第48話:【路地裏の出会い】
ピヨすけが飛んでいった先は、大通りから一本入った路地だった。
華やかな街灯の光が届かない。石畳は粗く、壁には染みが広がっていた。生ゴミと湿った泥が混ざったような臭いが、路地の奥から漂ってくる。
整えられたきれいな大通りとは全く違う。まさにそこは華やかなバザールの裏だった。
駆け込んだ聡介は、一瞬足を止めた。
ひっくり返された荷車が目に入った。靴磨きの道具らしきものが散らばっている。小さな壺や布が、石畳の上に転がっていた。使い古された道具だった。安物だが、丁寧に手入れされた跡がある。
そこにいたのは、数人の子どもたちだった。
オッターフォークの小さな子どもが、壁際で膝を抱えていた。
その隣には、昨日聡介が手当てをしたトードフォークの子も混じっていた。膝の傷には、聡介が貼った布が残っている。
子どもたちの前で、ピヨすけが羽を逆立てていた。「ピピッ!」と鋭く鳴き、翼を精一杯広げて相手を威嚇している。
その小さな体が、自分より何倍も大きな相手に向かって、一歩も引いていなかった。
相手は、組合のバッジをつけた人間の男が二人いた。一人が子どもたちを怒鳴りつけ、もう一人が散らばった道具を足で蹴っていた。
「おまえら、誰の許可を得て商売をしている!非公認の商売は許可証なしじゃ一律没収だ!分かってんのか!」
子どもたちが壁際に固まっていた。一人が小さなコインの袋を胸に抱えて、離さないようにしている。男がそれに手を伸ばした。
「待ってください」
聡介が前に出た。考える前に足が動いていた。
男が怪訝そうな顔をして振り返った。
「なんだお前は」
「通りすがりです」と聡介は言った。
その目は穏やかだった。でも、絶対に引かない目だった。
「子ども相手に、随分とご立派なルールですね」
「ルール違反はルール違反だ!大人も子どもも関係あるか!口出しするな!」
「許可証のない商売が違反なのは分かります」と聡介は続けた。
「でも、道具を蹴り散らすのはルールに書いてありましたか。そもそも、あなたが奪おうとしたそのお金が、違法な商売で稼いだものという証拠はありますか?」
男の顔が赤くなった。
「なんだと……っ、お前、どこの者だ!組合の証は持っているのか!」
「持っていません。ただの旅人です」
聡介は動かなかった。
「ただの旅人が調子に乗ってんじゃねぇ!」
その様子に激昂したもう一人の男が、聡介に手を上げようとした瞬間だった。
後ろに控えていたフード姿の二人が、静かに一歩前に出た。
フードの奥から覗く眼光が、路地裏の空気を変えた。イグニシアは何も言わなかった。ただ、そこに立っているだけで、獣が本能的に感じ取るような圧力があった。
ドランの尾が、ピシャリと石畳を打った。
男が固まった。顔から血の気が引いていく。
「ち……チッ。覚えとけよ」
捨て台詞を吐いて、二人の男は足早に路地を出ていった。
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足音が完全に遠ざかってから、聡介は子どもたちに向き直った。
「大丈夫? 怪我はない?」
子どもたちが顔を見合わせた。昨日手当てをしたトードフォークの子が、おずおずと頷いた。
「……うん」
「良かった」
聡介は膝をついて、散らばった道具を拾い始めた。壺を一つひとつ確認して、何処か割れていないかを確かめながら。
「先生、これも」とドランが壺を拾い上げた。
ピヨすけが聡介の肩に戻ってきて、「ピヨッ」と小さく鳴いた。
「ピヨすけ、ありがとう。よく気づいたね」
ピヨすけが得意げに羽をふくらませた。
子どもたちがそれを見て、少しだけ表情を緩めた。安心感のある空気が流れたことで、オッターフォークの子が立ち上がり、恐る恐るながらも散らばった布を拾い上げた。
「靴磨きをしていたんですか」と聡介は聞いた。
子どもたちが黙って頷いた。
「バザールで働く許可はもらってるんだ」と、トードフォークの子が小さな声で言った。
それを皮切りに子どもたちが口々に話をし始める
「荷物運びや商人達の御用聞き、掃除とか色々…」
「僕ら子どもだから、できない仕事もあるし…」
「もらった仕事だけじゃ食べていけなくて…靴磨きなら出来そうだって…」
「許可証をもらおうとしたんだ。でも断られて……だからこっそり」
「そうか」と聡介は言った。「よく頑張っているね」
子どもの目が、少し揺れた。
その時だった。
「おい」
路地の奥から、低い声が響いた。
さっきまで口々に話していた子どもたちが、ビクッと肩を揺らし、一斉に声の主へと視線を向けた。
「お前ら。うちの連中に、何してんだ」
路地の影から現れたのは、昨日聡介を睨みつけていたリザードマンの少年だった。
年の頃は十代の前半くらいだろうか。体格の割に目つきだけが鋭い。
だが、それは必死に虚勢を張り、世界を敵に回してでも仲間を守ろうとする、傷ついた子どもの目だった。
昨日より間近で少年を見た聡介には、警戒心を顕にし、睨みつけるその瞳の奥に、どこかどうしようもない、疲れのようなものが滲んでいるように思えた。




