第68話:【嵐の如き来訪】
「俺たちを呼びつけるとは良い度胸だ……。大したことじゃなけりゃ、ただじゃおかねぇからな!!」
「ソウスケさん……すんませんッス……」
────────────────
その日は穏やかに始まった。ここしばらく晴れが続いているせいか、爽やかな風が吹いている。
昨日の夕食の満足感の余韻がまだ残っているような雰囲気の中、皆の様子を温かく見守っていた昼下がりの聡介の耳に、大きな声が飛び込んできた。
「おうおう!どこにいやがるんだ!!」
「頭領!もう少し静かにするッス、子どもたちがいるんッスよ」
「うるせぇ、ガタガタ言うなこのスットコドッコイ!」
「あいてっ」
その声を皮切りに、ドヤドヤという気配が近付いてきた。聡介が玄関に赴き、外に出ると、そこには鱗の壁があった。
頭領のザガスを先頭に、リザードマンの漁師たちが幾人も石畳の上に立っていた。
────────────────
サップを横に引き連れたザガスは、聡介の顔を見るなり、まくし立てた。
所々でサップから話を聞くに、どうやら早とちりをして勘違いをしているようだ。
サザナミマスを劇的に美味くする方法と、聡介たちが桟橋を作りたいという希望を結びつけ、聡介が情報と引き換えに桟橋を作れと呼びつけたと思っているようだった。
「ほんと……頭領は思い込みが激しいッス……こう!って思うとテコでも動かないッス……」
ゲンコツを落とされた頭を擦りながら、涙目でサップが愚痴を言った。
「サップさん、すみませんでした、ありがとうございます」
「俺はちゃんと説明したッスよ!」
なおも言い募るサップを遮るように、荒声が響く。
「それで、サザナミマスで俺たちを驚かせてくれるそうじゃねぇか。漁師相手に良い度胸だ、当たり前のこというようだったら、ただじゃおかねぇからな!」
「頭領、それはさっきもうやったッス」
「うるせぇ!」
「あいたっ」
────────────────
そんなやり取りをほほえましく見る暇もなく、一同はたつのこ園の中に入る。調理場は全員が入るには狭すぎるので、頭領とサップのみ入ってもらった。
「それでは、サザナミマスの処理を始めます」
聡介の声で、サップとイグニシアとエルマが下処理を始める。子どもたちの相手は、漁師たちとディーザに任せてきた。
隣の方から「おい、引っ張るんじゃねぇ!」「なんだ、俺の鱗が珍しいのか?」といった声が聞こえてくる。
「みんな、おとなしく遊ぶのよ」
少し手慣れたディーザが、上手く場を作っているようだった。
────────────────
昨日散々試行錯誤したお陰か、下処理の手際は随分とスムーズになっている。
「お前さんは何にもしないのか」
「えぇ、僕は調理にはあまり向いていないのが、最近分かってきたもので……」
「はんっ、そんなんで大丈夫なのかよ」
そう軽口を叩きつつも、頭領の目は下処理の様子に釘付けだった。
────────────────
「細かい理屈は後でお話しします。まずは実際に食べてみてください」
出来上がったシンプルな焼き魚を前に、聡介はそう言った。
「……こんな下魚になんつう手間を掛けてんだ、これが何になるってんだよ」
そう言うザガスは、愚痴っぽいその口に魚を運んだ。そして例のごとく、その途端にザガスの動きが止まった。
しばらく無言の後、ワナワナと体を震わせ始める。
「と、頭領。ど、どうッスか?」
「ザガスさん、大丈夫ですか?」
尋ねる聡介たちに対し、ザガスはあらん限りに叫んだ。
「なんだこれは!!ぜんっぜん泥臭くねえ!!これ、本当にサザナミマスなのか!?」
「あっ、頭領。それ昨日俺がもう言ったッス」
「だからうるせぇっつってるだろ!お前はいつもひと言多いんだよ!」
「すんませんッス!すんませんッス!」
────────────────
ドタバタが一段落すると、ザガスは真剣な表情で尋ねてきた。
「真面目な話、これはどうなってるんだ」
「はい、それは……」
聡介は昨日サップにしたように、ザガスにも下処理の理屈を説明する。
その理屈には半信半疑の様子であったが、実際に美味しく食べられるようになったサザナミマスの存在が、聡介の語る理屈に真実味を与えていた。
「つまりなんだ、ワタと血とをしっかり除くことで泥臭さが消えるってことか」
「はい。僕も専門家ではないので、これくらいの説明がやっとですが……」
「いや十分だ。実際にサザナミマスとは思えねぇほど美味くなってるしな……」
早くかかぁにも食べさせねぇと、そんな小さな呟きが聡介の耳に届いた。
それに言及する間もなく、ザガスは行動に移る。
「俺もやってみる、サップ教えやがれ!あと、待ってるあいつらにも食わす。姉ちゃんたち、もう少し捌いてくんねぇか」
そう言うと、ザガスはナイフを手に取り作業を始めた。やいのやいのと言いながらも、部下の教えを聞き入れながら魚を扱う、その鱗に覆われたゴツくて大きな手は、長年の経験が染み付いているように滑らかで迷いがなかった。
────────────────
出来上がった焼き魚を食べた漁師の面々は、皆サップやザガスと同様に驚きに満ちた表情をしていた。
それを満足気に見つめながら、ザガスは聡介に語りかける。
「……オメェさん、いったい何者だ?なぜこんな事を知ってやがる」
「ただの保育士ですよ。知識は、元いた場所でたまたま知り得ただけのことなんです」
「まさか、他にもなにか知ってるんじゃねぇだろうな」
「ええ……試してみないとわかりませんが、後いくつかお伝えできることがあると思います」
「…………よし」
そう言うと、ザガスは部下の漁師たちに向かって声を張り上げた。
「おいっオメェら!ソウスケ……いやソウスケの旦那の願いは出来るだけ無碍にすんじゃねぇぞ!!」
そう言って睨みを利かすように一拍置いたあと、さらに声を大きく宣言した。
「明日からは暫く漁は休みだ!気合い入れて桟橋作るぞ!!」
「「ウッス!!」」
「あとサップ!オメェは暫くここの専属だ、しっかり励みやがれ!」
「了解ッス頭領!任せてくださいッス!」
ザガスの熱意に漁師たちが盛り上がる。聡介は、トントンと決まっていく展開に少し乗り遅れながらも、しっかり頭を下げた。
「ザガスさん、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
「おうよソウスケの旦那、何かあれば言ってくれや」
そう言い残すと、ザガスたちは嵐のように去っていった。
その背中に、子どもたちが大きく手を振っていた。




