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【第三章開幕】異世界転移したおっさん保育士、子どもも大人も世界の歪みも、愛と受容でまるごと抱きしめる  作者: まどか
第一章:ひよこエプロンと、荒ぶる竜人の子

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第5話【保育士のヒアリング】

族長の重い足音が遠ざかり、広場には張り詰めた緊張の残滓と、泣き疲れてひっくひっくと肩を揺らすドランの呼吸音だけが残った。

 聡介は、エプロンの裾を軽くはたき、ようやく肺の中の空気をすべて入れ替えるように深く息を吐いた。


(ふぅ……。まずは第一関門突破、といったところか。あの族長さん、威圧感は凄かったけど、理屈が通じないタイプじゃなさそうだ。……ただ、話を聞いてくれる余裕がないだけで)


 そんなことを考えていると、視界の端で、先ほど自分を庇うように割って入った線の細い男が歩み寄ってくるのが見えた。


「いやはや、驚きましたよ。人族の……失礼、貴方が先ほどおっしゃった言葉で言えば、『ほいくし』さん、でしたか。あんな鮮やかな手際、この里では一生かかってもお目にかかれない」


 男はニコニコと、だが獲物を観察するような鋭い光をその瞳の奥に潜めて、聡介を見つめている。


「……あ、いえ。私はただ、彼が落ち着けるように少し手伝いをしただけでして。そういえば、まだ名前も名乗っていませんでしたね、私は別俣べつまた 聡介そうすけと申します。」


 聡介は丁寧に応じながらも、相手の出方を伺った。この男が何者で、どんな立場なのかは分からない。ただ、この場を収めてくれた恩人であることは確かだ。


「これはご丁寧に。私はヴォルカ、しがない族長の息子です。……そちらの副団長は…。今はそれどころではなさそうですね」


 ヴォルカが視線を向けた先では、銀色の鱗を持つ女性が、宝物でも抱くかのようにドランを強く抱きしめていた。


彼女の顔には、先ほどまでの戦士としての険しさはなく、一人の母親――あるいはそれに近い立場の者の、痛切な安堵だけが浮かんでいる。


「……イグニシア、さんでしたよね。……シアさんとお呼びしても?」


 聡介は、彼女にそっと声をかけた。ヴォルカが呼んだ「イグニシア」という響きは、今の彼女には少し硬すぎる気がしたのだ。


ドランを守ろうとしていた彼女の「個」としての名、その響きを直感的に手繰り寄せた結果だった。


「……っ。あ、ああ……。……感謝する。貴殿が何を、どうしたのかは私には分からぬ。だが、ドランが……この子が助かったのは、貴殿のおかげだ」


 彼女は顔を上げ、聡介を真っ直ぐに見つめた。その瞳には、先ほどまでの「人族への警戒」とは異なる、戸惑いと尊敬の混じった色が宿っている。


「礼には及びませんよ。……それより、ドランくんです。少しだけ、身体を見せてもらってもいいでしょうか? あちこちぶつけたり、擦りむいたりしちゃったみたいですから。」


 聡介は、ヴォルカとイグニシアに対し交互に視線を向け、にこやかに微笑みかけながら提案していく。


「このリュックの中に、簡単な手当ての道具が入っているんです。……族長さんにはああ言いましたが、本当は捕らえられる前に、これだけは活用させてもらいたくて」


 聡介は苦笑いしながらリュックを軽く揺らした。中身の重み、その何があっても大丈夫なようにと詰め込んだ数々の道具の存在を感じながら。


「シアさん。少し場所をお借りしてもいいですか? 土の上だと、傷口にバイキンが入ってしまいますし、何よりドランくんを一度ゆっくり休ませてあげたい。……あ、ヴォルカさん。どこか落ち着いて話ができるような場所、ご存知ないでしょうか? 彼の心のケアも兼ねて、少し落ち着ける場所へ行きたいんです」


 45歳のベテラン保育士は、異世界の住人を相手に、まるで保護者に面談を切り出すような自然さで提案した。ヴォルカは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに愉快そうに肩を揺らした。


「……わかりました。では、私の住処へ。……少しばかり本が散らかっていますが、族長の目が届かない場所としては最適ですよ」


 ヴォルカが先導し、イグニシアがドランを抱いて続く。聡介は、ずっしりと重いお散歩リュックを背負い直し、最後尾から歩き出した。


 エプロンのひよこのアップリケを、無意識に撫でる。


 この先に待ち受けているのが「事情聴取」なのか「尋問」なのかは分からない。だが、リュックの中の道具と、これまで積み上げてきた「なんとかなるさ」の精神があれば、どうにでもなる気がしていた。


 異世界の夕暮れが、竜人族の里をオレンジ色に染めていく。


 聡介の異世界での保育業務はまだ始まったばかりであった。


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