第64話:【静寂の船内と賑やかな訪問者】
話し合いを終えると、聡介たちは里長に挨拶を済ませ、早々に船へ向かった。すでにゾルグとザインが待っていた。
「よぉ、ソウスケの兄ちゃん。話はうまくいったかい」
「ザインさん、お陰様で色々と収穫がありました」
「そいつぁよかった。よし、じゃあ早く船に乗りな。うちの大将がまた辛気臭い面してやがるもんだから、息が詰まっちまうぜ」
ザインがチラリとゾルグを見た。いつもなら鋭い一睨みか怒声が返ってくるところだが、ゾルグは何かに考え込んでいる様子で、反応しなかった。
「ちっ、調子狂うぜ全く」
「あの、ザインさん。今回は僕だけゾルグさんの船に乗ってもいいですか」
「どうしたんだい、あんたまで……。まぁ別にかまわねぇよ。さっ、早く乗った乗った」
各自、船に乗り込んでいく。イグニシアはすでに当たり前のように舵柄を握ろうとしていた。ドランも特に気にせず、クリムを抱いてその後ろに続いた。聡介はゾルグの隣に腰を下ろす。
「よし!出航だ!」
ザインの掛け声で、二艘の船が湿原を走り出した。
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しばらく、無言の時間が続いた。
リザードマン特製の小型船は、相変わらずモーターボートのように湿原の風を切っている。聡介が考え事をしながら景色を眺めていると、隣のゾルグがポツリと呟いた。
「あいつらは……相変わらずだったか」
「えぇ。初めてお会いしましたけど、職人気質で情の深いザガスさんと、刃に衣着せぬ物言いでサッパリした気風のベラさん。とても素敵なご夫婦ですね」
「……何か言っていたか」
「俺たちは漁に命を懸けていると、そして、子どもが腹をすかしているのは可哀そうだと言ってくださいました」
「……ふっ、それだけじゃなかろうに」
聡介は少し言葉を選んだ。
「……ゾルグさんの思いは、あまり伝わってはいなさそうでした。ベラさんはわかっていそうな気がしますが」
いきり立ちそうなザガスを止めた時のベラ…。あれは、ある程度ゾルグの心情を察知していそうな様子だったような気がした。
「ザガスはな……あいつは頑固だから、俺のことを許しはしまい」
「ゾルグさん、以前も言いましたが、時間をかけてできた溝は、時間をかけて埋めればいいんですよ。きっと分かり合える日が来ます」
「……」
そのやりとりを境に、また沈黙が続いた。
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聡介は再び思考の海に沈んだ。クリムのこと、バザールのこと、これからの食料のこと。考えることはいくらでもあった。
そんな中、ベラとの会話で気になったことを思い出す。
「あの、ゾルグさん、少しいいですか」
「……なんだ」
「ベラさんと話している時に、何かを言いかけていたんです。ちょうどゾルグさんがいらして、途中までになってしまったんですが」
「悪かったな」
「いえいえ、そういうつもりじゃなくて……。魚の話をしている時に、確か『今年あたりにはそろそろ』と仰っていたんです。それが少し気になりまして、ゾルグさんは何かご存じありませんか」
ゾルグはしばらく思案する様子を見せた。それから口を開いた。
「それは恐らく、ハクレイギョのことだろうな」
「ハクレイギョ、ですか」
「あぁ。十数年に一度、大湖水に現れる化け物みたいな魚だ。普段は大湖水深くに潜っている」
「それが今年あたりに出ると……」
「俺は漁師じゃないからな。詳しくは分からん」
ゾルグは湿地帯を見つめながら続けた。
「だが、以前奴が出た時はバザールが出来る前だった。リザードマンだけでなく、他の種族の漁師たちとも協力して漁をしたらしい」
「らしい、ということは……」
「前回は逃げられたんだろうよ」
「そう、ですか……。教えていただきありがとうございます」
「確たる話じゃないぞ」
「それでもです。スッキリしました」
聡介は頭を下げて、また考え始めた。
ゾルグはそんな聡介を一瞥すると、自分もまた静かに湿原を見つめ始めた。元々寡黙な男にとって、その沈黙はどこか心地が良かった。
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船がバザールに着いたのは、夜になってからだった。
進む間に日は落ちたが、月が出ていたことと、ある程度バザールに近かったため、そのまま走り続けた。
ゾルグたちはグラムの宿に泊まることになり、礼を言った聡介はそのままたつのこ園へ向かった。子どもたちの就寝を確認した後、ディーザとドラン、エルマに事の経緯を話し、軽く身を清めると、そのまま眠りについた。
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翌朝は、気持ちのいい晴れの日だった。
朝食と年長組の送り出しを終え、年中組をドランに任せた聡介は、年少組の遊ぶ様子を見守りながら、ディーザ、イグニシア、エルマとサザナミマスの加工について話し合っていた。
「サザナミマスですか……食料が増えるのはありがたいですが、何とも難しいですね」
ディーザが思案顔で呟く。
「そんなに扱いが難しい魚なんですか」
「いえ、調理するだけなら簡単です。ただ、ザガスさんが仰った通り、泥臭さと小骨を何とかしないと、あまり美味しくは食べられないんです」
イグニシアが頷いた。
「とにかく、一通りの調理方法を試してみるしかないな。焼く、蒸す、干す、燻す。何かうまい方法が見つかるかもしれない」
「私もお手伝いさせてください!なんだかワクワクしますね」
本格的な取り組みを前に、エルマは目を輝かせていた。
「シアさん、エルマさん。よろしくお願いします。僕も何かアイディアがあったらお伝えしますので」
「期待せずに待っていよう」
「シアさん、酷くないですか?調理はイマイチですが、知識はちゃんとあるんですよ」
「どうだか……」
珍しい二人のやりとりに、ディーザとエルマが顔を見合わせて笑った。
その時、たつのこ園の玄関から威勢のいい声が響いた。
「ちわーッス!サザナミマスをお届けにあがりましたー!どなたかいませんかー!」
その声に、全員が目を丸くして顔を見合わせる。聡介は咄嗟に大きな声で返事をした。
「はーい!いま行きまーす!」
それから、その場のメンバーを見回した。
「いきましょうか」
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玄関には、細身だが引き締まった体躯のリザードマンの男が立っていた。声の感じからして、まだ若いようだ。
「あっ、こんちわッス。頭領に言われて、サザナミマスを届けにきたッス」
「あぁ、どうもありがとう。わざわざすまなかったね。えっと……」
「ああっ、名乗り遅れたッス。俺の名前はサップ、以後よろしくッス!」
随分とフランクな喋り方と様子に驚いていた聡介だったが、軽薄な印象ではなく、軽やかさを感じるサップに好感を抱いた。
「サップくんですね。僕は別俣聡介、ここの園長をしています。こちらは事務を担当してくれているディーザさんに、調理を担当してくれるイグニシアさんとエルマさんです」
「ソウスケさんに、ディーザさん、イグニシアさんにエルマさんッスね!覚えたッス!よろしくッス!」
サップの勢いに押されつつも、それぞれが挨拶を交わしていく。
一段落ついたところで、サップが切り出した。
「ところで、魚はどこに運べばいいッスか?近くの桟橋に船でつけてるんッスけど」
聡介は一瞬思案して答える。
「そうだね、魚たちはどんな状態なんだい」
「生きたまま魚を運ぶ特別な船なんで、元気に泳ぎ回ってるッスよ!一度見に行ってみるッスか」
「それじゃお願いできるかな」
「了解ッス!」
サップは快く了承すると、口調と同じく軽い足取りで歩き出していった。




