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【第三章開幕】異世界転移したおっさん保育士、子どもも大人も世界の歪みも、愛と受容でまるごと抱きしめる  作者: まどか
第ニ章:ひよこエプロンと、彷徨える樹海の子

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第27話:【もっと食べたい、でも怖い】

四日目の朝、聡介たちはアルラウネの集落を訪れた。


マーラの住処は、広場の水場から少し離れた巨木の根元にあった。太い根が地面を這い、その隙間に土を掘り込んだ空間がある。


周囲にも、同じような根元の空間にの家族が数組、それぞれの場所に根を張って暮らしていた。


セラは住処の隅で膝を抱えていた。昨日より顔色が悪い。葉の色が、心なしか褪せている気がした。


「おはよう、セラちゃん」


「……おはよう」


掠れた声だった。


聡介はエプロンのひよこを一撫ですると、特に何も言わずに、セラの少し離れた場所に腰を下ろした。


お散歩バッグから取り出したのは、スコップと少量の水。彼はセラに構いすぎず、目の前の土をいじり始めた。


「……なにしてるの?」


「泥団子を作ってるんだ。ここの土、お団子にするのにちょうどいい粘り気だね」


聡介は掌で土を転がし、丸い形を作っていく。


セラは戸惑いながらも、静かに、けれど楽しそうに指を動かす聡介の様子をじっと見つめていた。


聡介の隣ではドランが「見て、先生! まん丸!」とはしゃぎながら土をこね、ピヨすけが泥をぺたぺたと踏んでその感触を楽しんでいる。


やがてセラは、吸い寄せられるように膝の間の土に手を伸ばし、聡介の真似をして小さな塊を作り始めた。


優しく見守られながら共に遊ぶ時間。だんだんと泥団子作りに夢中になるセラだったが、形が整ってくるにつれ、彼女は不自然にソワソワとし始めた。


「……セラちゃん、どうしたの?」


聡介が穏やかに声をかけると、セラは泥のついた手を見つめたまま、ぽつりと溢した。


「……この土、おいしそうって、思っちゃうの」


「土が、美味しそう?」


「うん。……水場でご飯を食べる時も、いつも途中で我慢するの。そうしないと、周りの草が枯れちゃうから。でも最近、時々止まらなくなるの。根が、勝手にどんどん食べようとしちゃうの」


セラの声が、震えた。


「止まらなくなる時って、どんな気持ちの時かな」


「……怖い時。悲しい時。もっと欲しいって思う気持ちが、大きくなりすぎる時」


セラの言葉に、隣で話を聞いていたドランが、汚れた手を丁寧に服の端で拭うと、傍らに置いてあったクリムを大切そうに抱き上げ、そっと差し出した。


「セラ、これ見て。クリムもね、止まらなかったんだって。すごく怖くて悲しくて、気持ちが大きくなりすぎちゃって。でも、先生が教えてくれたんだ。それはクリムが悪いんじゃないよって」


「……このぬいぐるみが?」


「うん。今はもう、ちゃんと眠れてるよ」


ドランの言葉に、セラは一行を驚いたように見回した。聡介は微笑んで、彼女の目線に合わせる。


「セラちゃんの根が止まらなくなるのは、セラちゃんのせいじゃないよ。気持ちが大きくなりすぎた時に、体がついていけなくなっているだけなんだ。……だから、セラちゃんが安心してご飯を食べられるように、『環境』を整えようと思ってるんだ」


「……かんきょう?」


聞き慣れない言葉に戸惑うセラをよそに、聡介はお散歩バッグから、小型のスコップと小さな布袋を取り出した。


中には、あの丘で「ドランくんがいつか種を植えたいと思った時のために」と分けてもらった、ふかふかと柔らかい黒土が入っている。


聡介は作業を始める前に、隣にいたドランの目を見て、優しく語りかけた。


「ドランくん。この土、覚えてるかな? 丘でドランくんのために集めた、あのお花を元気にする土だよ」


「うん、覚えてるよ!」


「これね、すごく力がある土なんだ。……セラちゃん、今すごくお腹が空いていて、困っているみたいなんだ。もしよかったら、ドランくんのこの土を少し、セラちゃんのために使わせてもらってもいいかな?」


ドランは一瞬、自分のポシェットを意識するように手を当てたが、すぐに目の前のセラの元気のない様子を見て、力強く頷いた。


「いいよ! セラが元気になれるなら、僕、あげる!」


「ありがとう、ドランくん。優しいね」


聡介はドランの頭をひと撫ですると、改めて「ドランから託された土」を手に、セラの元へ向き直った。


――前の世界でも、散歩道に枯れかけた花があれば、子どもたちと一緒に土を寄せ、環境を整えていた。「お花に魔法の元気をあげるんだよ」と笑い合った、あの日々の習慣。それは、いつか出会う命のために用意していた、聡介の備えだった。


