第34話:【始まりの広場、みんなの場所】
翌朝、聡介は爽やかな朝の空気の中、アラクネとアルラウネの集落をそれぞれ訪れていた。
「――保育園、ですか?」
最初に訪ねたアラクネの集落では、親しいフィラが不思議そうに首を傾げた。続いて向かったアルラウネの集落でも、マーラが植物の髪を揺らしながら目を丸くしている。
二人とも、最初は「ホイクエン」という聞き馴染みのない響きに戸惑い、訳が分からないといった様子だった。
けれど、聡介が真っ直ぐな目で「子どもたちが一緒に育つ場所を作りたいんです」と語ると、その真摯なトーンに引き込まれるように、静かに話を聞いてくれたのだった。
そして迎えた、昼下がりのこと。
燦々と日の差し込む水場のある広場に、これまでは決して交わることのなかった三つの種族が一堂に会していた。張り詰めた緊張感が漂う中、最初に動いたのはガーラだった。
「……フィラ、マーラ。まずはあたいのしたことを、あんたたちに詫びさせてくれ」
オーガの巨体を小さく丸めるようにして、ガーラは二人の前に進み出ると、深く頭を下げた。
昨日ガロが粘土遊びに満足し、お昼寝に入るのを見届けた後、聡介から「あの魔石には、子どもたちの心をひどく乱してしまう危険な力があるかもしれない」と聞かされたのだ。
良かれと思ってやったことが、結果的に周囲を脅かしていた――。己の思慮の浅さを振り返り、ガーラは心の底から後悔している様子で、その拳をぎゅっと握りしめていた。
突然の謝罪に、フィラとマーラは目を見開いた。まだ過去の警戒心が完全に消え去り、打ち解けたわけじゃない。
けれど、ガーラの痛切な表情に嘘がないことを見て取り、二人は小さく頷いて、その謝罪を受け入れた。
「ありがとうよ……」
ガーラは顔を上げると、安堵の息を漏らし、それから改めて聡介の方を向いた。
「で、その『ほいくえん』ってのは、一体どういうもんなんだい?」
全員の視線が聡介に集まる。
聡介はエプロンを正して一歩前に出ると、ゆっくりと説明を始めた。
保育園の概要や理念、異なる種族の子どもたちが共に過ごすことで生まれる利点。その間親たちは安心して仕事に取り組めること…。
そして、それをどうやって作っていくか。ただの建物ではなく、そこに集う空間、必要な物質、そして何より子どもたちを見守る人材の重要性について、丁寧に言葉を尽くしていく。
「――なるほどねぇ。でも、あたいらの生活とあいつらの生活じゃ、全然違うよ?」
今度は逆に、聡介が問いかける番だった。
三つの種族の現状、それぞれの人物構成、今抱えている問題、そして文化や風習、食性、日々の生活習慣……。
聡介が熱心に聞き取る中で、話し合いは次第に過熱していった。
「うちらは昼間が一番活発だけど、アラクネの夜型の生活とは合わないんじゃないかい?」「食事の肉と植物じゃ、同じ場所で食べるのは工夫がいるわ」
次々と浮き彫りになる相違点に、誰もが「本当に一緒になんてやれるのか?」と顔を曇らせる。だが、聡介は少しも動じなかった。
穏やかな微笑みを崩さず、お散歩リュックから折り紙とマーカーを取り出した。
この世界に来てから、幾度となく遊びに使った折り紙セットであったが、なぜか枚数が減ってないように感じる。
不思議に思いながらも聡介は、次々に出てくる問題点を折り紙に書き入れ、カテゴリーに分けて並べていった。
それを見た3人の口が一斉にとまる。
「あんた…いったい何してんのさ?」
遠慮の少ないガーラが尋ねると、フィラとマーラも同意するように頷く
「えっと、アイディアや問題点を言葉で書き込んで、わかりやすいようにまとめて並べてるだけですけど…。あっ、読めませんよね、イラスト描きますね」
説明しながら一人で納得し、次々にデフォルメされたイメージイラストを描き加える聡介の姿に、3人は呆気にとられる。
「よく分からないけど、私達すごい会議をしてるみたいね…。」
