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【第三章開幕】異世界転移したおっさん保育士、子どもも大人も世界の歪みも、愛と受容でまるごと抱きしめる  作者: まどか
第三章:ひよこエプロンと、抗う露天街の子

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第57話:【新たな毎日の始まり】

朝の光が、宿坊の窓から差し込んでいた。


調理場からは、湯気の立ち昇る音と、イグニシアが鍋を扱う低い音が聞こえてくる。


聡介がそこに顔を出すと、エルマがイグニシアの隣に立って、何かを手伝おうとしていた。


「イグニシアさん、ライクが持ってきてくれたスープも、ソウスケさんが運んでくれたお粥も、本当に美味しかったです。ありがとうございました。ずっとお礼が言いたかったんです」


「……別段、大したものは作っていない」


イグニシアはそっぽを向いたまま答えた。耳が少し赤い。


「あの、もし良ければ、私にも教えてもらえませんか。ずっと料理してきたので、少しはお手伝いができればと思って」


「……まあ、邪魔にならない程度ならば」


聡介は二人のやりとりを見ながら、棚から器を取り出し始めた。


「シアさん、当面の食料なんですが、ルードさんが手配してくれた分でしばらくは凌げそうですか」


「今の人数なら、一週間は持つだろう。だが、増えるなら話が変わってくる」


「ですよね。午後にディーザさんと相談してみます」


────────────────


食堂に、子どもたちが集まってきた。


昨日の石畳の上での大騒ぎが嘘のように、眠そうな顔をした子どもたちが、よちよちと席についていく。


ドランがクリムを抱えて一番乗りで座り、「早く食べたい!」と言った。


ティアは、入り口のところで少し迷ってから、端の席にそっと腰を下ろした。隣の子が話しかけても、小さく頷くだけだった。それでも、席についていた。


聡介はそれを見て、静かに目を細めた。


朝食が並び、食堂が温かい空気に満たされていく。


「いただきます」の声が揃うと、あちこちから話し声が上がった。誰かが笑い、誰かが隣の子の器を覗き込んでいる。


聡介は器を持ちながら、食堂を見渡した。それから、口を開いた。


「今日からの過ごし方を少し話させてください」


声をかけると、話し声がすっと落ち着いた。


「年長組は、ライクくんと一緒に旧バザールの通りの掃除を進めてもらいます。たつのこ園の周りが綺麗になってきたから、少しずつ外へ広げていこうと思って」


ライクが黙って頷いた。


「ライクくん、食後に少し打ち合わせしよう。それから」


聡介の視線が、端の席のティアへ向いた。


「ティアちゃん、で良かったよね。昨日までの石拾い、本当に助かったよ。今日もライクくんを助けてあげてね」


ティアが目を丸くした。おずおずと、小さく頷く。


ライクが器から顔を上げずに「……べつに、助けてもらわなくても」と言ったが、その口元が少し緩んでいた。


「年中組はドランくんをリーダーにして、龍の聖堂のお掃除をお願いします。僕も一緒に行くよ」


「やった!」とドランが言った。クリムを高く掲げる。「クリムも行こうね!」


「年少組はエルマさんと一緒に、午前は遊んで、お昼ご飯の後はお昼寝ね」


エルマが頷いた。聡介は少し声を落として続けた。


「年中組が一段落したら合流しましょう。エルマさんには教えたいことが沢山あるんだ。……それと」


「はい?」


「お昼寝の時少し眠ろう。昨日の夜中、慣れない場所で泣いちゃった子を寝かしつけてたでしょ。ありがとうね」


エルマが目を瞬いた。それから、苦笑いして首を振った。


「……敵わないですね、ソウスケさんには」


「さあ、今日も楽しく一日を過ごしていきましょう」


聡介の掛け声に、食事を終えた面々が、それぞれ動き出した。


────────────────


聡介はイグニシアとディーザのところへ、ひっそりと寄っていった。


「シアさん、引き続き調理をお願いします。いつも頼りきりで、すみません」


「多少作る量が増えるだけだ、問題ない」イグニシアは鍋を拭きながら言った。「昨日のあれに比べたら、何倍もマシだ……」


聡介は苦笑した。


「ディーザさん、午後に少し時間をもらえますか。食料の件と、今の状況をもう少し整理したくて」


「……いつの間に私は事務担当になったんですか」


「お願いします」


ディーザは小さく息を吐いた。「……分かりました」


────────────────


年長組は、石畳から続く木の足場へと踏み出していった。


腐った木片、溜まったゴミ、足場の隙間から伸びた草。ライクが段取りを決め、年長組が動く。


ティアは最初、足場の端で立っていた。だが、誰かが草を束ねようとして手間取っているのを見て、翼の先でそっと押さえてやった。


「……あ、助かるよ」


相手の少年は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに白い歯を見せて笑った。


ティアは何も言わなかったが、次の束にも、また翼の先を伸ばした。


それをライクが横目で見ていた。


「なんか言いたそうじゃん」


仲間の一人がニヤニヤしながら言った。


「うるさい、仕事しろ」


────────────────


龍の聖堂では、ドランが張り切って床を拭いていた。


「たつのこ園は、龍に場所を借りてるんだ。感謝の気持ちを込めて、しっかり綺麗にしよう」と聡介が言うと、ドランは大きく頷いた。


「お仕事のあとのご飯は美味しいよ!」


年中組の子どもたちが笑った。聖堂に、賑やかな声が響いた。


祭壇の龍玉が、その声を受けるようにして、ほのかに光っていた。


────────────────


調理場では、イグニシアが独り鍋に向かっていた。


エルマが年少組についているため、今は一人だった。それが、どこか心地よかった。


棚の隅に、小さな布袋がある。みずひかり広場を発つ前に、マーラから渡されたハーブだった。


「そうだ、これを使って……」


独り言を言いながら、鍋に葉を一枚落とした。


────────────────


宿坊の一室、窓際の机にはディーザが座っていた。


資料が広げられ、ペンが手に握られている。だが、視線は紙の上にはなかった。


窓の外、足場の上で動くライクの背中が、遠くに見えた。


「……ライク」


誰にも聞こえない声で、ディーザは呟いた。


「なぜ、何も言ってこないの」


ペンの先が、白紙の上で静かに止まっていた。

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