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【第三章開幕】異世界転移したおっさん保育士、子どもも大人も世界の歪みも、愛と受容でまるごと抱きしめる  作者: まどか
第三章:ひよこエプロンと、抗う露天街の子

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第60話:【動き出す歯車】

龍の聖堂は静かだった。


聡介が先に入り、ゾルグがその後に続く。重い足音が石畳を踏みしめ、やがて止まった。


ゾルグの視線が、祭壇の方へ向いた。


龍玉が、ほのかに光っていた。


「……輝きは、消えていないな」


低い声だった。怒りの抜けた後の、素の声だった。どこか安堵が混じっていた。


聡介はその呟きには触れなかった。ゾルグが祭壇から視線を戻すのを待ってから、静かに口を開いた。


────────────────


話は、順を追って進めた。


ディーザの案内でバザールを回ったこと。


路地裏で子どもたちと出会い、養護院を開く決意をしたこと。


子どもたちが役割を持って、胸を張って過ごせる場所を作りたいこと。


それには旧バザールが活気を取り戻すことが必要だという予感があること。


それから、ライクのことを話した。


旧バザールの人たちに声をかけられる様子。


干し魚を押しつけられて、結局受け取った背中。仲間たちと過ごす生活。


ディーザが抱えてきた苦しみ。


ゾルグは一度も口を挟まなかった。ただ目を瞑り、じっと耐えるように耳を傾けていた。


話し終えると、聖堂の中はしばらく静かになった。窓の外から、湖畔を撫でる風の音だけが聞こえてくる。


「そうか……」


ゾルグがそれだけ言って、深く何かを考え始めた。その顔は、先ほどまでの激昂が嘘のように落ち着いていたが、どこか暗く疲れているようにも見えた。


「ゾルグさん」と聡介は言った。


「今のあなたとライクくんは、どうしようもなくすれ違っています。でも、それは今までの時間の積み重ねです。すぐにどうこうなるものじゃない」


ゾルグは答えなかった。


「時間をかけてすれ違ったなら、また時間をかけて寄り添えばいいんです。ライクくんも、ゾルグさんが何を求めて行動してきたか、頭ではきっと分かっているはずですよ。男の子ですからね。それに今は、守りたい仲間がいます。里を出た頃よりも、ずっと色々なことを考えられるようになっているはずです」


「……もう、わかった」


そう呟くと、ゾルグは長い間、龍玉を見ていた。


やがて、大きく胸を震わせるような深い溜息を吐き出し、絞り出すように言った。


「暫くはお前に預ける。……よく、してやってくれ」


その顔は、いつの間にか一人の父親のものになっていた。


「分かりました。承ります」


────────────────


二人の間に沈黙が流れた。


湖畔を撫でる風のさざめきだけが、空間を満たしていた。


しばらくして、龍玉の光を見つめていたゾルグが口を開いた。


「俺は、今更変われん。……ただ、もう一度初心に立ち返って動く。妻の、シーヴァの為にも。あいつの為にも」


「今は、それでいいと思います」と聡介は言った。


ゾルグは頷かなかった。でも、その肩から何かが少しだけ降りたように見えた。


「……それで、お前の聞きたいこととは何だ」


聡介は一瞬、きょとんとした。


「聖堂に来る前に、俺に聞きたいことがあると言っていただろう」


「あっ、そうでした。すみません、聞いていただいて」聡介は少し照れながら頭を掻いた。


「実は養護院を運営していく上で、食料のことでご相談がありまして」


現状と希望を、手短に伝えた。


ゾルグは聡介の抜けた様子に鼻を鳴らした後は黙って聞いていた。話が終わると、静かに答えた。


「それなら話が早い。俺は今日、お前たちを里に連れて行くためにここに来た」


「……僕たちを、ですか」


問い返す聡介から逃れるように、ゾルグは再び祭壇の龍玉へと視線を移した。


「ああ。龍玉の輝きが戻ったことを里長に知らせた。相当驚いていた。それで、その場に居合わせたお前たち、特に竜人族の子ども……ドランといったか。あいつと、あいつが持つ細工物に会いたいと言い出したんだ」


「そうでしたか」


「食料についての話なら、その場で話せ。今なら話が通りやすいかもしれん」


「分かりました。出発はいつ頃ですか」


「俺の方はさほど急がんが、お前の用事は早いほうがよいのだろう」


「……では、すぐに準備と申し送りを済ませてきます。宿坊でお待ちになりますか。お茶くらいなら出せますよ」


その言葉に、ゾルグは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。ライクたちのいる場所へ行くのが、よほど気まずいのだろう。


「いらん。グラムの宿で待つ、手短に済ませてこい」


「それでは後ほど」


ゾルグの様子に苦笑しつつ、聡介は聖堂を後にした。


外に出ると、大湖水の風が顔を撫でた。


龍の聖堂の中、ゾルグはまだそこにいた。龍玉のほのかな光を、一人で見つめながら。


湿った風の向こうから、止まっていた歯車が、静かに動き出す音がした。

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