第4話【竜人族族長との邂逅】
「ほいくし? 何だそれは。……それより、人族たる貴様がなぜ、我が同胞の、それも聖域の里のど真ん中にいる」
地を這うような重低音。族長ギルガランの放つ威圧感は、並の戦士なら腰を抜かすほど鋭い。だが、聡介はといえば、無意識にエプロンのシワを伸ばしていた。
「さて。自分自身もなぜここにいるのか皆目見当がつかないのですが……そのあたりも含めて、少しお話をさせてはもらえませんでしょうか」
「見るからに怪しい、それも人族のオスの話をなぜ聞いてやらねばならん。お前たち、とっとと捕らえてしまえ! 素性は尋問して吐かせてしまえばよい」
族長の合図で、槍の先端が一斉に聡介を向く。
一触即発。物理的な死の気配。
しかし、聡介の脳裏をよぎったのは、全く別の情景だった。
(……参ったな。完全に聞き耳を持ってくれそうにない。ああ、こんな保護者、前にもいたなぁ。あの時は確か、友だちに噛まれて怪我をしたって、終業後だったのに怒鳴り込んできたんだっけ……)
死線の最中で、聡介の思考は過去の「修羅場」へと現実逃避を始めていた。目の前の槍衾よりも、あの時の理不尽な怒号の方がよっぽど恐ろしかったという経験が、彼に異常なまでの平常心を与えていた。
「待ってください、父上!」
その硬直した空気を破ったのは、イグニシア副団長と呼ばれた女性の叫びだった。
「イグニシア、お前か! 栄えある竜人族戦士団の副隊長でありながら、何たる様だ。あと、公的な場では族長と呼べと言っているだろう!」
「……っ、すみません、族長。しかし、この男は……!」
食い下がる彼女に対し、族長は一顧だにしない。むしろ感情を逆なでしてしまったのか、周囲で佇む戦士たちに対し、怒鳴りつけるように捕獲を促しだした。
「しかしもクソもあるか! わしは捕らえよと言っている! お前たち、早くしろ!」
いよいよ兵士が踏み込もうとしたその時。
「まぁまぁ族長に副団長、ここは冷静に。戦士たちも戸惑っておりますから」
人垣を割って現れたのは、族長や周囲の戦士たちとは対照的な、線の細い男だった。その足取りは軽く、顔立ちには柔和な――どこか世捨て人のような余裕すら感じさせる。
「ヴォルカ……。お前はまた軟弱なことを。それでどうしろというのだ」
族長は忌々しげに言葉を吐くが、その視線には、この風変わりな息子の知性に対する、隠しきれない一目置くような色があった。
「ここは、私が話を聞いてみたいと思います。どうやら同胞が救われたようですし、見た限り悪い人間のようにも思いませんので」
ヴォルカは飄々とした態度で、族長の鋭い視線を柳に風と受け流す。その頭の回転の速さと独特の空気感に、荒くれ者の戦士たちも毒気を抜かれたように足を止めた。
「それが軟弱だというのだ。……ふん、まぁいい、好きにしろ。ヴォルカ、後ほど報告に来い。イグニシア! お前はドランを連れてさがれ!」
族長は鼻を鳴らし、重い足音を立てて去っていった。




