第37話:【みずひかり保育園の日常 〜くさ組、ソラ先生の毎日〜】
開園当初の慌ただしさが、少しずつ落ち着き始めた頃のこと。
その日の午後、聡介が子どもたちを木陰に集めた。
「それじゃ、お話をしますよ〜!みんな、集まれ集まれ〜!」
アラクネの子どもたちが木の上から降りてきて、アルラウネの子どもたちが根を抜いて寄ってきて、ガロが「なんだなんだ」と言いながら最前列に陣取った。
聡介は子どもたちの前に腰を下ろすと、ゆっくりと語り始めた。
「むかしむかし、あるところに、ソウスケというおじいさんが住んでいました」
「じいさん?」とガロが首を傾げた。
先生がおじいさん、と子どもたちはクスクス笑いだす。
「そう、おじいさん。このおじいさんがね、ある日、樹海に巨大なキノコを見つけました。よし、これを引っこ抜いて、みんなで食べよう!……と思ったんですが、これがなかなか抜けない」
聡介が立ち上がり、見えないキノコを引っ張る真似をした。
「うんとこしょ、どっこいしょ。……でも、キノコは抜けません」
子どもたちが固唾を呑んで見守っている。
「そこで、おじいさんはイグニシアというおばあさんを呼びました」
「おばあさん!?」
イグニシアが調理場の方から「今、おばあさんと言ったか」と鋭い声を飛ばしてきた。
「お話の中だけですよ!」
聡介が笑いながら続ける。
「おじいさんがおばあさんを呼んで、おばあさんがおじいさんのうしろに繋がって、二人で引っ張ります。うんとこしょ、どっこいしょ。……それでも、キノコは抜けません」
「つぎはだれ?」とアラクネの子どもが身を乗り出した。
「次は、ドランくんを呼びました」
ドランが「僕だ!」と嬉しそうに手を挙げた。
「ドランくんがおばあさんのうしろに繋がって、三人で引っ張ります。うんとこしょ、どっこいしょ。……それでも、キノコは抜けません」
「つぎ! つぎ!」
子どもたちが口々に叫ぶ。
「次は、ピヨすけを呼びました」
肩のピヨすけが「ピヨッ」と鳴いて羽をばたつかせた。子どもたちが笑い転げる。
「ピヨすけがドランくんのうしろに繋がって、四人で引っ張ります。うんとこしょ、どっこいしょ。……まだまだ、キノコは抜けません」
「クリムも!」とドランが叫んだ。
「そう、クリムくんも呼びました。クリムくんがピヨすけのうしろに繋がって、五人で引っ張ります。うんとこしょ、どっこいしょ。……ぜんぜん、キノコは抜けません」
広場が静まり返った。
聡介がゆっくりと子どもたちを見渡した。
「さて、最後に誰を呼んだでしょう」
「ガロ!」「ガロだ!」「ガロに決まってる!」
全員が一斉に叫んだ。ガロが「そうだろ!」と胸を張った。
「そう、最後にガロくんを呼びました。ガロくんがクリムくんのうしろに繋がって、六人で引っ張ります。うんとこしょ、どっこいしょ、うんとこしょ……」
聡介が間を置いた。子どもたちが息を呑む。
「どっこいしょっ!!」
「「「ヤダ!!」」」
ガロが思い切り引っ張る真似をして、周りの子どもたちも一緒に「ヤダ!」と叫んだ。
「……スポーン! 大きなキノコが抜けました!」
わあっと歓声が上がった。ガロが「ガロが抜いた! ガロが!」と飛び跳ねている。
聡介は笑いながら子どもたちを見渡した。
「おーしまい♪」
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少し離れた場所で、ソラはその一部始終を見ていた。
子どもたちの表情が、聡介の語りの一言一言で変わっていく。固唾を呑んで、身を乗り出して、笑い転げて、一緒に叫ぶ。
(……すごい)
語り聞かせというものを、ソラは今日初めて見た気がした。いや、実際は聡介の語り聞かせは何度も見ている。
でも、こんなに子どもたちが全身で反応するのを見て、改めてその面白さを感じたのだ。
その日の夕方、ソラは聡介を呼び止めた。
「先生、私も……語り聞かせ、やってみたいんですが」
「いいですね。どんなお話をしようか考えていますか?」
「それが……私、あまりお話を知らなくて。アルラウネの昔話とか、種族に伝わるお話があればいいなと思うんですが、どこで聞けばいいのかも分からなくて」
聡介は少し考えた。
「それなら、直接聞きに行きませんか。種族の昔話を一番よく知っているのは、やっぱり年長者の方々だと思いますよ」
「でも……」
ソラが少しためらった。
「どなたか、思い当たる方はいますか?」
「……エルドさんは、昔からよくお話を聞かせてくれる方でした。でも、今は……あまり元気がなくて」
「一緒に会いに行きましょうか」
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エルドの住処は、広場から少し離れた巨木の根元にあった。
年輪を重ねた大樹のような重厚感のある肌。若木の瑞々しさはないが、その分どっしりとした存在感がある。
ただ、今のエルドからは、その存在感すら薄れているように見えた。
根を浅く土に差し込んだまま、うつむいて座っている。
