第40話:【朝、樹海をを照らす光】
焚き火が静かに揺れていた。
「魔石のことなんですが」
聡介が切り出すと、イグニシアが「ああ」と短く答えた。
「ガーラさんたちの狩りで、また何頭か虹色の魔石を持つ魔獣が取れたそうで。それらの魔石も、すべて渡してもらっています」
「ガーラは何と言っていた」
「礼みたいなもんだ、って笑ってましたよ」
イグニシアが小さく鼻を鳴らした。
「……あの女らしいな」
お散歩リュックの中には、今やずいぶんな数の魔石が収まっていた。ドランが持っていたものから始まり、リネアとセラが持っていたもの、ガーラから受け取ったもの、そして狩りで得られたものまで。
「ドランくんとリネアちゃん、セラちゃんの魔石についても気になっていることがあって」
「どうした」
「この数ヶ月で、虹色の輝きがほとんど普通の魔石と見分けがつかなくなってきているんです。シアさんが言う僕の力なのか、ピヨすけが何かしているのか、原因は分からないんですが……何もせずに置いておいても変化はないので、何らかの力は働いていると思います」
ピヨすけが聡介のポケットでもぞりと動いた。
焚き火の炎が、ゆらりと揺れた。
しばらく沈黙が続いた後、イグニシアがぽつりと言った。
「……クリム…真紅の暴君の中にも、あったと思うか」
聡介は少し間を置いた。
「おそらく」
イグニシアは炎を見つめたまま、何も言わなかった。
「あれが本当に何者かに操られ、虐げられていたとするなら」
静かだが、力のある声だった。
「そして、それがこの魔石を生み出している原因と繋がっているなら……私はそれを知らなければならない」
聡介は頷いた。
「僕には目的地がないんです。あるのは、ドランくんが言った言葉だけで」
「……僕と同じ思いの子を助けてあげたい、か」
「ええ。何か大きな縁に導かれているような気はしているんですが……目の前に困っている子どもや親がいれば、放っておけない。そういう性分なので」
聡介は苦笑した。
「それも悪くないですけどね」
「人が集まる場所に行こう」とイグニシアが言った。「そうすれば、何か分かることがあるかもしれない」
「どこか当てがあるんですか」
「樹海を抜けた先の湿地帯、その向こうに大湖水がある。この大陸における交易の中心地だ。……まぁ、兄上の受け売りだがな」
聡介は少し考えて、それから頷いた。
「行きましょう」
焚き火が、静かに燃え続けていた。
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翌朝、保育園を開く前の打ち合わせの時間。
聡介は職員一同の前に立った。シルク、ソラ、ゴルド、そしてイグニシアに呼んできてもらったエルドが、切り株に腰掛けていた。エルドはどこか察したような顔をしている。
「皆さんに、お伝えしたいことがあります」
聡介は一人ひとりの顔を見渡してから、言った。
「近いうちに、ここを発とうと思っています」
しばらく、誰も口を開かなかった。
ゴルドが「……そうか」と言った。ソラが目を伏せた。シルクが静かに手を膝の上で組んだ。
「やっぱり、かい」
呟かれた言葉に、皆がエルドを見た。
「以前してくれた話を覚えているかい。自分たちで立って自分たちで環境を作れるようにする事が僕の仕事だと、そう言っていたね」
エルドは穏やかな眼差しで聡介を見つめながら続ける。
「あの時から、いつかはそういう日が来ると思っていたよ。……保育士というのは、手がかからなくなるのが仕事の完成…だものな」
「エルドさん」
「分かっている。……続けなさい」
聡介は頷いた。
「皆さんなら、大丈夫です。現場はシルクさんに任せます。そして……エルドさん、園長をお願いできますか」
エルドが長い間、聡介を見ていた。
「……私が、か」
「はい。現場に立つ必要はありません。皆が悩んだ時に、話を聞いてくれるだけでいい。あなたがいてくれれば、この保育園は続いていきます」
エルドは何も言わなかった。ただ、ゆっくりと頷いた。
次に聡介はドランの方を向いた。
「ドランくん。この場所で子どもたちのリーダーとして残る、そういう生活も、幸せの一つだと思う。……どうしたいか、聞かせてくれる?」
ドランは少しも迷わなかった。
「ついていく」
「理由を聞いてもいい?」
「あの日、言ったでしょ。僕と同じ思いの子を助けられるようになりたいって。その気持ち、今も変わってないから」
聡介は微笑んだ。
「……分かりました」
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職員たちは複雑な顔をしながらも、聡介の言葉を受け入れた。
「じゃあ……お別れ会をしましょう」とシルクが言った。
「数日後に」とゴルドが続けた。
「その間、準備をさせてください」とソラが言った。
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その日の保育が始まる前、聡介はフィラ、マーラ、ガーラに伝えた。