「きっと上手くいくよ。セラちゃん、この栄養たっぷりの土を混ぜて、周りを整えさせてくれないかな」


母親の様子をうかがうセラに、マーラは迷いながらも、縋るように深く頷いた。


聡介はスコップを握り、セラの周囲を丁寧に耕し始めた。


セラが我慢せずにいられるよう、そして心地よく食事ができるよう、一掬いごとに「良くなってね」と願いを込めて、ドランの土を混ぜ込んでいく。


その時、横で作業を見ていたドランが、目を丸くして声を上げた。


「あ! 先生、土が光ってる……! 先生の手から、キラキラしたのが土の中に溶けていってるよ!」


聡介は「えっ?」と自分の手を見たが、特におかしなところは見当たらない。


「ドランくん、見間違いじゃないかな。これはただの土だよ?」


苦笑いしながら作業を終え、聡介は優しくセラを促した。


「さあ、セラちゃん。少しだけ根を伸ばしてみて」


恐る恐る、セラが根を伸ばした。黒土の中へ、ゆっくりと。


……周囲の草が、枯れない。


「……枯れてない。枯れてないよ!」


「うん、大丈夫そうだね。もっと伸ばしていいよ」


セラはさらに根を伸ばし、思う存分、大地の恵みを吸い上げた。


「……おいしい。この土、とってもあったかい……」


満たされていく心と体。セラの表情から、硬い強張りが消えていく。満足そうに吐息を漏らす娘の姿に、マーラは息を呑んだ。


「……あんなに満足そうな顔、久しぶりに見ました。この子は……」


様子を見守るためにそっとその場を離れた聡介の隣で、マーラは、自分たちの置かれた厳しい現実を静かに語りだした。


「アルラウネの中でも、この子は根のコントロールが特に下手でした。必要以上に栄養を吸い上げてしまうのに、それを効率よく自分の力にできなくて……。周りを枯らす『忌み子』として、同種族から疎まれたんです。私も、子育ての不手際だと非難されました」


「……忌み子、ですか」


聡介は、その言葉を低く繰り返す。差別的な響きを持つその言葉が、何の罪もない少女に向けられてきた事実に、胸の奥がチリリと焼けるような痛みを覚えた。


「セラちゃんは、ただ一生懸命に生きようとしていただけです。……何も、悪いことなんてしていないのに」


聡介の静かだが力強い言葉に、マーラはハッとして顔を上げた。


自分自身でさえ、どこか「申し訳ない」と思いながら育ててきた娘を、この人族の男は出会ってすぐに「肯定」してくれた。


マーラは膝に置いた手を、さらに強く握りしめる。


「結局、同じように居場所を失った家族たちと一緒に、故郷を追われました。セラだけは守りたかったのに、満足に食べさせることもできず、ただ我慢させることしかできなかった。……半年くらい前から段々と難しくなって…どうしていいか分からなかったんです」


「半年前、ですか。その頃に何か変わった様子はありませんでしたか? リネアちゃんもそうだったんですが、例えば、何か秘密を抱えてる感じがするとか……」


聡介が慎重にヒアリングを重ねると、マーラはハッとして顔を上げた。


「……そういえば、セラが最近、大切にしていて決して見せてくれないものがあるんです。寝床の奥に隠して、私が掃除しようとすると、ひどく怯えて怒り出して……」


聡介とイグニシアが、静かに視線を交わした。やはり、ここにも「何か」がある。


聡介は再び、心身ともに余裕ができたセラの元へ戻った。


「セラちゃん。気分はどうだい?」


「うん。お腹いっぱいで、あったかい気分……。こんなに気持ちいいの、はじめて……」


「そう、それはよかったね」


聡介はセラの様子に安定を見取ると穏やかに切り出した。


「そういえば、これから広場でドランくんやアラクネのリネアちゃんと一緒に、みんなで『宝物の見せ合いっこ』をしようと思っているんだ。ドランくんも、自慢のポシェットを持っていくんだって。……セラちゃんさえ良ければ、一緒に行かない?」


セラは少し戸惑ったように、それから住処の奥を一度だけ振り返った。


「……わたしの、たからもの……。先生、みてくれる?」


「もちろん。先生、セラちゃんの素敵なもの、すごく見てみたいんだ」


その言葉に後押しされ、セラは勇気を持って頷いた。


「……うん。いく。用意するね」


支度を始める親子を待つ間、イグニシアが聡介に歩み寄った。


「シアさん。リネアちゃんの『糸』と、セラちゃんの『根』……。どちらも、不安定な感情が原因のようです。そして2人とも秘密を抱えている…。」


聡介は考えをまとめるように口にしながら話を続ける。


「ドランくんが持っていたあの石……。そして、イグニシアさんが広場で見つけた魔石。どうにも、二人の『秘密』も同じ場所に繋がっている気がしてならないんです」


「……私も同じ事を考えていたよ。今日、広場で全てが繋がるかもしれんな」


聡介は頷き、広場へと向かう準備をする。リネアも、そしてこのセラも、それぞれが「秘密」を抱えたまま、間もなく広場へと集まってくる。


子どもたちの純粋な好奇心が、あの歪な輝きを放つ石と向き合うとき、一体何が起きるのか。


期待と一抹の不安を胸に、聡介はお散歩バッグを肩にかけ直した。もうすぐ、すべての「宝物」が白日の下にさらされようとしていた。

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