「エルドさん」
ソラが声をかけると、エルドがゆっくりと顔を上げた。
「……ソラか。何の用だい」
「あの、保育園でお話を聞かせてほしくて……」
「保育園」
エルドは短く繰り返した。それきり、何も言わなかった。
「子どもたちに、アルラウネに伝わるお話を聞かせてあげたいんです。エルドさんは昔から、たくさんのお話を知っていらっしゃるから」
「……今更、私が行っても何にもならんよ」
エルドの声は穏やかだったが、その奥に諦めがあった。
「役に立たんと言われて、ここまで来た。何ができるというんだ」
ソラが言葉に詰まった。その隣で、聡介がエプロンのひよこを一撫でし、静かに口を開いた。
「エルドさん、一つだけ聞かせてもらえますか。今まで、どんなお話をしてきたんですか?」
エルドが聡介を見た。
「……あんたは誰だい」
「別俣聡介といいます。保育士です」
「ほいくし」
「子どもたちの味方です」
エルドはしばらく聡介を見ていた。それから、ぽつりと言った。
「……アルラウネの根がどこまで伸びているか、という話。水が地の底でどう流れているか、という話。樹海の木々が夜に何を話しているか、という話……。そういうのを、昔はよく話していたよ」
「それは、素敵なお話ですね」
「子どもたちが喜んでくれたのは、昔の話だ。今は……誰も聞きたがらん」
「そんなことはないと思いますよ」
エルドが眉を動かした。
「僕が今までいた場所でも、よくあったんです。年長者の方のお話を、子どもたちがとても楽しみにする、ということが。知識や経験から生まれるお話は、若い人には作れないものですから」
「……」
「一度だけ、試してみていただけませんか。子どもたちの反応を見て、それからまた考えていただければ」
エルドは長い間、黙っていた。
根が、土の中でゆっくりと動いた。
「……一度だけ、だよ」
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翌日、エルドが広場にやってきた。
子どもたちが集まる中、エルドはゆっくりと腰を下ろした。ソラが隣に寄り添う。
「……むかし、樹海にとても大きな木があってね」
低く、穏やかな声だった。
「その木の根は、地の底まで伸びていて、世界中の水の流れを知っていた。ある日、その木の根がたった一本だけ、はるか遠くの砂漠に迷い込んでしまったんだ」
子どもたちが静かになった。
「砂漠には水がない。根は乾いて、どんどん弱っていく。でも、諦めずに伸び続けた。もしかしたら、もう少し先に水があるかもしれないと思って」
ガロでさえ、じっと聞いていた。
「そうして何年も伸び続けた根は、ある日、小さな湧き水を見つけた。砂漠の真ん中に、ほんの少しだけ湧き出る、冷たくて透明な水を」
エルドが少し間を置いた。
「その根はそこに留まって、水を吸い上げ続けた。そして少しずつ、砂漠に緑を育てていったんだよ」
「……それで?」とアラクネの子どもが聞いた。
「それで、おしまいだよ」
「えーっ」
「物足りないかい?」
「もっと聞きたい!」
エルドの口元が、かすかに緩んだ。
「……そうかい」
その表情を、ソラは見逃さなかった。長い間、消えていた何かが、エルドの顔に戻ってきた瞬間だった。
「もう一つ、話しましょうか」
子どもたちが「やった!」と声を上げた。
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それからエルドは、定期的に広場に来るようになった。
来るたびに一つ、また一つとお話をした。アルラウネの昔話、樹海の植物の不思議な話、遠い土地の水の話。ネタは尽きなかった。
ソラはその傍らでいつも聞いていた。話が終わると、エルドに質問した。
教えてもらった話を、今度は自分でもしてみた。うまくいかない部分をエルドに直してもらった。
「ソラ、そこはもう少しゆっくり話すといい。子どもたちが絵を思い浮かべる時間が必要だから」
「はい。……こうですか」
「そう。良くなったよ」
エルドの声に、少しずつ張りが戻ってきた。広場に来る日が増えた。子どもたちが「エルドじいじ!」と駆け寄るようになった。
ある日、ソラが聡介に言った。
「先生、エルドさんが笑うようになりました」
「そうですね」
「私が保育園に誘ったのに、気づいたらエルドさんに教えてもらっている気がして」
「それで良いんですよ」と聡介は言った。
「保育って、一方通行じゃないですから。ソラさんがエルドさんから学んで、エルドさんがソラさんや子どもたちから元気をもらう。そういうものだと思います」
ソラはしばらく広場を見た。
エルドが子どもたちに囲まれて、穏やかに話している。その顔は、初めて会った日の活気のない表情とは、別人のようだった。
「……私、保育士になって良かったです」
聡介は何も言わなかった。ただ、穏やかに微笑んだ。
※本作品はAIを創作のバディとして共に紡いでいます。詳しい想いや方針については、ぜひ【活動報告】をご覧いただけると嬉しいです!




