第61話:【龍の気配】
「いってらっしゃい、お気をつけて」
「あんまり長居すんなよ」
「里長によろしくお伝えください」
たつのこ園の面々が、それぞれ声をかけてくる。
「ディーザさん、急な話でしたから宿坊の件は僕が直接里長さんにお話させて貰いますね」
そう言う聡介に、申し訳なさそうな顔をしながらディーサが返す。
「すいません、本来ならば私がちゃんと伝えるべきなのに…」
「いいんですよ。それよりもたつのこ園に残ってもらうことのほうが重要ですから」
そう告げると隣の二人にも声をかける。
「エルマちゃん、ライクくん、園が始まったばかりで留守にしてごめんね。すぐに帰ってくるつもりではあるけど、皆をよろしく」
エルマが小声で寄ってきた。
「あの、ソウスケさん。ライクとディーザさん、何かあったんですか。なんとなく想像はつきますけど」
「その想像で合っていると思います。暫くは温かく見守ってあげてください」
「聞こえてるぞ!余計なこと言ってんじゃねぇよ!」
振り返ると、ライクが目を吊り上げて怒鳴っていた。その隣でディーザが明後日の方向を向いている。二人とも、顔が赤い。
「これは……なるほどです。そっとしておきますね」
どこか生暖かい視線で二人を見るエルマに「よろしくお願いします」と聡介が応じる。
「だから、聞こえてるって言ってるだろ!」
聡介は苦笑しながらイグニシアとドランに向き直った。
「シアさん、ドランくん、急にすいません。準備は大丈夫ですか」
「問題ない」
「大丈夫だよ!クリムもちゃんといるし」
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たつのこ園の面々に見送られ、一行は旧バザールの足場を進んだ。
「里長さん、何の用なのかな」
「分からん。ただ、何があっても心配するな。私がついている」
「シア、ありがとう」
後ろからドランとイグニシアのやりとりが聞こえてくる。聡介は少し前を歩きながら、先ほどのことを思い出して苦笑した。
出発の話をした時、イグニシアは即座に「私も行くぞ、ドランを守らねばならんからな」と言い切った。
その口ぶりは頼もしかったが、よく見ると年少組のことをちらちらと気にしていた。またあの波に飲まれることになるのではと、内心では腰が引けていたのだろう。
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グラムの宿に着くと、ゾルグはすでに船のそばに立っていた。挨拶も早々に、桟橋へと歩き出す。
船には仲間たちとともに、見知った顔があった。
「よう、ソウスケの兄ちゃん、久しぶりだな」
「お久しぶりです、ザインさん」
「ところで、俺らの大将、なんかあったか。一回膨らんで萎んじまったヌマガエルみたいな面してやがるぜ」
ゾルグがギロリと振り返った。
「おぉ怖い。またあとで聞かせてくれや」
ザインは肩をすくめながら、一行を船に招き入れた。今回はゾルグの船とザインの船の二手に分かれる。聡介たちはザインの船に乗り込んだ。
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出発してほどなく、イグニシアが操舵を申し出た。久しぶりではあったが、その手には迷いがなかった。
船が湿地帯を滑るように進む中、手持ち無沙汰にしていたザインが聡介の隣に腰を下ろした。
「で、ほんとうに何があったんだ」
聡介はバザールでの日々を話した。養護院を開いたこと、ライクとエルマのこと、旧バザールの人たちのこと。そして今朝の、ゾルグとライクとディーザのやりとりについても。
ザインは最初、「やっぱりお前さんは変な奴だな」と面白そうに聞いていた。
だが、親子三人の話に差しかかると、その表情が変わった。
「……実はな」
ザインが、少し間を置いて言った。
「ライクをバザールに送り届けたのは、俺なんだ」
「えっ」
「当時俺はゾルグについてあちこちを飛びまわっていた。シーヴァの死の真相を突き止めるために、かなり無茶をやらかしていた頃だ。ディーザとライクのことも知ってたが、俺にできることなんざありゃしなかった」
湿地帯の風が、船の舳先を撫でた。
「ある日、久々に里に帰った時に、ライクから頼まれたんだ。バザールに連れて行ってくれ、ってな。俺も迷ったんだがよ、男の目をして頼み込んでくるのを袖にはできなかった。あいつも俺も誰にも言わない、そんな約束をして……まだ子どものライクを、頼まれたまま世間に放り出したんだ」
ザインは立ち上がり、舳先の方へ歩いていった。
「そうか、あいつはそんな風に生きてきたんだな。すっかりいい男になりやがって……まるでゾルグの若い頃みてぇだ」
その横顔は、いつもの快活な彼とは違った。物憂げだったが、どこか肩の荷が降りたような表情でもあった。
