表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第三章開幕】異世界転移したおっさん保育士、子どもも大人も世界の歪みも、愛と受容でまるごと抱きしめる  作者: まどか
第ニ章:ひよこエプロンと、彷徨える樹海の子

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/56

第30話:【嵐を呼ぶ二歳児(オーガ級)】

明確な気配を感じたのは、宝物交換の夜から数えて三日目の朝のことだった。


その間も、オーガらしき気配は広場の外縁に何度か現れては消えていた。イグニシアがそれを察知し、聡介に告げるたびに「様子を見ましょう」と返ってくる日々が続いた。


アラクネやアルラウネの家族たちも、その重い気配には気づいていた。木の上から覗くアラクネたちの視線は、外縁の方向へ向くたびに鋭くなった。マーラは、広場に来る時間を少しずつ早めるようになっていた。


誰も何も言わなかった。ただ、広場の空気が少しずつ、張り詰めていった。


そしてその日の朝。


「……来た」


イグニシアが低く呟いた。


木立の向こう、普段は誰も踏み込まない広場の外縁。そこに、大柄な影が複数立っていた。


先頭にいたのは女性のオーガだった。身の丈はイグニシアの倍近い。


岩のような筋肉に覆われた腕、ごつごつとした赤みのある肌。その顔立ちは厳つく、眉間に深い皺が刻まれている。


だが、その瞳が、広場の中央をちらちらと窺っているのを、聡介は見逃さなかった。


(……あれは、威圧じゃない。緊張してる)


「ソウスケ、下がれ」


イグニシアが前に出た。


「待ってください、シアさん」


「しかし——」


「少し、見ていましょう」


その時だった。


木の上で過ごしていたリネアが、外縁の影に気づいて「きゃっ」と短い悲鳴を上げた。


その声に、オーガが反射的に一歩踏み出した。木立が開ける。圧倒的な体躯が、広場に姿を現す。


「っ、わ、悪い! 脅かすつもりじゃ——」


オーガが両手を上げかけた瞬間、アラクネの子どもたちが一斉に木の高い場所へと逃げ上がった。


マーラが「セラ!」と叫んで我が子を抱き込む。フィラが素早く樹上に上がり、リネアを背中に庇った。


「……っ、だから! そういうつもりじゃ——!」


焦れば焦るほど、オーガの声は荒くなる。その大きな声が、さらに子どもたちを竦ませた。


「落ち着け」


イグニシアが一歩前に出て、剣の柄に手をかけた。オーガの視線が、イグニシアへと向く。


「……竜人族か。こんなところで何をしている」


「おい、ガーラ…。」気色ばんだ声に、不穏な響きを感じて焦ったオーガの仲間が木立から声をかけながら姿を表そうとする。


「うるせぇ、あんたたちは黙って引っ込んでな!」ガーラと呼ばれた女性のオーガが木立に向けて怒鳴りつけると、その声を聞いた仲間は再び姿を隠した。


その様子を鋭い目突きで睨見つけながら、イグニシアは言葉を続けた。


「それはこちらの台詞だ。ここはお前たちの縄張りじゃない」


「分かってる! ただ、様子を——」


「様子を見るなら、他の者を怯えさせるな」


ガーラの口が、ぎゅっと結ばれた。言い返せない。言い返す言葉が見つからない。その苛立ちが、こめかみの血管を浮き上がらせた。


「……偉そうに説教たれてんじゃねえよ、てめぇらが軟弱なだけだろうが。それをうちらのせいにしてんじゃねぇ!」


ガーラの怒号が広場を震わせ、空気が凍り付く。イグニシアが剣を半分ほど抜き放った、その時だった。


「――ヤダァァァァァッ!!」


その場の全員の鼓膜を突き破らんばかりの絶叫が、足元から爆発した。


声の主は、いつの間にかオーガの足元に転がっていた小さな影――母親譲りの赤髪を振り乱し、顔を真っ赤にして泣き喚く幼いオーガだった


「ちょ、ガロ!? なんだい、いきなり!」


さっきまでの迫力はどこへやら、ガーラが狼狽うろたえた声を上げる。しかし、ガロと呼ばれた幼いオーガのイヤイヤは止まらない。


「ママ、ヤダ! おねえちゃん、ヤダ! お水、ヤダ! ねんね、ヤダ!ぜんぶ、だいきらいー!!」


「ぎゃー!」と叫びながらガロが短い足をバタつかせ、近くの地面を蹴り上げる。


ドゴォォン! と、オーガの幼児特有の制御不能な魔力が物理的な衝撃波となり、イグニシアとガーラの間にあった岩を木っ端微塵に粉砕した。


「こらガロ、静かにしな! アタイのメンツが丸潰れだろうが!」


「ヤダー! ママの顔、ヤダー! お空が青いのも、ヤダァァッ!!」


もはや、広場の緊張感などどこかへ吹き飛んでいた。


ガーラは、暴れる我が子を必死に羽交い締めにし、振り回されながらも必死に制御しようとしている。


「このっ、クソガキ……! 言うこと聞きなよ! ほら、鼻水出てるよ!」


「ヤダァッ! 鼻水、ヤダッ! ママ、あっち行けぇー!!」


ドゴォォン! と、ガロの頭突きがガーラの顎を直撃する。流石のガーラも目から火花が出たようで、ふらりとよろめいた。


ガーラがよろめいた瞬間、茂みの向こうで待機していた他のオーガたちが、慌てて身を乗り出した。


「おい、ガーラ! 大丈夫か!」


「……来るな! ったくあんたたちは、そこでガロを見張ってろって言っただろうが!」


「……あ、これ、懐かしいな」


緊張していたはずの聡介の口から、ふと場違いな独白が漏れた。


聡介の目には、それが「恐ろしいオーガ族の暴走」ではなく、保育園の廊下でひっくり返る「二歳児」そのものに見えていた。


「ソウスケ、何を言っている! 離れろ、その幼生体は危険だ!」


「いえ、イグニシアさん……これは攻撃じゃなくて、単なる『イヤイヤ期』ですね」


呆然とする一同を尻目に、ガーラは真っ赤な顔をして吐き捨てた。


「……チッ、今日は運が良かったと思いな! ほら、行くよガロ!」


ガーラは暴れるガロを無理やり小脇に抱え、なぎ倒した茂みをさらに踏み荒らしながら、仲間を従えて嵐のように森の奥へと去っていった。


遠ざかっていく「ヤダァァッ!」という絶叫と、メキメキと木々がへし折れる音。


後に残されたのは、粉々に砕けた岩と、静まり返った広場。


そして、抜いた剣をどう収めるべきか分からず、立ち尽くすイグニシアの背中だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