第47話:【光と影の十字路】
翌朝、ディーザの案内でグラムの宿を出た。
旧バザールの通りを抜けていくと、やがて前方に高い壁が現れた。
壁の手前、大桟橋からの道と旧バザールが交わる十字路に、検問所があった。
「あそこが新バザールへの入り口だ」
ディーザが静かに言った。それから、懐からフードをいくつか取り出した。
「これを被ってください。竜人族は珍しいですから。目立ちすぎます」
「なぜ隠す必要が」とイグニシアが言いかけた。
「目立てば値踏みされます。今日は情報を集めに来たんでしょう」
イグニシアは一瞬だけ間を置いて、フードをかぶった。それを見てドランも従い倣った。
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検問所に近づくと、聡介は足を止めた。
門の前に、見慣れない種族がいた。蛙に似た顔立ちで、背中に大きな籠を背負っている。その隣には、小柄なカワウソに似た者が、素材の袋を引きずっていた。
「そういえば、湿地帯に居を構えているのはリザードマンだけじゃないんですよね」
「…あなたたちはこの辺りに来て日が浅かったですね」とディーザが言った。
「その辺りも説明します」
門は二つに分かれていた。
右側の門は石造りの立派なアーチで、身なりの良い人間の商人や旅人が衛兵に軽く会釈をしながら通り抜けていく。
左側の門は木板で囲われた粗末な造りだった。籠を背負った蛙に似た者たちが並んでいる。
衛兵が無愛想に手を伸ばし、籠の中身をひっくり返した。子どもが驚いて後ずさった。
聡介の視線に気付いたディーザは説明をはじめる。
「彼らはトードフォーク、この湖で漁をしている種族の1つです。」
「…新しいバザールでは素材を売りに来た私たち湿地帯の種族は、あのゲートを通るしかないんです」ディーザが静かに続けた。
「私たちは右です。買い物客として入りましょう」
右のゲートをくぐる時、ディーザの拳がわずかに握られた。
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ゲートをくぐると、世界が一変した。
石畳が整然と敷かれ、魔導具の街灯が等間隔に並んでいる。商店の看板は色鮮やかで、行き交う人々は活気に満ちていた。
「……綺麗だね」とドランが言った。
「表は…」とディーザが言った。
大通りの端、建物と建物の隙間に目を向けると、そこに別の光景があった。岩のような体格で、ワニに似た顔立ちの男が、重い石材を背負って運んでいた。汗が鱗を伝って落ちている。
「彼らはガビアル」とディーザが言った。
「怪力を買われて、街道工事の人足として使われている方が多いです」
少し先では、先ほどのカワウソに似た小柄な者が、商店の軒先で人間の商人の靴を磨いていた。客が通りすがりに靴をひょいと差し出すと、その者はすぐさましゃがみ込んだ。
「彼らはオッターフォーク、手先が器用でよく雑用を押しつけられています」
ディーザの声は淡々としていたが、その目は一瞬だけ、石材を運ぶガビアルの背中を見ていた。
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「市場の調査と資金の調達がしたいんですけど…持っている魔石を換金できる場所はありますか」
道中のさまざまなやり取りを見た聡介はディーザに尋ねる。
「ソウスケ、売ってしまっていいのか」そう尋ねるイグニシアに聡介は曖昧ながらも答える。
「ええ、おそらく大丈夫です」
そのやりとりを見届けたあと、ディーザは静かに言った。
「…あります。こちらへ…」
商売の許可証を持たない者は、一括管理された査定所で物を売るのだ、とディーザから説明を受けつつ一行は通りを歩く。
査定所は大通りの中ほどにある大きな建物だった。
「私がいると印象がよくありませんから…」と言うディーザを外に残し中に入ると、広い空間に複数のカウンターがあり、左右にはいくつものドアが並んでいた。