それから、饒舌な彼には珍しく、ずっと静かだった。
聡介はあえて話しかけなかった。ただ、揺れる水面を眺めながら、静かに物思いに耽った。
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何度かの休憩を挟みながら、一行はリザードマンの集落へとたどり着いた。
夕暮れ時の橙色が水面を染める中、船が桟橋に着いた。降り立つと、湿った土と草の匂いが鼻をついた。
前回と同じ広間に通されると、里長が待ち構えていた。
「ご無沙汰しております。今回は龍玉のことでお呼びと聞きましたが」
聡介が挨拶とともに単刀直入に切り出すと、里長は以前と変わらぬ鋭い目元のまま、手を上げた。
「まぁそう焦るでない。話は聞き及んでおるが、わしにも直接話を聞かせるがよい」
それからゾルグたちに目を向け、「お前たちは下がっていろ」と手を振った。
ゾルグは答えず、去り際に聡介だけを見て「終わったらまた声をかけに来い」と言い残した。
広い広間に、里長と聡介、イグニシア、ドランだけが残った。
「さて、何から聞いたものやら」
周囲の視線がなくなったからか、里長の目元がわずかに和らいだ。
「それでは、私たちがバザールに行った日から順にお話しします」
聡介は竜の聖堂での出来事から話し始めた。バザールでの日々、ディーザとライクのこと。そしてたつのこ園のこと。
「龍の聖堂の宿坊を、お借りして養護院を開きました。ディーザさんに背中を押してもらったとはいえ、事後承諾の様な形になり申し訳ございません。」
聡介はそう言うと深々と頭を下げる。
「たつのこ園と名付けました。どうかこのまま、宿坊を我々にお貸し頂けないでしょうか。決してぞんざいに扱うことはいたしませんので」
里長は最後まで口を挟まず、じっと長い時間をかけて聞いた。それから、深くため息をついた。
「龍玉の輝きが戻ったことといい、お主たちが現れたことで起こったことといい……これはやはり、龍の導きがあるやもしれん」
独り言のようにそう言うと、里長は聡介の問には答えず、ドランの方へ視線を向けた。
「小僧、少しこちらに来てくれやしまいか。その細工物も共にな」
ドランが聡介を見た。聡介は小さく頷いた。
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おずおずと里長の前に進むドラン。腕にはクリムが抱きしめられている。
イグニシアが緊張するのが、気配で分かった。
里長はドランを自身の前に座らせると、目を閉じて、静かに手をかざした。
「あっ」
ドランが声を漏らした。その腕がクリムの柔らかい縫いぐるみの身体に沈む。
「クリムが……またあったかくなってきた」
聡介とイグニシアが顔を見合わせた。里長はその姿のまま動かない。沈黙の中、時だけが流れていく。
やがて、里長がゆっくりと力を抜いた。
「もうよい。ご苦労だったな、下がってかまわん」
訳の分からない様子でドランが戻ってくる。
「あの、それで何をされていたんでしょうか」聡介が口を開いた。
「我が一族は、代々龍を祀る司祭の家系であった。わしも昔はその役目を全うしておったのだ。今でも、龍の気配を探ることくらいはできる」
「と、言いますと」
「その小僧の持つ細工物……いや形代と呼ぶべきか。それから微かだが、ハッキリと龍の気配を感じる。何か、心当たりはあるか」
聡介の脳裏に、あの日の光景が蘇った。真紅の火線、巨大な体躯、そして暴走の果てに眠りについた姿。
一行と対峙した真紅の暴君のことを、里長に伝えた。
里長は天を仰いだ。その声が、わずかに震えていた。
「なぜその様な形代に身をやつしているかは分からんが……それは紛れもなく龍じゃ。ドラゴンなんぞではない」
クリムを龍の形代と呼ぶ里長の言葉に、聡介はどこか腑に落ちる感覚を覚える。
ドランはというと「かたしろ…龍……」と、まだピンときていないように呟いていた。
イグニシアだけが表情を強張らせ、奥歯を噛みしめた。その目に、遠い日の記憶が浮かんでいた。
「龍玉が光を取り戻したことも納得じゃ。何せ龍がここにおわすのだから……」
里長が静かに目を閉じる。感慨に満ちた沈黙だった。そして徐に先ほどの問いへの答えを返す。
「……宿坊は、そのまま使うがよい。これも縁だろうて」
聡介はしばらくその言葉を受け取ってから、口を開いた。
「……ありがとう、ございます。それでは、今度は私たちの事情も聞いていただけますか」
里長がゆっくりと目を開いた。
「……聞こう。龍を携えたお主たちの話じゃ、無碍にもできまい……」
いつの間にか日が陰り、夜の帳が下りていた。
少し薄暗くなった広間で、聡介は「はい」と言って一拍置き、エプロンのひよこを一撫でして切り出した。
「実は、食料のことでご相談がありまして」




