第54話:【たつのこたちのパレード】
お粥を食べ終えた後も、ライクはしばらく器を離さなかった。
誰も何も言わなかった。聡介も、ドランも、イグニシアも、ディーザも。ただ、温かい朝の光の中に座っていた。
ライクがおかわりを求めたのは、しばらくしてだった。ぶっきらぼうに器を差し出したが、手が少し震えていた。
「はい、どうぞ」
聡介は何事もなかったように注いだ。
隣ではドランが「美味しいね!」と言いながら、スプーンを口に運んでいる。その無邪気さが、部屋の空気を少しずつ柔らかくしていた。
その時だった。
ライクの手が止まった。
「……っ」
顔色が変わった。
「しくじった」
「どうしたんですか」と聡介が聞いた。
「エルマと、チビどもを忘れてた」
ライクが立ち上がった「ヤバい」「どうしよう…」ほかの面々も顔を青くして右往左往している。
「……いってくる、おまえたちはここで待ってろ」器をテーブルに置いて、出口に向かおうとした。
聡介は引き止めなかった。ただ、「ライクくん、ちょっと待って」と言った。
ライクが振り返ると、聡介はすでに特大の鍋を抱えていた。木箱も用意されている。
「みんなで迎えに行こう。きっとお腹を空かせているだろうからね」
ライクは一瞬だけ固まった。
「……用意が、早すぎだろ」
「昨日から準備してたんだ」と聡介は言った。「何があってもいいようにね」
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隠れ家は、旧バザールの外れにある古い倉庫の裏だった。
ライクが息を切らせて駆け込んだ。
「エルマ! チビども! すまん、帰れなくて――」
中は、不思議なほど静まり返っていた。
奥の方で、チビたちがなぜか息を殺して固まっている。その手前、薄暗がりの中に、背中を向けたまま座っている人族の少女がいた。
手には年季の入った鉄のフライパンが握られていた。底が煤で真っ黒に変色し、持ち手が手の形に馴染んでいる。
(……やばい。これ、一番怒ってるやつだ)
「エルマ……」恐る恐るライクが声をかけると、少女がゆっくりと首だけで振り返った。
一切の覇気がない、完全に据わった目だった。
「……おかえり、ライク。ずいぶんと楽しそうな朝帰りじゃない」
声のトーンは低く、驚くほど平坦で、地を這うように静かだった。
「ち、違うんだエルマ。これには深い、深いワケが――」
「へえ、ワケ」
エルマはフライパンをゆっくりと持ち直した。
「聞こうじゃないの。あんたたちが外で野垂れ死んだか、へまして商団に捕まったかしたかと心配していた私の前で、その立派なワケとやらを、一言一句省略せずに話してみなさい」
逃げ場のない正論と静かな威圧感に、ライクの口が金魚のようにパクパクと動いた。
そこへ、空気を読まない爽やかさで聡介が入ってきた。
「やあ、おはよう!遅くなってごめんね、みんなの分の朝ご飯を持ってきたよ」
「あっ、ソウスケさん、昨日はありがとうございました、スープとっても美味しかったです」
「いえいえ、どういたしまして、口にあったようで何よりだよ、今日はお粥を持ってきたからみんなで食べてね」
その瞬間、お粥の温かい匂いが隠れ家に広がった。
「えっ、な、なんで?どういうことだ」
「あんたたちが帰らずにいたから、お腹を空かせて困っていた私たちに、ソウスケさんがスープを届けてくれたのよ。『これはライクくんたちの労働の報酬です』ってね」
「おまえ、なんでここの場所が」
「環境を整えるためには、環境のことを知らなければならないからね」聡介はそう言うと肩に乗ったピヨすけを撫でた。
「訳が分かんねぇよ!」
「それよりあんた、ここ最近のことはソウスケさんから聞いたわよ。ずいぶん失礼な態度だったみたいね…」
「なっ、そんなこと、してねぇよ」
「嘘おっしゃい!」
ペシッと頭を叩かれた。ライクは怒るでもなく、バツが悪そうに縮こまった。そこに聡介が明るい口調で話しかける。
「さ、冷めないうちに召し上がれ」
「あらいけない、みんな!ご飯食べるわよ」
「わーい!」
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エルマと呼ばれた少女とチビたちが食事をする様子を見守りながら、聡介は静かに室内を見回していた。
衣類や布類がきれいに畳まれていたり、限られたスペースがテキパキと整理整頓されている。チビたちは痩せてはいたが、けして不潔な様子はなかった。
どこを見てもきちんと手が入れられており、想像していたよりもちゃんとした生活が送れているようだ。
「昨日も感じたんだけど、すごく整頓されてるんだね」
「……エルマの、おかげだよ…」甲斐甲斐しく子どもたちの口元を拭うエルマの姿をみながら、ライクはポツリと呟くように答えた。
朝食が終わった後、エルマが聡介に言った。
「あらためて、ソウスケさん。本当にありがとうございました。あの…スープとこのお粥を作った方にもぜひお礼を言いたいんですけど」聡介は、はにかみながら話す彼女に微笑みながら言葉を返す。
「ええ、勿論いいですよ、彼女も喜びます。一緒に行きましょうか」
「ありがとうございます!」
快い聡介の返事に、嬉しそうな笑みを浮かべ、エルマはチビたちに呼びかけた。
「みんな、行くよ!」
「はーい」
チビたちが立ち上がった。エルマが先頭に立って歩き出す。
ライクは最後尾から、完全にメンツを潰された顔でついていった。
でも、誰かが荷物を落としそうになると、さっと拾ってやっていた。みんなが平らげた大鍋も、いつの間にかライクが持っていた。
聡介はその背中を見ながら、少し笑った。
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パレードのような一行がたつのこ園の敷地に着いた瞬間だった。
チビたちが、石畳を見た。
生い茂っていた草はスッキリ取り除かれ、一粒の石も落ちていない、滑らかな石畳。朝の光を受けて、静かに輝いていた。
「わあーっ!」
誰かが叫んで、走り出した。
それが引き金だった。
チビたちが一斉に石畳になだれ込んだ。滑ったり、転がったり、叫んだりしながら、まるで波のように広がっていった。
ディーザが「ちょっ、えっ、ま、待って」と言いながら後退した。
イグニシアが「落ち着け」と言ったが、誰も聞いていなかった。
ドランが「やったー! みんな来た!」と言って、その波に飛び込んでいった。
エルマがチビたちを見て、目を細めた。その目が、少し潤んでいた。
ライクは石畳の縁で立ったまま、腕を組んでその光景を見ていた。顔は不貞腐れていたが、どこか嬉しそうな気配がした。
聡介はその全員を眺めながら、お散歩リュックを背負い直した。
ひよこのアップリケを、一撫でする。
たつのこ園が、本当の意味で産声をあげた。