「あの手さばき尋常じゃないわ、私の糸繰りでもあそこまで手際がいいか…」
「ったく大げさだよな、まぁ分かりやすいけどよ…。」
それぞれが呟き顔を見合わせ、同時に言葉を紡ぐ。
「「本当に、変な人ですよね(だよな)」」
同じ気持ちを共有した3人はふと笑い合い、また話し合いに戻るのだった。
それを尻目に、時々疑問をぶつけながら、聡介は見事な手際で議事を進行していく。
ひと通り意見が出尽くし、誰もが「やっぱり難しいんじゃないか……」と思う中、聡介は小さく顎を引いた。
「皆さん、たくさんの貴重な意見をありがとうございます。……少し、僕に考えを練らせてください」
聡介はみんなを見渡して、柔らかく微笑んだ。
「皆さんは、今日の話を出来るだけ種族の皆さんに伝えてみてください。そして、みんなで相談してみてほしいんです。僕も、もし良ければ他の皆さんにも直接聞き取りをさせてもらえたら嬉しいです」
押し付けるのではなく、共に考えるための提案。その言葉を最後に、その日の集まりは解散となった。
それから数日。
聡介は各種族の住居をこまめに回り、一人ひとりの声に耳を傾ける聞き取りを終えた。
それぞれの種族の住人たちも、聡介の熱意と誠実さに触れるうち、頑なだった心を少しずつ和らげていく。
最終的に、それぞれの集落の中心に位置する、あの水場がある広場の一角を園庭とすることについて、みんなから「まぁ、そこまで言うなら……」と、消極的ではあるものの確かな承諾をもらうことができた。
承諾が出れば、いよいよ行動開始だ。
あくる朝、広場に皆を集めた聡介は宣言する。
「まずは、この広場の名前を決めましょう!」
どの種族もがここの水場を頼りにし集まるこの広場の名前を決めることで、生活の中心地として確立し、同時にこれから作る保育園の名前としても機能するような狙いを込めて聡介は皆を見渡した。
最初は戸惑いの表情だった面々だったが、誰かがポツリと意見を言ったことを皮切りに、それぞれが思っていた広場の名前を出し始めた。
幾つもの候補が挙がる中、それを手早くまとめながら、最終的に聡介は、自分がとても素敵だと思った話の様子をみんなに告げる。
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「朝は眩しくて、昼は木漏れ日、夜は月明かり……。この1年、私たちはいつもこの水辺の『光』に集まって、お互いの姿を確認し合ってきたでしょ? 寂しかった放浪の私たちを、等しく照らしてくれた光。だから……『みずひかり広場』はどうかしら?」
フィラのその言葉に、マーラが植物の髪を揺らしてハッとしたように顔を上げた。
「水光……ええ、本当にあそこは、いつ行っても綺麗に光が揺れていたわね」
しみじみと呟くマーラに、フィラは少し悪戯っぽく笑いながら、横に座るガーラに視線を向けた。
「私たちアラクネは、本当は昼間の開けた場所って苦手なのよね。特に、最初はオーガの皆さんが来たときは怖くって。あの大きい姿を見かけるたびに、襲われるんじゃないかって、物陰に隠れて息を潜めてたんだから」
「……あ?」
ガーラがバツが悪そうに眉を寄せ、太い腕を組んでそっぽを向く。フィラはそれに構わず言葉を続けた。
「でもね、この1年をよく思い出してみたの。あそこって樹海には珍しく、どこからでも見通しが良いでしょ? ガーラたちは私たちの気配に絶対気づいてたはずなのに、一度も攻撃なんてしなかった。それどころか、私たちと鉢合わせしたときは、水を汲み終わるまで、わざわざ大きな背中を向けて、ガロをあやしながら待っててくれてたじゃない」
「っ……! お、お前らひ弱な奴らが、あたいらの足音にビビって今にも干からびそうな顔してるから、先に譲ってやってただけだよ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るガーラを見て、マーラがふふっ、と愛おしそうに口元を押さえた。
