕事をこなしていく。あっという間に溝ができ、継ぎ目が完成した。
面白そうに眺めていたザガスは、その手際とスピードに目を見開く。はっと我に返ったザガスが、慌てて漁師たちに発破をかけた。
「おいオメェら!ソウスケの旦那に負けんじゃぁねぇぞ!!気合入れてけ!」
「「ウッス!!」」
漁師たちがチームに分かれて動き出す様子は、聡介の想像を超えていた。
何人かが湖に潜り、水中から合図を送る。それを受けて船上の数名が魔法を行使すると、水面にぽっかりと四角い穴が開いた。
「水壁の魔法だ。底まで水を避けてある。よし、杭打ち始め!」
穴の縁に立ち上がった二人がかりで杭を突き刺す。片方が支え、もう片方が強靭な尻尾を振るって打ち込んでいく。
ドカーン、ドカーンと重機のような音が響いたと思えば、あっという間に一本目の杭が立っていた。
同じ要領で、次々と杭が水上に並んでいく。魔法を使う者たちが穴を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返し、木材を物差し代わりにして等間隔に杭を打ち込んでいった。
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梁の加工を終えた聡介は、杭の間隔をロープで測ってもらい、その通りにホゾ穴を空けていく。逆台形の、いわゆる割り楔ホゾだ。
一通り空け終えたところで、聡介はふと思いついたことを口にした。
「あの、さっきの水壁って、水中じゃなくて水面に作ったら、その上を歩けるようになりませんか?」
「なに? ……ちょっと待て」
ザガスがしばし考え込み、それから声を張った。
「できる、と思うぞ。物は試しだ、おいオメェら!旦那の注文だ、しっかり答えやがれ!」
魔法を扱う漁師たちが水面に合わせて水壁を張ると、聡介の想像した通りの足場が出来上がった。
「おぉ……なんだこれは。こんな事、思いつきもしなかったぜ」
呆然とするザガスを尻目に、聡介は素早く作業に移る。
動かなくなった水面を足場にして、高さを揃えながら杭頭にスリット入りのホゾを刻んでいった。水面から五十センチほど。荷揚げにもちょうど良い高さだ。
ノコギリとノミが動くたびに木屑が舞い、次々と杭頭が整っていく。
たつのこ園のテラスからは、イグニシア、ディーザ、エルマ、ライク、ドラン、そしてチビたちが、その様子をじっと見つめていた。
「あいつはまた……」
イグニシアが呆れたように呟く。だがその口元には、隠しきれない誇らしさが滲んでいた。
「あはは、先生がまた変なことしてる!」
ドランが面白そうに身を乗り出す。エルマとライクは、開いた口が塞がらない様子だった。
「そうなりますよね……」ディーザが独りごちる。
「ソウスケさんの行動には、すぐに慣れるそうですよ。私はまだ、慣れそうにありませんが」
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「並べてある順番通りに、梁を杭に渡してください。途中の穴に、ちょうど杭がはまると思うので」
疑問符を浮かべながらも、漁師たちは言われた通りに梁を担ぎ上げていく。最初の杭四本に梁が乗ると、ホゾとホゾ穴は狂いなくぴたりと収まった。
聡介は余った木片から三角形の楔を切り出し、杭頭のスリットに叩き込んでいく。
割り広げられたホゾが穴と噛み合い、持ち上げようとしてもびくともしない梁が出来上がった。
「次は梁の横溝に、床板をはめ込みます。横から滑らせるように」
ぞろぞろと床板を担いだ漁師たちが動き、沖に向かって平行に伸びた梁の間へ、溝を滑らせるように差し込んでいく。
一連の流れを掴んだ面々は、次々と作業を進め、桟橋の最初の一区画が姿を現した。
「先ほどと同じ工程を、あとは繰り返すだけです」
額の汗を拭いながらそう伝えたところで、エルマの声が届いた。
「ソウスケさん、皆さん!そろそろお昼にしませんか!」
「わかりました!ありがとうエルマちゃん!」
ふと空を見上げると、太陽はとうに頂点を過ぎていた。聡介は肩の力を抜き、ザガスを誘って、たつのこ園へと歩き出した。
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昼食後の作業は、さらにスムーズだった。
杭に梁を通し、楔で固定し、余った部分を切り落とし、床板をはめ込む。
その繰り返しに手が慣れていくにつれ、作業のスピードは目に見えて上がっていった。
魔法も力仕事もローテーションで途切れることなく、ザガスの采配も的確だった。
日が落ちる頃には、新バザールの石の大桟橋にも負けない、頑丈で温もりのある木の桟橋が出来上がっていた。
出来上がったばかりの桟橋を、聡介は少し離れた場所からそっと見上げた。
「ソウスケの旦那、あんたやっぱりスゲェよ。これほどの桟橋を一日で作り上げちまうたぁ……かかぁに言っても与太だと笑われるだろうな」
「僕だけの力じゃありませんよ。皆さんの魔法や力仕事あってのものです。本当にありがとうございました」
「いや、いい経験させてもらったぜ。明日は生け簀づくりだな」
「はい、よろしくお願いします」
「よし、わかった。任せとけ!おいオメェら、今日は上がりだ、ご苦労だった!」
「「ウッス!!」」
ぞろぞろと引き上げていく漁師たちの背に、聡介は深く頭を下げた。
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夕食は、園の前の石畳にテーブルを並べて皆で囲んだ。
サザナミマスの調理に、サップが湿地帯や湖で採ってきた食材を合わせた料理が並ぶ。イグニシアとエルマがしっかりと腕を振るった食卓は、大好評だった。
もちろん、昨日仕込んだ出汁粉末で作った即席スープと、サザナミマスフレークも、ザガスに試食してもらうことを忘れなかった。
一口啜ったザガスの動きが、ぴたりと止まる。
そして次の瞬間――。
「なんだこれは〜〜!!」
二度目の絶叫が、大湖水の夜空に響き渡った。




