第33話:【むにむに、ぺたぺた、はじめてのできた】
じっと見つめ合っていたガロから、名残惜しそうに視線を外したドランは、くるりと聡介の方を振り返った。
「ねえ先生。ガロと何か一緒に遊びたいんだけど、何がいいかな」
しゃがみ込んだ聡介の、お散歩リュックをきらきらした目で見ながら、ドランは尋ねる。
「楽しいやつ?」
「そう! ガロが一緒にやりたくなるやつ」
聡介はエプロンのひよこを撫でながら少し考えて、それからにっこりと笑った。
「じゃあ、こねこねするやつはどうだろう」
「こねこね?」
「粘土みたいなもの。食べられる素材で作るから、ガロくんが口に入れても大丈夫なやつ」
ドランの顔が輝いた。「やりたい!」
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聡介がお散歩リュックから小麦粉と塩と水と油を取り出し、その場でこね始めた。
指先が迷いなく動く。力の入れ具合、こねるリズム、水分の加え方。どれも無駄がなく、見ているだけで気持ちいい手つきだった。
やがて聡介の手のひらから、滑らかな白い塊が生まれた。
「亀を作ってみようかな」
そう言いながら指先を動かすと、丸みのある甲羅、四本の足、のっそりとした頭が、するすると形になっていく。細部まで丁寧で、見映えのある仕上がりだ。
「……先生、すごい! 僕もやる!」
ドランが食いついた。
「どうぞ。こうやって、ぎゅっ、ぎゅっ、てやるんだよ」
少し離れた場所で、ガロがその様子をじっと見ていた。
ガーラが「ほら、あんたも行けば」と背中を押すが、ガロは首を縦に振らない。
「ヤダ」
「ヤダじゃないよ、楽しそうだろ」
「ヤダ!」
ガーラがため息をついた。聡介はちらりとガロを見て、でも何も言わずに粘土をこね続けた。
「ドランくん、何作る?」
「鳥さん! 先生みたいに上手くできるかな……」
「やってみようよ。最初はみんなうまくいかないもんだよ」
ドランが真剣な顔で粘土に向き合い始めた。
ガロの足が、少しだけ聡介たちの方へ向いた。
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聡介は粘土を少し分けて、さりげなく切り株の端に置いていた。
近くまで寄ってきていたガロが、おずおずと指先を伸ばす。
むにっ。
「…………」
もう一度、むにっ。
ガロの表情から、少しだけ力が抜けた。
「もっと作る?」と聡介が聞いた。
「ヤダ」
「そっか」
聡介は粘土を追加でこね始めた。ガロはそれを見ながら、また切り株の粘土を触った。むにっ、むにっ。
しばらくして、ガロが自分から材料に手を伸ばした。
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「ヤダぁ!」
ガロが丸めた粘土を地面に叩きつけた。ドンという音がして、地面に小さなクレーターができた。
「そうだよね、うまくいかないとヤダだよねぇ」
聡介がのんびり言いながら、自分の粘土をこね続けた。
しばらくゴネた後、ガロはまた材料に手を伸ばした。「ヤダ!」と言いながらも、指はむにむにと動いている。
うまくいかなくて「ヤダぁ!」、また戻ってきて「ヤダ!」と言いながら続ける。
聡介は「そうだよね」と受け止めながら、自分の粘土を触り続けた。
ドランは特にその様子を気にすることもなく。遊びに夢中になり、クリムに粘土を触らせたりしている。
それが、なんとなく、ガロには居心地が良かった。
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やがて、ガロの手の中に、丸い何かができあがった。球とも岩とも言えない形。でも、確かにガロが一生懸命こねた何かだった。
「焼いてみようか」と聡介が言った。
聡介はお散歩リュックから工作セットを取り出し、周囲の石を手際よく組み上げた。小さいが、きちんと熱が回るよう計算された簡易の窯だ。
「ドランくん、ここに火をお願いできる? 強すぎず、弱すぎず」
「……やってみる」
ドランが両手のひらに、慎重に炎を灯した。大きな炎ではない。けれど、窯の中に送り込まれた熱は、石の間でゆっくりと循環し、均一にそれぞれの作品を包んでいく。
炎の加減はドランには難しかった。
何度か強くなりすぎると、いつの間にか肩の上に乗っていたピヨすけが「ピョっ」と一声鳴く。
その声を聞くと不思議と落ち着く魔力に背中を押されながら、ドランは丁寧に続けていった。
しばらくして、聡介がお散歩リュックの中にある工作セットから刷毛と水性のウレタンニスを取り出した。安全性が高く、現場でも重宝していた物だ。それを焼き上がった作品の表面に丁寧に塗っていく。
しばらく乾かした末、ガロの作品が完成した。
いまだ小麦粉粘土に夢中だったガロは、聡介に促され、出来上がった作品を手に取りじっと見つめる。それから弾かれたようにガーラのもとへ駆けていった。
「ママ! みて! できた!」
ぼうっとしていたガーラが顔を上げると、ガロが両手で丸い何かを差し出していた。
「……なんだい、それ」
「ガロがつくった!」
ガーラの表情が、ふっと変わった。
その丸い何かを、大きな手でそっと受け取る。
「……かっこいいじゃないか」
ガロが、胸を張った。
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「あたいも……久しぶりに、こんなにゆっくりできた気がするよ」
ガーラがそう言いながら、ガロの頭に大きな手を乗せた。その声が、いつもより少しだけ柔らかかった。
「こいつが泣きわめく間、ずっと一緒にいなきゃいけないだろ。毎日が戦争みたいでさ……。あんたら、本当にすごいんだな」
「ガーラさんこそ、ずっと一人で頑張ってきたんですね」
聡介が静かに言った。
「……当たり前だろ、あたいがやらなきゃ、誰がやるんだい」
「そうですね。……だから、一つ提案があるんですが」
「なんだい」
それは、ここ数日でさまざまな種族の子どもたちと触れ合い遊ぶ中で、少しずつ脳裏に描いていたことだった。
聡介は、広場の方角を見渡した。アラクネの集落、アルラウネの集落、そしてここオーガの集落。みんなそれぞれ、子育ての困り感を抱えて、一人で頑張ってきた家族たちが集まっている場所。
「ガーラさん、他の種族のみなさんと一緒に……保育園を作りませんか」
「ほいくえん?」
「子どもたちが、一緒に遊んで育つ場所です。今日みたいに」
ガーラが、今日一日を振り返るように、ガロを見た。
いつものわめき声が聞こえない。隣でドランと並んで、作った粘土を見比べている。
「……」
ガーラは何も言わなかった。でも、その視線は、聡介が見渡した広場の方へと、ゆっくりと向いていった。
聡介はその先に、まだ形のない何かを見ていた。
種族の違い、積み重なった怖さ、すれ違いの日々。それでも、今日この場所で、子どもたちは一緒に粘土をこねた。
それで十分だと、聡介は思った。
始まりなんて、いつだってそういうものだから。




