第52話:【たつのこ園、開園準備】
ルードに物資の調達を任せることになった。
聡介がメモに必要なものを書き出して渡すと、ルードはそれを一読して「分かりました」と言った。
「本当にお任せしていいんですか」とディーザが言った。
「あなた方にとっては、ルードさんは昨日会ったばかりです。そんな方にお金ごと…」
「いいんです」と聡介は言った。
ディーザが聡介を見た。それからルードを見た。
「……ソウスケさんたちは、商人には向いていませんね」ルードが苦笑し、隣に目を向けた。
「ディーザちゃんも、相変わらず手厳しいままだ」
「前半には同感です」
ルードが宿を出た後、ディーザは腕を組んだまましばらく黙っていた。
「……信じるんですか、本当に」
「はい」
「根拠は」
「昨日のグラムさんとのやりとりを見たので」
ディーザは何も言わなかった。でも、それ以上の反論もしなかった。
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ルードを見送った後、聡介たちはまず、宿坊の周りを覆い尽くしている緑と格闘することにした。
お散歩リュックから折り畳み式の園芸用鎌を取り出し、イグニシアと手分けしてザクザクと草を刈っていく。
ゾルグたちが通っていたあの細い踏み分け道を起点に、宿坊の正面へと向かって、容赦なく生い茂る夏草を切り拓いていく。
「だんだん石が見えてくるね!」
刈られた草を運びながら、ドランが嬉しそうに声を上げた。
最初にここへ来たとき、足裏に感じたあの硬い感触――大昔から築かれていた巨大な石の基壇が、刈り取られた草の根本から、じわじわとその全貌を現していく。
石の隙間から強引に伸びていた太い雑草を一本ずつ根から引き抜いていくと、見違えるようにすっきりとした、広い石畳の空間が広がっていった。
その石の土台の上、湿気を避けるために一段高く作られた宿坊の正面には、素朴な木のドアへと続く、数段の頑丈な石の階段が姿を現していた。
「よし、周りはひとまずこれくらいで大丈夫かな」
拠点としての輪郭を取り戻した木造の宿坊を見上げ、聡介は次にお散歩リュックから工作セットを取り出した。
小型ノコギリ、小型金槌、釘、そしてサンドペーパー。必要なものが次から次へと出てくる。
「先生、本当にそのリュックには何でも入ってるんだね」とドランが言った。
「何が起きても何とかできるように備えておきたかったんだ」
聡介は笑みを向けてそう告げると、蝶番の外れたドアを外して、木材を削って調整する。
ディーザの目には、それが単なる技巧には見えなかった。
削られた木肌は、まるで自ら進んで形を整えるように、一寸の狂いもなく聡介の指先に馴染んでいく。
サンドペーパーが滑るたび、古びて毛羽立っていた木の繊維が内側からきゅっと引き締まり、みるみるうちに、瑞々しさすら感じるほどの滑らかな表面へと変貌していった。
「……なぜそんなに綺麗になるんですか」
ディーザが聡介の手元を覗き込んだ。同じサンドペーパーで試してみたが、ディーザの手では半分も滑らかにならない。
「こうやって、力を均等に」
「均等に、ということは分かります。でも、なぜあなたがやると木が応えるような……」
「そうですか?ただ磨いているだけですよ」
ディーザが眉を寄せた。
「イグニシアさん、これはどういうことですか」
「こういう男だ、ソウスケは」とイグニシアが言った。壁の亀裂に木材を当てながら、至って平然としていた。「考えるだけ無駄だ、諦めろ」
「……諦めろ…ですか」
「私も最初は訳が分からなかった。まぁ、いずれ慣れる」
ディーザはしばらく聡介を見ていた。それから、何か言いかけてやめた。
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午後、聡介は旗を作り始めた。
絵の具の代わりに、お散歩リュックの中にあった色付きの紐と布の切れ端を使う。
聡介はリュックから裁縫道具を取り出すと、キャンバスとなる大きな布へ、色付きの紐を流れるような手際で縫い付けていった。
次第に現れるその輪郭は、東洋の龍をかたどっていた。その内側へ、ドランから手渡された布の切れ端をパッチワークのように手早く縫い留めていく。
あっという間に東洋の龍が描かれ、その頭の上にひよこがちょこんと乗っている、温かい手作りの旗が出来上がった。
