第66話:【サザナミマスの真価】
「いやー、お疲れ様ッス!何とかなったッスね!」
「ええ、おかげさまで。サップくん、お疲れのところ申し訳ありませんが、この後もお時間いただけますか?」
「もちろん大丈夫ッス!何でも聞いてくださいッス!」
「ありがとうございます。ではまず……」
聡介は予定通り、サザナミマスの締め方、捌き方、保存のための処理の方法を順に尋ねていった。
サップはそれを聞いて、あっけらかんと答える。
「捌き方って言っても、美味くもない下魚ッスよ。頭落として腹わた取って開いて焼く、それ以外にすることないッスよ」
「強いて言えば、水笹の葉やハッカニガナの葉で包むくらいッスかねぇ。けど普段はサザナミマスにそんな事しないッスけど」
こんな感じッス、と言いながらサップが捌いていく。それを焼いて食べてみる一行。
「………泥臭いね」
「小骨がチクチクする」
「これは……少し厳しくないか」
口々に感想を言い合う面々を尻目に、聡介は一口食べた後、考えに浸っていた。
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(確かに泥臭くて小骨が多い。でも、こういう魚って処理をきちんとすれば美味しくなるんじゃなかったっけ)
今となっては懐かしい、日本での記憶が頭を巡る。
(確かあの寿司屋の漫画では……)
サブカルチャーに傾倒していた頃の記憶が、ある正解へとたどり着く。
「サップくん、今から僕が言うように処理してくれないかな」
「急に一体どうしたんッスか?まぁ、いいッスけど……」
聡介は記憶をたどりながら、お散歩バッグから道具を取り出していく。
(確か、活け締めにした後血抜きをして、エラや内臓と一緒に血合いも取り除くんだったっけ……。これと、後これもだな)
道具を用意した聡介は、サップに指示を飛ばした。
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「サップくん、まずこの道具で目の後ろ、エラの上あたりを一突きにしてくれるかな」
「こんな下魚に一体何するつもりッスか」
ブツブツと言いながらも、サップは作業に移った。初めての作業にも関わらず、普段から魚を扱っているためか、その手つきは危なげない。
千枚通しで一突きすると、サップが驚いて声を上げた。
「えっ、魚が、動かなくなったッス」
「サップくん、驚くのは後だ。ここからは手際の勝負だよ」
聡介の真剣な様子に、サップの表情も自然と引き締まった。
「はいッス!」
威勢よく返事をして、次の指示を待つ。
「次はエラと尻尾の付け根、このあたりにナイフで切り込みを入れてくれるかい」
「こうッスか」
サップが刃を入れると、勢いよく血が噴き出した。
「次は水に晒して、暫く待つよ」
聡介は湖の水を張った桶を指し示した。サップがそこにサザナミマスを入れると、水が血で濁り始める。
「本当は広い水場でしたほうがいいんだけど、試しだからね」
血の抜け具合を確認する聡介の様子を、面々が不思議そうに見つめていた。
「ソウスケさんは、いったい何をしているのですか」
「わからん。ただ、あいつが妙な知識を持っているのは今に始まったことじゃない。まぁ、今回も何か思いついたんだろう」
エルマとイグニシアがそんな言葉を交わしながら見守る中、血が抜けきったサザナミマスを聡介が桶から引き上げた。
「よし、じゃあ頭を落として腹を開いてくれるかい」
聡介の指示に、サップが黙々と従う。
「次はエラと内臓を取り出して、完全に開いて」
腹から開かれたサザナミマスに対し、聡介は使い捨て歯ブラシを取り出した。
「あっ、それ先生が歯を磨いてるやつ」とドランが驚く。
「そうだよ」
聡介はそう言いながら、背骨に沿った血合いの膜に切れ込みを入れて、歯ブラシで掻き出し始めた。しばらく作業を続けた後、水で洗ったその身は、真っ白で綺麗になっていた。
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「よし、こんな感じだね。焼いて食べてみよう」
聡介から受け取ったサザナミマスを、イグニシアが焼いていく。出来上がった焼き魚を前に、一同は怪訝な様子だった。
「さぁ、みんな食べてみて。たぶん美味しくなってると思うから」
そう言う聡介に対し、特に訝しげな様子のサップが言った。
「本当ッスか、こんな手間暇の掛け方なんて聞いたことないッス」
言いながら身をほぐして口に運ぶ。途端、サップの動きが止まった。
しばらく無言の後、ワナワナと体を震わせ始める。
「お、おい大丈夫なのか」
「えっと、サップくん、どうしましたか」
慌てる聡介たちに対し、サップはあらん限りに叫んだ。
「なんッスかこれ!!ぜんっぜん泥臭くないッス!!えっ、マジで。これ、同じ魚ッスよね」
その様子に、ほかの面々も次々と口にする。
「えっ、嘘……。信じられない……」
「ムッ、本当だ。泥臭さが……ない」
「小骨はチクチクするけどホクホクしておいしー」
「先ほどと同じ魚だとは思えません……」
そんな面々の様子に釣られたのか、いつの間にかピヨすけがテーブルの端にトコトコとやってきていた。
聡介はそれぞれのリアクションを聞きながら、自分も一口食べてみた。思った通り、泥臭さが抜けていた。改めて、現代漫画の知識に感謝する聡介だった。
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「ソウスケさん!なんでなんッスか、教えて欲しいッス!!」
詰め寄るサップに、聡介はやったことの理屈を伝えていく。
足が早い魚は暴れると身が傷んで風味が悪くなること。そのため脳を一突きにして締めることで、暴れることを防ぐこと。暫く動く心臓を利用して手早く血抜きをすることと、エラや内臓と共に血合いを丁寧に取ることは、臭みの原因である血液を身に残さないために大切であること。
これらを聞いたサップは、目から鱗が落ちたような顔をしていた。
「はぁ~っ……ソウスケさんって、凄いんッスね……。こんな事、頭領でも知らないッスよ」
「たまたま知ってただけだよ。僕自身はまともに魚を捌いたことなんてないし、サップくんの手際あってのことだよ」
そう言う聡介を見ながら、サップは思案気な顔で尋ねた。
「あの、ソウスケさん……。これって頭領や漁師仲間にも教えていいッスか」
不安げに問うサップに、にこやかに笑いかけながら聡介は答える。
「もちろんだよ。こんな事でよければ、皆に教えてあげて」
「あ、ありがとうございますッス!」
心底嬉しそうにするサップ。
「このご恩は忘れないッス!こうなったら、とことんソウスケさんたちに協力する所存ッス!」
そう宣言するサップは、やる気に満ち溢れているように見えた。
「ありがとう、頼りにしてるよ」
「任せて欲しいッス!」
テーブルの上では、残った焼き魚を啄んで満足そうな様子のピヨすけが、機嫌良さそうに鳴いていた。




