第3話【折り紙の奇跡】
一歩間違えれば、至近距離から火炎の直撃を受ける瞬間。だが、聡介の視線は少年の瞳から逸らされることはなかった。
(……一瞬、視線が泳いだ。戸惑っているな)
聡介は、オーロラ色の折り紙を少年の前で「ひらり」と動かした。
「さあ、よく見てて。……さささっ、と」
聡介の指先が、目にも留まらぬ速さで動き出した。 (……速い! 折り目が勝手にピタリと決まる!) 紙が折られるたびに、微かな光が折り紙へと流れていく。ほんの数秒。聡介の手のひらの上には、オーロラの光を放つ立体的な「鶴」が鎮座していた。
「はい、どうぞ。君の鱗みたいに、とっても綺麗だね」
自分の動きに若干の戸惑いを覚えつつも、完成した鶴をそっと差し出す。その瞬間、広場を支配していた熱気が霧散した。それどころか一瞬、世界が色鮮やかに輝く。折り紙の鶴が淡い光を放ち、ドランから溢れ出していた暴力的なエネルギーを吸い取っていった。
「あ、あ……」
ドランの口から熱気が消えた。少年は、震える手でオーロラの鶴を包み込む。その拍子に、右手で握りしめていた虹色の石が、カランと音を立てて石畳に転がった。
「う、嘘だろ……。ドランの暴走を、あんな紙切れ一枚で……?」
兵士たちが凝視する中、聡介はドランの背中に優しく手を添えた。
「怖かったね。……よく頑張ったな、ドランくん」
温かな声に、ドランの肩が跳ねた。次の瞬間、大粒の涙が溢れ出す。
「う、うわあああああああん!」
それはただの、幼い子どもが抱えた恐怖を吐き出すための泣き声だった。ドランは聡介の胸にしがみついて泣きじゃくる。聡介は汚れも気にせず、その背中をトントンと一定のリズムで叩き続けた。
「よしよし。もう大丈夫だよ。……ねえ、お母さん。あ、お姉さんかな」
イグニシアが夢から覚めたように駆け寄ってきた。彼女は戦士としての虚勢が剥がれ落ちたような顔で聡介の隣に膝をつき、ドランを抱きしめる。聡介はそっと身を引き、お散歩リュックからガーゼを取り出して、少年の鼻水を拭ってやった。
「環境の変化、あるいは彼自身の強い力が、心という器から溢れてしまっただけだと思います……。この子は、ただ怖かっただけですよ」
聡介は彼女に微笑みかけ、転がっていた虹色の石を拾い上げた。パチリ、と静電気のような痛みが走る。
(……痛っ。あー、なるほど。これがこの世界の『魔導具』、もしくは『魔石』ってやつかな? 異世界ファンタジーとして想像するに、かなり高密度のエネルギー体なんだろうな)
ひとしきりドランを抱きしめて落ち着いた彼女は、鮮やかに暴走を鎮め、慣れた手つきでケアをするエプロン姿の男を、感嘆と、強い警戒の入り混じった目で見つめていた。
「貴様……、何者だ。その術、どこの国のものだ」
重厚な声が響く。広場の奥から、とてつもない威圧感を放つ初老の竜人が歩み寄ってきた。
(……おっと。まさに、物語の重要人物登場って雰囲気だな。ここで下手な対応はできないか)
聡介は、エプロンのひよこのアップリケを撫で、保育士として培った保護者対応の経験を総動員して言い放った。
「通りすがりの、ただの保育士ですよ。……さて、この後のアフターケアについて、少しお話があります」