「すごい……。紐と布だけで、こんなに……」ディーザが感嘆の声を上げた。
その声を背中で聞きながら、聡介は紐を文字として縫い付けていく。
「たつのこ園」
ひらがなと漢字だった。
「見慣れない龍だな」とイグニシアが言った。「これはソウスケの国の龍か」
「そう……ですね。僕が生まれ育ったところでは、龍はこんな姿でした。変でしょうか」
「いや。少々形が斬新だが、力強くていいんじゃないか。それより、たつのこ園とは……龍の子、という意味か」
聡介が手を止めた。
「……シアさん、僕の書いた文字が読めるんですか」
「? 何を言っている。我が里の古い台帳にも使われている、普通の共通文字だが」
「でも、これは僕が育った国の……」
「これでも族長の娘だ、その辺りの教育はしっかりと受けている。まぁ、兄上には敵わぬがな」
聡介はしばらく固まっていた。
そういえば、と思った。
こちらに来てから、文字を読み書きに不自由した覚えがない。看板も、台帳も、メモも。当たり前のように読めていたし伝わっていた。
(……明らかに不自然だ)
今更ながらにそう思うが、理由は分からない。
まぁ、今は便利だと受け入れるしかない。またいずれ分かるだろう。
聡介は旗に視線を戻した。
ドランがクリムを抱えながら、隣で旗を覗き込んだ。
「なんだかクリムみたいだね」
その言葉に「そうだね」と応えつつ、聡介は考える。
(そういえば、ドラゴンを龍と呼ぶこともあるよな……。ひょっとして龍玉が光ったのって……いや、まさかね)
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数日後、ルードが手配した物資が届いた。
現地種族の人足たちが、荷物を担いで聖堂の敷地に入ってきた。
寝具、食器、保存食、薬品。それぞれが丁寧に梱包されていた。
人足たちは荷物を下ろしながら、周囲を見渡した。
磨かれた石畳。修繕されたドアと鎧戸。龍玉がほのかに光を宿す聖堂。そして、宿坊の入り口に掲げられた「たつのこ園」の旗。
「……一体何が始まるんだ、ここは」
「子どもたちの居場所を作っているんです」と聡介は答えた。
人足たちが顔を見合わせた。
「子どもの、居場所」
「ええ。いずれ、一時預かりも受け付ける予定です。もし必要がありそうでしたら、声をかけてください。お代は特に決めていませんので、またご相談しましょう」
人足たちはしばらく聡介を見ていた。それから、何も言わずに荷物を運び込み始めた。でも、その背中が、来た時より少しだけ軽くなった気がした。
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物資をそれぞれの場所に収めた後、少し広めの部屋に全員が集まった。
グラム、ルード、ディーザ、イグニシア、ドラン。
聡介はエプロンを整えて、前を向いた。
「僕は、子どもたちをただここに閉じ込めて、守るだけに留めるつもりはありません」
誰も口を挟まなかった。
「いつかこの子たちが自分の足で、胸を張って社会に出ていけるようにしたいんです。だから、まずはこの聖堂の掃除から、お仕事を始めようと思っています。ただ、働き詰めなのも健全ではないので、しっかりと遊ぶ時間も作る。衣食住を整えて、仕事と遊び、そのどちらにも真剣に取り組む。そんな場所にしたいんです」
聡介はドランを見た。
「ドランくんも、何か面白そうな遊びのアイデアがあったら、どんどん教えてね」
「任せて!」とドランが言った。クリムを高く掲げた。「クリムも一緒に考える!」
大人たちが、思わず笑った。
グラムが静かに言った。
「……シーヴァさんが、喜ぶだろうな」
ルードが頷いた。ディーザは下を向いた。でも、その口元が少しだけ緩んでいた。
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その夜、宿坊から笑い声が響いていた。
イグニシアが作ったスープの匂いが漂う。ドランが何かのゲームを提案して、イグニシアが渋々参加している声が聞こえた。
聖堂の敷地の外、草むらの陰から、複数の視線がこちらを向いていた。
リザードマンの少年、オッターフォークの子、トードフォークの子。
「……本当に、あんな場所が」
ライクが小さく呟いた。
誰かが言ったわけでもないのに、子どもたちは動けなかった。笑い声が、スープの匂いが、旗の文字が、引き付けて離さなかった。