「気づかなくてごめんなさいね、ガーラ。あの眩しい光の中で、あなたたちは不器用なりに、ずっと私たちに気を遣ってくれていたのね。……そう思うと、あの水面の光が、なんだか余計に温かいものに思えてくるわ」
「フン……。あたいのガキも、あの光る水面を飽きずにずっと眺めてたっけな。……『みずひかり広場』、悪くねぇよ」
ぶっきらぼうに、けれど嬉しさを隠しきれない様子で頷くガーラ。
バラバラに、遠巻きに光を見つめていた放浪の民が、月日をかけて、その光の下で初めて一つの円になった瞬間だった。
それを見ていた聡介は、手元の折り紙に描いたイラストの真ん中に、あたたかい光のマークを大きく描き加えた。
──────────
「皆さんにとって、ただすれ違うだけだった美しい水場が、今日、本当の意味で繋がったんです。これからは子どもたちも一緒に、その光の中で泥だらけになって遊ぶ場所になります。今後、この広場を『みずひかり広場』、と呼ぶのはどうでしょうか?」
聡介の言葉に、その場に居合わせた面々は、思い思いに頷いてみせる。中には広場の名前をつぶやいて納得の表情を浮かべるものも少なくなかった。
その様子を見て穏やかに微笑むと、聡介は次の行動に移る。
次は空間の設定…。日本の保育所のような仰々しいコンクリートの建物は要らない。この大自然を活かすんだ。
アラクネたちの協力を得て、巨木と木々の間に丈夫な糸が張り巡らされ、まるで大きなテントのように頭上を優しくカバーする、開放的な保育室が出来上がっていく。お昼寝用には、風が心地よく通り抜ける糸のハンモックが吊るされた。
さらにアルラウネたちの力が加わると、荒れていた地面にあっという間にフカフカの芝生広場が広がり、水場の近くには、それぞれの食性が違っても一緒に食事が楽しめる、工夫を凝らした空間が作られていく。
作業の邪魔になる大きな岩や頑固な切り株があれば、オーガたちが「ふんぬッ!」と自慢の怪力で簡単にどかしてみせた。地響きと共に巨大な切り株が抜けるたび、ドランやピヨすけがわっと声を上げて拍手を送る。
彼らは建築に必要な木材も次々と集めてきてくれ、聡介の指導のもと、子どもたちが使う椅子や机、手作りの遊具などを皆で一段ずつ組み立てていく。
それぞれが、それぞれの種族の力を活かし、合わせる。その手と手が重なるたびに、誰も見たことのない景色がどんどん形になっていった。
その最中には、もちろん綺麗なことばかりではなく、何度も衝突があった。
設定する場所や空間の広さ、活動する時間帯やその内容、食事の配置や、互いの譲れない習慣について――。工事を進める中でも、保育の内容を詰める上でも、意見がぶつかる都度、全員が納得するまで徹底的な話し合いが行われた。
聡介はその真ん中に立ち、泥臭く、けれど一歩も引かずにみんなの想いを繋ぎ続けた。
そうして何日かが過ぎた頃。
ついに、手作りの保育園がひとつの形となって目の前に現れた。
木漏れ日が芝生を照らし、風にハンモックが揺れている。やり遂げた、という深い達成感に包まれ、各種族の面々が誇らしげに周囲を見渡す中、聡介はお散歩バッグを肩にかけ直して、うれしそうに微笑んだ。
「皆さん、本当にありがとうございます。――でも、これからが本番ですよ」
その言葉に応えるように、実際に子どもたちが招かれ、記念すべき最初の遊びが始まった。
ガロが芝生に飛び込み、アラクネやアルラウネの幼い子どもたちが、おずおずと、けれど好奇心に瞳を輝かせて集まってくる。
賑やかになっていく園庭に残ったのは、聡介、イグニシア、ドラン、そして各種族から「手伝いたい」と名乗り出た、一名ずつの希望者たちだった。
「よし……それじゃあ、みんなでいこう!」
頼もしい保育士見習いのメンバーを後ろに従えて、聡介は深く息を吸い込み、異世界で最初の一歩となる保育の現場へ、一歩を踏み出すのだった。




