第28話:【虹色の宝物、交換っこ】
樹海の木漏れ日が、広場の草地に斑な模様を描いている。
切り株を囲むように座った三人の子どもたちの中心で、ドランが誇らしげに自分のポシェットを逆さにした。
「じゃーん! これが僕の宝物だよ」
コロコロと、次から次へと宝物が溢れ出す。
境界の丘で見つけた青い鳥の抜け羽、星屑を閉じ込めたような砂の塊、振るとチリチリと鈴の音がする乾燥した木の実……。
小さな袋の中から、どう考えても入り切らないほどたくさんの「世界の欠片」が転がり出た。
リネアとセラが、身を乗り出してそれを覗き込む。
「あ、やっぱりこれ、かっこいい……!」
リネアが、以前も見せてもらった渦巻き模様のどんぐりを指差して目を輝かせた。
「こっちの種、お日様に当たると透き通って見えるね。……いいなぁ」
セラは、ドランが大切そうに並べた蛍草の種をじっと見つめている。
魔石のような刺すような光ではなく、ずっと見ていたくなるような、穏やかな光だった。
2人の呟きに、ドランはにやりと笑った。
「でしょ? 先生と一緒に見つけたんだ。……ねぇ、次は二人の番だよ」
促された二人は、顔を見合わせた。おずおずと、けれどどこか自慢げに、大切に握りしめていた手を、切り株の上で開く。
そこにあったのは、周囲の空気を歪めるほどに鮮やかで、毒々しいまでに美しい、虹色の輝きを放つ魔石だった。
「……うわぁ、綺麗」
ドランが思わず声を漏らす。その背後で、警戒を強めようとしたイグニシアを、聡介が静かに手で制した。
(大丈夫。今は、子どもたちの時間ですから)
聡介は小声で告げ、少し離れた場所で、リネアの母フィラとセラの母マーラの隣に腰を下ろした。
「それ、僕が持ってたやつにそっくりだ」
ドランの言葉に、リネアが驚いたように目を丸くした。
「ドランくんも、持ってたの? この『虹の星』」
「うん。でも、僕はもう持ってないんだ。先生の折り紙の鶴と交換しちゃったから」
「……えっ。こんなに綺麗なのを、紙と交換しちゃったの?」
セラの疑わしげな視線に、ドランは深く頷き、ポシェットの中に手を入れながら語る。
「うん。だってただの紙じゃないもん。先生が僕の顔を見て、僕のためだけに作ってくれた『特別』なんだ。それにこの石を持ってるとね、なんだか胸の奥がチリリとして、誰にも見せたくなくなっちゃうんだ。でも、先生がくれた宝物は、こうしてみんなに見せるともっと楽しくなるんだよ」
ドランはそう言うと、誇らしげに少し歪になった折り鶴を取り出した。「これなんだ!」
「あ、それ……リネアももらった!」
「えっ、いいなぁ……」
セラの小さな溜息を聞き逃さなかったのは、離れて見守っていたはずの聡介だった。
「ああっ、セラちゃん、ごめんね! 今すぐ折るから待ってて!」
ガサゴソとお散歩バッグから折り紙の束を取り出し、猛烈な勢いで指先を動かす聡介。
その必死な姿に、それまで硬い表情を崩さなかったフィラとマーラから、思わず小さな笑みが漏れた。
「はい、お待たせ! セラちゃんには、元気が出るオレンジ色の鶴だよ」
「……ありがとう、先生」
オレンジ色の鶴を手にしたセラの表情が、ふわりと緩む。
その瞬間を見計らったように、ドランが提案した。
「ねぇ、二人も僕と『交換っこ』してみない? 特別になんでも選んでいいよ!」
ドランの言葉に、二人は真剣に悩み始めた。
今までは何よりも価値があると思っていた虹色の魔石。けれど、ドランが手放したことで手に入れた「鶴」や、目の前にある「どんぐり」や「種」には、この石にはない温かさがある。
「……じゃあ、私、この渦巻きのどんぐりがいい」
「私は……この、お日様で光る石にする」
二人の小さな手が、虹色の石を切り株に置き、代わりにドランが差し出した「世界の欠片」をぎゅっと握りしめた。
「ありがとう! 二人と交換した宝物、大切にするね。また面白いものを見つけたら、見せ合いっこしよう!」
ドランの明るい声が、樹海の重たい空気を払うように響いた。
子どもたちの手が触れ合い、笑い声が広がる。その傍らで、切り株の上に残された二つの虹色の石は、主を失ったことで、その異様な輝きを微かに失ったように見えた。
その日の夜。
焚き火の傍らで、聡介は回収した二つの魔石をお散歩リュックのサイドポケットに納めた。
「……不可解だな」
イグニシアが、焚き火の明かりの中で呟く。
「これほどの質の魔石が、これほど無造作に子どもの手の届く場所に落ちている。偶然にしては、あまりに出来すぎている」
「……ええ。でも、今はこれでおしまいです」
聡介はリュックのポケットにそっと手を添え、ふと広場で眠る子どもたちのテントに目を向けた。
「それにしても、今日のドランくんはお手柄でしたね。驚きました」
「あぁ。ソウスケに褒められて、ドランも鼻を高くしていたよ。あんなに嬉しそうな顔は、私だけでは引き出せなかっただろうな」
イグニシアが手首のブレスレットに手を添えながら、少しだけ面映ゆそうに、けれど慈しむように目を細める。聡介は穏やかに首を振った。
「いえ、僕は何も言っていないんですよ。ドランくんが、遊びの中で自然に自分で気づいて……。勇気を持って、自分からお友達に手を差し伸べた。大人が教えたわけじゃないのに、自ら『分かち合う楽しさ』を選び取ったんです。本当に、凄いことだと思います」
「子どもというのは、大人が思うよりずっと、自ら育つ力を持っているのだな。……我々では、ああはいかなかったろう」
「ふふっ。そうなんです。ほんの少しの間でも、子どもたちはいつの間にか、驚くような速さで成長していくんですよ」
聡介の言葉に、イグニシアは静かに頷き、揺れる炎を見つめた。
ただ守るべき対象だった少年が、いつの間にか、誰かの心を救う「勲章」をその胸に宿し始めている。
リュックの中。
新しく仲間入りした虹色の魔石。リネアとセラが持っていたものとイグニシアが広場で見つけたもの…。その3つの隣には、かつてドランが持っていた魔石が静かに並んでいた。
よく見れば、ドランが持っていたその魔石は、以前よりも虹色の輝きが穏やかになり、その中心から、魔石本来の落ち着いた輝きが透け始めていた。
特別な存在であろうとする必要も、誰かの心を乱す道具である必要もない。リュックのポケットを優しく撫でながら、聡介はなぜかそう感じ、静かに呟いた。
「ゆっくりで、いいからね」
聡介の穏やかな受容の力に包まれながら、石たちは時間をかけて、ゆっくりと、誰かに強いられた「偽りの輝き」を脱ぎ捨てようとしていた。




