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【第三章開幕】異世界転移したおっさん保育士、子どもも大人も世界の歪みも、愛と受容でまるごと抱きしめる  作者: まどか
第三章:ひよこエプロンと、抗う露天街の子

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第50話:【はじまりの聖堂】

翌朝、グラムの宿の食堂に全員が集まった。


テーブルの上には、グラムが用意した簡素な朝食があった。パンと干し魚と、湖の水で淹れたお茶。


聡介はそれを一口食べてから、顔を上げた。


「皆さんに、話があります」


ドランがパンをかじりながら聡介を見た。イグニシアが腕を組んだ。ディーザはお茶のカップを置いた。


「この街で、行き場のない子どもたちのための場所を作りたいんです」


しばらく、誰も何も言わなかった。


ドランが「居場所って、どういうこと?」と聞いた。


「安心して眠れる場所。ご飯が食べられる場所。昨日みたいなことが起きない場所」


「……ライクたちみたいな子たちのために」


「そうだね」


ドランはパンを置いた。


「やろう」


即答だった。イグニシアが小さく息を吐いて、「場所はどうする」と言った。


カウンターの奥でグラムが手を止めた。聞いていたのだろう。しばらく黙ってから、こちらに向き直った。


「……一つ、思い当たる場所がある」


────────────────


「龍の聖堂に、昔の宿坊が併設されているんだ」


グラムは椅子を引いて、テーブルに座った。


「昔の巡礼者のために作られた建物だとシーヴァさんは言っていた。我々も始めはそこに泊まらせてもらったんだ。部屋は十分ある。新しいバザールの連中はあそこには近づかない。龍玉が輝きを失ってから、誰も寄り付かなくなったから」


「なるほど…」と聡介は言った。聖堂を訪れた時、隣の草にまみれた建物が気になっていた。


「それは、子どもたちが安心して過ごせそうですね」


「ただ、おそらくあの建物は許可が必要だ。管理しているのは——」


「私が話をつけます」


ディーザが静かに言った。


全員がディーザを見た。


「あの聖堂は、龍を祀る場所です。祭司の家系が代々管理してきた。姉さんも、私も、その家系の者です」


ディーザはテーブルの上で手を組んだ。


「今はもう、あまり必要とされていない場所かもしれない。でも……どんな形であれ、あそこに人が集まることは、姉さんが望んでいたことのはずです。里長や集落の者たちには、私から責任を持って話を通します」


少し間を置いて、ディーザは続けた。


「……あの子たちのために、使ってください」


その言葉の奥に、昨日路地裏でライクを見た時の表情が滲んでいた。


聡介は頷いた。


「ありがとうございます、ディーザさん」


グラムがカウンターに戻りながら、小さく言った。


「……シーヴァさんが生きていたら、きっと同じことをしただろうな」


誰も答えなかった。でも、その言葉は食堂の空気に静かに溶けた。


────────────────


午前中、一行は龍の聖堂へ向かった。


聖堂の脇、半ば草に埋もれるようにして建っていた宿坊の扉を開けると、埃の混じった空気が流れ出てきた。


「……広いですね」


中に入ると、廊下の両側に扉が並んでいた。


一つひとつ開けていくと、小さな部屋が続いている。ベッドの骨組みが残っているものもあった。窓の鎧戸はくたびれてはいたが、朽ちてはいなかった。


「建物はしっかりしてる」と聡介は言った。

「掃除すれば使えます」


「では、やろう」


イグニシアが上着の袖をまくった。


「え、今すぐですか」


「始めるなら早い方がいいだろう」


────────────────


大掃除が始まった。


聡介がお散歩リュックから雑巾を取り出すと、ドランが「僕もやる!」と飛びついた。


ドランはさっそく、どこかから古びた木製のバケツを見つけてきて、水を汲んできた。


「じゃあドランくんはこっちの廊下を頼んでいいかな」


「まかせて!」


ドランが雑巾を持って廊下に飛び出した。クリムを廊下の端の棚に座らせ、ピヨすけをその隣に置いてから、力いっぱい床を拭き始める。


「クリム、ピヨすけ、見ててよ!ここ、ピカピカにするから!」


「ピヨッ」


ピヨすけが応えるように一声鳴いた。


イグニシアは廊下の奥で、積み重なった古い家具を動かしていた。石造りの重い棚を、音も立てずに持ち上げて壁際に寄せる。


「……シアさん、それ一人で大丈夫ですか」


「問題ない」


「きっと三人がかりくらいで動かすやつですよ、それ」


「だから問題ない」


ディーザは窓を開けて回っていた。鎧戸を押し開けると、湿原の風が室内に流れ込んできた。埃が舞い上がり、光の筋がいくつも差し込んできた。


「……風が通る」


ディーザがつぶやいた。


「姉さんが、ここを掃除していた頃の匂いがする」


誰も聞いていないような声だったが、聡介には聞こえた。


────────────────


夕方には、宿坊が見違えるようになっていた。


床は磨かれ、窓は光を通し、空気が変わっていた。まだベッドも布団もないが、部屋に入れば誰でも分かった。ここは、さっきまでとは違う場所になっている。


龍の聖堂から差し込む夕日が、宿坊の廊下を橙色に染めていた。


ドランが廊下に大の字に寝転がって、「疲れた〜」と言った。


「お疲れ様」と聡介が笑った。


ピヨすけがドランのお腹の上に降りてきて、「ピヨッ」と鳴いた。


「重いよピヨすけ〜」


「ピヨッ♪」


────────────────


夜、一室にロウソクを灯して、四人が車座になった。


「ハコはできました」と聡介は言った。「次は中身です」


「中身というと」とディーザが言った。


「寝具、衣服、食器、備蓄の食料、薬品類。最低限これだけは要ります。子どもたちを迎える前に」


「査定所でもらった銀貨では」


「おそらく全然足りないですね」


沈黙が落ちた。


「どうする気だ」とイグニシアが言った。


「明日、新バザールをもう一度回ります。何がどれくらいの値段で手に入るか、まず知らないと動けませんから」


ロウソクの炎が、揺れた。


ドランがクリムを抱えながら言った。


「先生、ライクたちここに来てくれるかな」


「来てくれるといいね」


「来ないかもしれないけど」


「そうかもしれない」


「でも、来てくれるといいね」


聡介は頷いた。


窓の外、龍の聖堂の方角から、夜風が流れてきた。


どこかで水音がした。大湖水の、静かな波の音だった。

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