右手のカウンターに促されて進むと、恰幅の良い人間の男が出てきた。白い上着を着て、胸元に組合の証が光っている。
「いらっしゃいませお客様。すてきなお召し物ですな。本日はどのようなご用件でしょうか」
丁寧な笑顔だった。
社交辞令と知りつつ礼を述べた聡介は丁寧に尋ねる
「魔石の売却をお願いしたいんですが」
「さようでございますか。こちらへどうぞ」
白手袋をはめた手が、受け取りの台を丁寧に拭いた。
聡介はお散歩リュックから袋を取り出した。
(……やっぱり、どの魔石も前に見た時より変化している)
聡介が見た袋の中の魔石は、かつての虹色の輝きをほとんど失っていた。
ドランが持っていた物も、樹海で託された物も、以前感じた変化のままに、普通の魔石と見分けがつかないほどくすんでいる。
聡介はエプロンを整えると、その中からいくつかを取り出して、台の上に置いた。
査定員の目が、一瞬だけ動いた。笑顔は変わらない。ただ、白手袋の指先が魔石を持ち上げる速度が、ほんの少しだけゆっくりになった。
「……拝見いたします」
査定員がレンズを取り出し、魔石を覗き込んだ。
「こちらは純度が低く、小ぶりですね。残念ながら、現在の市場では需要が低くございまして」
「本日ご提示できる金額は、こちらになります」
カウンターに銀貨が数枚、静かに並べられた。
「もし、もっと価値の高いものをお持ちであれば、また別のお話ができます。例えば今、大変需要が高いのは虹色の魔石でございます。あるいは、大陸奥地に生息する特定の種族に由来の素材や珍しい鉱石類なども高値でお引き取りできます」
聡介が虹色の魔石が高く買い取られているという言葉に気を取られているうちに、査定員が台帳を少し傾けた。そこには、買取価格の一覧が並んでいた。
「…樹海産の織物…マンドラゴラ……竜人族の灼光石」
イグニシアの目が、台帳の文字の上で止まる。
その時だった。
「……っ」
ドランがやりとりをよく見ようと身を乗り出した。クリムを抱きしめたまま、首を伸ばす。その拍子に、フードが少しずれた。
査定員の目が、ドランを見た。それからイグニシアを見た。
一瞬だけ、笑顔が止まった。
「……失礼ですが、もしやお客様は竜人族の方でいらっしゃいますか。初めてお目にかかりまして、気づくのが遅れてしまいました。もしよろしければ、奥でゆっくりお話をさせていただけませんかな」
「いや」
イグニシアが静かに言った。
「今日はこの男の連れだ。また機会があれば」
「左様でございますか。……ぜひ、またお越しください」
査定員の笑顔が戻った。
聡介は銀貨を受け取り、「ありがとうございました、勉強になりました」と言って査定所を出た。
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外の空気を吸った後、ドランが聡介の袖を引いた。
「ねえ先生。さっきのやりとり……なんか、変じゃなかった?」
「どんなところが気になった?」
「うーん……あの人、最初と最後で、なんか違う気がした。僕とシアが竜人族だって分かった時だけ」
「よく見てたね」と聡介は言った。「まだ決めつけるには早いから、もう少し色々回ってみよう」
ドランは「うん」と言って、クリムをぎゅっと抱きしめた。
その時、建物から出てきたトードフォークが横を通り過ぎる、彼らの話し声が耳に入ってきた。
「またこれだけでしか買い取ってもらえなかった…」「おい、これっぽっちで一体どうするんだよ」「俺に言うなよ、仕方がないんだ…」
ディーザが思案顔になった聡介に気付き、横に来た。
「……驚きましたか」
「少し」と聡介は答えた。「でも、想像していたよりも整然としていました。…だからこそ、タチが悪い…と感じます」
「そうですね…。表向きは何も問題ない、ルールに従っているだけ。でも、そのルール自体が——」
その時、ピヨすけが何かの気配を察知したように鋭く鳴き、ポケットから飛び出した。
路地の奥に向かって、一直線に飛んでいく。
「ピヨすけ?」
子どもの声が聞こえた。
複数の足音と、何かが倒れる音が続いた。
聡介が顔を上げた。