「近いうちに、ここを発ちます」
フィラが「……そうですか」と静かに言った。その目が少し潤んだが、それ以上は言わなかった。
マーラが「セラが寂しがりますね」と言った。それから「……私たちも」と小さく付け加えた。
ガーラは腕を組んで、しばらく黙っていた。
「……ったく」
それだけ言って、顔を背けた。その耳が、かすかに赤くなっていた。
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それからの数日は、準備と別れに充てた。
「今日からはお休みですよ」とシルクに言われ、エプロンを脱がされた聡介は、久しぶりに一人の大人として広場での日々を過ごした。
子どもたち一人ひとりに別れを告げ、ゆったりと最後の遊びを楽しんだ。
ガロに「どこ行くんだ」と聞かれ、「遠いところ」と答えると、「ヤダ」と言われた。それが妙に嬉しかった。
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数日後、お別れ会が開かれた。
広場に席が用意され、聡介たち一行が座ると、会が始まった。
お姉様方が腕を振るった料理が並んだ。
子どもたちが聡介の前に立って、一生懸命練習した歌を歌った。音程は所々怪しかったが、その声は広場の隅々まで届いた。
大人たちが一人ずつ、感謝の言葉を紡いでいった。
宴もたけなわになった頃、子どもたちが何かを抱えて聡介の前に出てきた。
「先生、これ」
差し出されたのは、聡介のエプロンだった。
受け取って広げると、裾に見たことのない刺繍が施されていた。蔓草をあしらった若草色の模様が、エプロンの端を縁取るように広がっている。所々には小さくきれいな石が編み込まれていた。
「……これ」
「みんなで作ったんだよ」とリネアが言った。
詳しく聞けば、アラクネの皆で糸で作って、アルラウネの皆で色をつけて、オーガの皆で綺麗な石を選んでくれたそうだ。
「エルドじいじが、お話してくれたんだ」とセラが言った。
「昔の人は、旅に出る人に、みんなの思いを込めた布を持たせるって。そういうお話。だから、みんなで作ろうって」
聡介はエプロンをしばらく見つめた。
ひよこのアップリケ、シアの花冠のコサージュ、そして今日加わった蔓草と小石。旅の記憶が、一枚の布に積み重なっていた。
「……ありがとうございます」
声が、少しだけ掠れた。
聡介はそのエプロンを身につけて、皆の前に立った。
「みずひかり広場で過ごした時間は、僕にとって宝物です。皆さんが、僕に保育士の喜びを思い出させてくれました。……この場所で出会えたこと、本当に良かった」
広場が静かになった。
「どうか、元気で。……また、いつかきっと」
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翌朝、みずひかり広場に朝の光が差し込んだ。
皆が広場に集まっていた。シルク、ソラ、ゴルド、エルド、フィラ、マーラ、ガーラ、リネア、セラ、ガロ、お姉様方。
聡介はお散歩リュックを背負い直した。胸元のひよこを一撫でし、エプロンの裾に指を沿わせる。新しい刺繍の感触が、指先に残った。
「行ってきます」
イグニシアが頷いた。ドランが笑った。ピヨすけが「ピヨッ」と鳴いた。
「ソウスケ」
ガーラの声だった。
振り返ると、ガーラが腕を組んだまま、真っ直ぐにこちらを見ていた。
「……達者でな」
それだけだった。でも、それで十分だった。
一行が歩き出した。
広場を抜け、樹海の木立へと踏み込んでいく。足元の腐葉土が、しっとりと沈み込む。
振り返ると、みずひかり広場がまだ見えた。子どもたちが手を振っている。ガロが「ヤダ!」と叫んでいたが、それでも手を振っていた。
聡介も手を振った。
それから前を向いて、歩き続けた。
樹海の向こうに、大湖水がある。交易の中心地がある。まだ見ぬ困り感を抱えた子どもたちと、その親たちがいる。
「先生」とドランが言った。「次はどんな子がいるかな」
「どんな子がいるんでしょうね」
「楽しみだね」
「そうですね」
ピヨすけが、聡介の肩から空を見上げた。
樹海の木漏れ日が、一行の足元を照らしていた。
【第二章:ひよこエプロンと彷徨える樹海の子・完】
第二章:ひよこエプロンと彷徨える樹海の子、ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!
無事に樹海編の幕を閉じることができたのも、読んでくださる皆様のおかげです。
樹海を乗り越えた聡介たちの次なる舞台は、かつて賑わいを見せたあの場所へ――。
第3章の開始時期や今後の予定については、マイページの【活動報告】にて詳しく書かせていただきました。よろしければ、ぜひ覗いてみてください!また、お手間でなければ、感想やブックマークを頂けたらすごく励みになります。
それでは、新章『湿地帯編』でお会いしましょう!




